「おとこのて」

クロックムッシュの男

「おとこのて」

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君とのクロックムッシュ。

思い出せるのは君の横顔だけだ。

おとこのてー

僕と君はいつのまにか出会っていた。
とても自然だった。
君は頬を赤らめていたし、
僕も頬を赤らめてしまった。
お互いにそれをわかっていたはずだ。

君から来た最初のメールには
「目が綺麗ですね(笑)」と書かれていて
僕はなんて返していいかわからず
「あなたも素敵でしたよ(笑)」と返した。

確かに彼女は本当に素敵だった。
多少なりとも僕だって女の子には
慣れているはずだったがまったくなほど、目を合わせられなかった。

突然の彼女からのメール。

「美味しいクロックムッシュ、食べますか?(笑)」

「その美味しいクロックムッシュ、食べます(笑)」

と僕は返して次の日会うことになった。

気合いを入れて15分前に着こうと
タクシーに乗り込んだ。到着し指定の喫茶店の入り口を覗くとカウンターの手前に座っている女性が彼女だということがすぐにわかった。初めて会った時と同じように髪の毛を束ねていたからだ。

僕は息を少しのんで中に入ると
彼女はもうすでに珈琲を飲み終えて
終盤にさしかかっているような雰囲気だった。
本を読みながらも、僕に気付き、振り返った。

「あ、珈琲飲んじゃった」
そう言って、僕が頼むタイミングで
おそらく二杯目である珈琲を頼む。

よくよく考えるとまったくもって
彼女が誰なのか、何をしているのか、
どんなことを思って生きているのか、
まったく知らなかった。

僕は彼女のことを何も知らない。

ひとつひとつ細かく聞いていくしかなかったが
彼女はその度に質問以上に答えてくれた。
たまに僕の目をチラッと見るくらいで
身体は真正面を向いていた。

まるで独り言を聞いているみたいだ。
彼女は僕を知らないんだな。
なぜかわからないけど、そう思った。

話に夢中になり
クロックムッシュをふたりで食べ忘れたことに気付く。

「あー、クロックムッシュ食べてほしかった。ていうかクロックムッシュがメインだったんだけどね。いいや、また食べよう。クロックムッシュ、ね」

クロックムッシュを忘れるほど
話に夢中だったのは彼女の方だったが
クロックムッシュのおかげで
次に会える予定もできたから僕は嬉しかった。

彼女とタクシーに乗り込み
先に僕が降りることになった。
最後に車内で僕は

「楽しかった?」と聞いた。

彼女は
「もちろん、楽しかったよ」と答えた。

そして数秒置いて彼女は
「またすぐね」と言った。

タクシーから降りた時、
中々タクシーが発車してくれなくて
恥ずかしいくらいにお互い何度も
手を振りあった。

いつ思い出しても
どう考えても彼女は会ってくれると思っていたし
何ならその先の未来さえも少し見えていた。

あれから1年が経ち
最初で最後の彼女のことを
今でもたまにだけど思い出す。

もう今では横顔だけしか
思い出せないでいた。

思い立ってあの喫茶店へ向かう。
彼女がいるような気がしたからだ。
そんな偶然的なことは現実では起こることなく
ひとりで次は奥のカウンターに座った。

そして僕はクロックムッシュを頼んだ。

話したこともない黒い肌したマスターに
「うちのクロックムッシュは世界一だよ」
と言われ

僕は
「美味しいですよね」
と言ってしまった。

その瞬間隠していた寂しさが
僕の前に少しだけ現れ、

やっぱりどうしても君に会いたくなった。

おとこのて

白濱イズミ

モデルとしてメディアで活躍する一方、彼女の中から生まれる独自の言葉を作品にし、詩集やエッセイ、写真、音楽、ジュエリーなど、形を変えて“表現”の幅を広げている。@loveli_official

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