Music Sketch

【後編】聖書的で予言的な物語を音楽でも表現した、『存在のない子供たち』

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前回に続き、レバノンを舞台としたドキュメンタリー性の強い映画『存在のない子供たち』をご紹介する。このインタビューの後半では、音楽とプロデュースを担当したハーレド・ムザンナルにも加わってもらった。レバノンを代表する音楽家である彼はソロアルバムを発表してきたほか、映画音楽なども手がけ、ナディーン・ラバキー監督作品『キャラメル』で、2008年カンヌ国際映画祭のサウンドトラックの最高賞UCMFアワードを受賞。ふたりはこの作品をきっかけに、公私共のパートナーシップがスタートしている。

190724-F.jpg子どもの売買を非難してきたゼインも、その問題に直面することに。

⬛︎誰も引き受けないだろうから、自らプロデューサーを担当。

――今回はプロデューサーとしても監督を支えていましたが、いかがでしたか?

ムザンナル(以下M):とにかく大変だったね(笑)。僕がプロデューサーをやろうと決めたのは、ほかのどんなプロデューサーもこのような企画を受けないだろうとわかっていたからなんだ。監督とはすごく喧嘩した。でも、これまでは作曲家と監督という立場だったので、音楽に関しての決定権は監督にあったけれど、今回は僕がプロデューサーだったので、監督に言い返すことができたのが良かったね。

ラバキー(以下L):笑。

190724-G.jpgこの映画では不法移民問題も扱うが、ラヒル役のヨルダノス・シフェラウ(写真右)は劇中で逮捕されるシーンを撮影した翌日、実際に身分証明書を持っていなかったので逮捕されてしまった。

――音楽の作業に関して、特に大変だった部分を教えてください。

M:ストリートに暮らす子どもたちに撮影に参加してもらっていて、そのリアリティを撮るとなると、ものすごく時間がかかってしまった。結果的に撮影は6カ月に及び、編集に関してはそこから2年間という時間を費やした。しかも編集での最初のバージョンは12時間にも及ぶものだった。そこから短くしていったわけだけど、監督からは最初に12時間バージョンのスコアに音楽をつけてほしいと言われて(苦笑)……とにかく衝突することが多かったね。

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⬛︎クレタ島のリラという、古代ギリシャの竪琴を採用。

――音楽もとても素晴らしかったです。特にカギになっている楽器はチェロだと感じました。チェロを多用したのは?

M: そこに気づいてくれてありがとう。僕がチェロを大好きだからさ。エモーショナルな楽器で、悲しみに触れるのにいちばん合うと思った。ただ、最後のシーンは、最初はチェロやバイオリンをオーケストラと一緒に録音したけれど、最後にバイオリンを外すことを決めて、クレタ島のリラという古代ギリシャの竪琴を採用した。音色はバイオリンに比べて慎ましくて、聖書的な感じに思えたからね。自分にとってこの映画は、聖書的かつ預言者的な物語だったので、この楽器を使いたくなったんだ。

190724-H.jpg(写真左から)ゼインの父セリーム(ファーディー・カーメル・ユーセフ)と母スアード(カウサル・アル=ハッダード)。法廷でのシーン。

――聖書的というのは?

M:映画の原題『Capharnaüm(カペナウム)』という言葉も聖書から採っている。この映画は、ゼインという子どもがたくさんの困難と格闘しながら、みんなを普遍的に救済しようとする、つまり世界を救おうとするストーリーだ。その聖書的で予言的な物語を音楽でも伝えたかった。慎ましくもありながら、どこか近未来を舞台にしているような感じという。

――その近未来的な意識から、シンセサイザーを使った演奏があるんですね?

M:そうだよ。ベーシックな部分でね。

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⬛︎街のノイズと、エモーショナルな音楽のバランスを重視。

――「カペナウム」というのは、ガリラヤ湖北西岸にあった古代都市の名前ですよね。キリストの第二の故郷として知られる。

M:フランス語では新約聖書のエピソードから転じて、“混沌”とか“修羅場”といった意味合いで使われるんだ。

――では、予言的というのは?

