Music Sketch

1つの歌で時代と恋愛を表現していく、『COLD WAR あの歌、2つの心』

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映画『COLD WAR あの歌、2つの心』は、その時代背景からさまざまな視座で捉えることのできる深い映画である。ポーランド出身のパヴェウ・パヴリコフスキ監督は昨年の第71回カンヌ国際映画祭では監督賞を受賞、この作品もヨーロッパ映画賞では最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀女優賞など計5部門を受賞。アメリカで開催された今年の第91回アカデミー賞でも、監督賞や外国語映画賞、撮影賞など3部門にノミネートされた。

190605-main.jpgヴィクトル(トマシュ・コット)とズーラ(ヨアンナ・クーリク)。

■冷戦時代の複雑な政治下に生まれた、命を懸けたラブストーリー。

描かれるのは、1949年にポーランドで出逢ったヴィクトルとズーラのラブストーリーだ。冷戦時代を背景に、ポーランド、ベルリン、ユーゴスラビア、そしてパリを舞台に、男女の恋愛模様がモノトーンのスクリーンに浮かび上がる。モノクロ映像にしたのは、監督が「50年代のポーランドは色にあふれた国ではなかった」という、実生活から感じた率直な思いからという。

BGMに流れているのが「Dwa Serduszka(2つの心)」

ドキュメンタリー映画でキャリアをスタートさせたパヴリコフスキ監督は、当初は「ドラマティックなキャラクターながら闇に包まれた人生を送っていた」という監督の両親に興味を抱き、そのふたりを描こうとしたという。しかし実際は、両親の要素をモチーフとして随所に取り入れつつも、架空の恋人たちのラブストーリーを完成させた。

■主人公のふたりが出逢うのは、ポーランドの民族音楽舞踊団。

主人公のヴィクトルとズーラが巡り会うきっかけとなるマゾフシェ(タデウシュ・シギェティンスキ記念国立民族音楽舞踊団)は、1948年にポーランドの作曲家 ダデウシュ・シギェティンスキと彼の妻で女優のミラ・ジミンスカ=シギェティンスカによって創設された実在のものだ。夫妻はポーランドの田園地方に出かけて行き、民族音楽を集めた後、シギェティンスキが斬新なアレンジを行い、一方ジミンスカは歌詞を再考し、さまざまな地方の伝統的な農民の服装に発想を得ながら、自分たちの衣装を作ったという。そして団員を引き連れて公演に出かけた。

190605-2.jpg民族舞踊団の美しい衣装も見どころ。

パヴリコフスキ監督自身ジャズ・ピアノを演奏するほどの音楽愛好家とあって、マゾフシェが歌う曲すべてを聴き、本作に共鳴するという曲を3曲選んでいる。なかでも、ストーリーのカギとなる曲が「Dwa Serduszka(2つの心)」。この歌が、10代だったズーラの成長とともに、牧歌的な歌から、パリでソロ・デビューした際にはフランス語でジャズナンバーへと変化していく。劇中で幾度もアレンジを変え、ふたりの情動がそのまま演奏や歌に表出する様子も聴きどころだ。

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■ファム・ファタル的なズーラは、実は冷戦に翻弄されている。

音楽も魅力的だが、ズーラのファム・ファタルぶりにも引き込まれる。それは、ヴィクトルが音楽家として高名を得たにもかかわらず、オーディション中に問題児のズーラに惹かれて恋に落ちて身を滅ぼしていく、その関係が、ファム・ファタルの原点と評されるアベ・プレヴォの名作『マノン・レスコー』にどこか似ているからだ。マノンは、身体は生活のために使っても、心は将来を嘱望された青年デ・グリューに捧げていた。そして、デ・グリューが心と同じようにマノンの身体も独占したいという欲望を持っていることに気づいたのは終盤になってからだ。

190605-1.jpg音楽にこだわりが強く、ズーラ役ヨアンナ・クーリクの歌声も素晴らしい

『COLD WAR あの歌、2つの心』のズーラはもちろんそこまで初心ではないが、父親殺しで執行猶予中の身ゆえ、西側の音楽を捨てられずパリへの亡命を図ろうとするヴィクトルには同行できない。しかしその後、ズーラは合法的にポーランドから出国するためにシチリア人と結婚するなどして、ヴィクトルに会いに行く。時代に翻弄されたふたりは、安住の地を求めて互いの人生を探り合う。マノン・レスコーはデ・グリューにとってファム・ファタルだったが、この映画では、冷戦(COLD WAR)がズーラを“宿命の女”に作り上げてしまったのかもしれない。

■「Dwa Serduszka(2つの心)」を歌い続けるアンナ・マリア・ヨペック。

「Dwa Serduszka(2つの心)」は日本に幾度も来日しているポーランドの歌手、アンナ・マリア・ヨペック(歌手、作曲家、作詞家)も大切にしている歌だ。ちょうど4月に来日していたヨペックに話を聞いた。彼女の父はマゾフシェのソリスト、母はダンサーだったこともあり、この映画のことを「私が育った影響を表している映画です」と話してくれた。

この歌は、彼女の『Barefoot』と『Jo & Co』という2枚のアルバムに違ったバージョンで収録されている。

「この歌は本当に古い曲で、私が子ども時代から聴いていた舞踏団の曲です。とても感動する歌なので、このふたつのアルバムに入れていますが、この映画の中にこの歌が何回もモチーフになって出てくるのはとてもうれしい。私はこの『2つの心』をよく歌いますが、この歌は人生のどの段階にも存在していて、その都度アレンジが変わっていくので、本当は時々録音した方がいいのではないかなと思っています。私の人生がこの歌を歌うには足りないのではと思うこともありますが、これからも歌い続けていきたいですね」

190605-yoppec.jpgパット・メセニーや小曽根真、ブランフォード・マルサリスなどとアルバムを発表しているアンナ・マリア・ヨペック

歌に対する思いも語ってくれた。

「ポーランドはとても歴史が難しくて、いろんな大変な目に遭ったんですけど、この歌もそういった(そこから立ち上がってきた)エネルギーを持っています。私がポーランド人としてこの歌を歌っているのは、この歌のメロディの中に入っている歴史をずっと歌でつないでいるような気になるから。一方で、ポーランドの歌が祖国から離れて世界の違う場所で歌われたり、演奏されていたりするところを見ると、この曲はポーランドのものだけではなく、世界のものとなって理解されていると感じるので、私はとても感動します」

ぜひ、この歌が映画のどのシーンでどのようなアレンジで登場しているか気にしながら観ていただきたいと思う。

『COLD WAR あの歌、2つの心』

●監督/パヴェウ・パヴリコフスキ
●脚本/パヴェウ・パヴリコフスキ、ヤヌシュ・グウォヴァツキ
●撮影/ウカシュ・ジャル
●出演/ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ、ボリス・シィツ、ジャンヌ・バリバール、セドリック・カーンほか
●配給/キノフィルムズ
●6月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

*To Be Continued

伊藤なつみ Natsumi Itoh

音楽ジャーナリスト/編集者

『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュース等も。これまでデヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッド等、国内外のアーティストに多数取材。2018年より日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
Twitter:@natsumiitoh
Spotifyプレイリスト:MUSIC SKETCH

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