M:20年、30年後の世界が、どんどん地球温暖化に影響されて、全世界が混沌という意味のカヴェルナ(巨大な空間)の状況に落ちているであろうという、予言的な作品だから。それを音楽でどう表現するのかと考えた時に、まず音楽は人の心を操ってしまう力を持ってしまっている。だから、あまりにリアルな真実の姿を捉えている場面に音楽を当てみたところ、「それは違うのではないか?」と思うようなことが実際にあったんだ。だから、街のノイズだけのシーンと、音楽をつけるシーンとを分けることにしたんだ。

190724-I.jpg主人公のゼイン(ゼイン・アル=ラフィーア)は当時12歳ながら、栄養不足で7,8歳にしか見えなかったという。

――確かに、観ている側もゼインと同じ場所にいるように感じてしまうほど、街の音がスクリーンから響いてきます。

M:映画そのものはドキュメンタリー的なスタイルだから、音楽でもリアリティの強いシーンと、詩情あふれる象徴的なシーンとのバランスを重視した。たとえばクラクションが鳴っている時はその音をそのまま活かし、映像が象徴的なシーンにはスコアをつけるというバランスで。

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⬛︎“ゼインが神から呪われた街を救世主のようにして救う”、というコンセプト。

――「Underworld」という曲も象徴的なシーンで流れてきます。何語で歌われているのですか?

M:僕が英語で書いた歌詞を、歌い手がエチオピア語に翻訳して歌っている。どうしてもエチオピア語で歌ってほしくて、フェイスブックでこの歌い手を発見した。信じられない声の持ち主だったので、即決したよ。これはゼインがラヒルと再会するシーンに必要だった歌なんだ。

――「Sahar’s Wedding」も印象深いです。サハルが連れて行かれる場面からは、音楽で引っ張っていく流れのようにも感じました。最後はパイプオルガンで終わるという。どのような思いで作ったのですか?

M:このスコアは映画で2回使っている。1度目はサハラが結婚のために家から連れていかれるところ。アイディアはオルガンなんだ。そもそも「結婚行進曲」は長調でハッピーに書かれているけど、でも僕は短調にして、不穏で悲しい曲にした。半音階変えた方がドラマティックなシーンに合うと思ったからね。2度目は、ゼインが妹に起きたことを察して家から飛び出し、事件を起こしてしまう、その重要な展開に対して。この時は、コンテンポラリーな音遣いにしつつも、合唱隊は半音階変えて歌っているんだ。

190724-J.jpgゼインと、妹サハル(シドラ・イザーム)。

――その歌声がひどく沁みました。合唱隊を起用したのは?

M:カペナウム自体が“神に呪われた街”と言われているので、この映画が“ゼインが神から呪われた街を救世主のようにして救う”というコンセプトにしていることもあり、そのため宗教で使われる合唱隊によって歌われているんだ。

――エモーショナルな映画であることには間違いないですし、この曲に限らず、同じスコアでもアレンジによってとても違って聞こえます。

M:そうだと思う。最後の方は自分たちの感情を止めることができなかったから、音楽も強い存在感を放っているかもしれない。丁寧に聴いてくれてうれしいよ。

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⬛︎この映画が、子どもたちにいい生活を提供できるきっかけに役立てば。

――ありがとうございます。最後に、エンドロールにおふたりのお子さんたちの名前が出てきましたが、両親としてこの作品を撮ったことで、子どもたちに対して気持ちを新たにした点はありますか?

M:僕らの子どもは学校でいい教育を受けさせているけれど、ゼインはストリートが学校であり、ストリートであらゆることを学んでいるという、完全に異なったバックグラウンドになっている。だから何よりも先に、ゼインの人生を考えてしまった。でも一方で、僕らふたりも避難民としてカナダやフランスに渡っていたことがあるから、自分たちの子どものことより、僕ら自身の子どもの頃のことを思い出してしまったね。

190724-K.jpg(写真左から)女優・脚本家・監督として活躍するナディーン・ラバキーと、夫である音楽家・プロデューサーのハーレド・ムザンナル。

L:さっき、私たちに出会ったことで、出演してくれた子どもたちの人生が全然変わってしまったことに罪悪感があると話したけれど、撮影中、彼らは貧困の状況で暮らしているのに、私たちは暖かいベッドのある家に戻るわけだから、そこでも罪悪感を感じていました。とはいっても、話したように、なかには少しずつ希望の持てる生活に移れている子どもたちもいる。だから本当にこの映画が、子どもたちにとってよりよい生活を提供できるきっかけに少しでも役立てば、と心から願っているわ。

『存在のない子供たち』

●監督/ナディーン・ラバキー 『キャラメル』
●出演/出演:ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレほか
●配給/キノフィルムズ
●125分/アラビア語/PG12
●7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国にて公開中
http://sonzai-movie.jp/
©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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