「おとこのて」

【連載 「おとこのて」】緑色したセーター

「おとこのて」

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緑色したセーターなんて予想もしてなくて、少しくらいはデートだって、勝手に思ってたけどその緑色のせいでこれはデートなんだって思い込んだことを、今春になって思い出しちゃったんだ。普通に黒とかネイビーだったらよかったのに。緑色したセーターなんて、ずるいよね。

ーーーーおとこのて

あなたは緑色のセーターを着てお昼に適した時間に迎えにきた。別に彼女でもないけど友達でもないような気がする。そんな友達。相変わらず車の中はそんなに綺麗じゃないし、かといって汚いかと言われれたらそういうことでもない。変な匂いはしなかった。家みたいな車っていうのかな。読みかけの本とか、雑誌とかたくさん置いてて、車の中でも読書してそうなんだよね。

だいたい車の中だけで性格って分かるよね、本棚もそんな感じじゃない?アップルミュージックのプレイリストもそうだしさ見られたくないのよね、プレイリストって。

緑色したセーターは太めのリブで首がすっぽり隠れてた。見る限り触り心地は硬くなさそう。袖口は長めで今のところ指先しか見えない。まるで女の子が好むようなセーターだった。袖口から第二関節まで見える指が昼間の太陽に当たっていた、駒沢通り。あなたの指は細くて白くて女の子みたいな指してる。それは出会った頃から知っていたことなんだけど、今日は袖口が大きいぶん指先がより一層細く見えたんだ。

今日こそは恋人の一歩かしら♪頭の中では森高千里の「私の夏」が流れていた。少し早い夏を私は迎えている。鼻歌が出てしまいそうなくらい私は一人ご機嫌で、だだっ広い本屋の、ワンブロック先にいる緑色のあなたをたまに確認した。

専門書の品揃え豊富なこの本屋のおかげか、緑色のあなたのことはすぐに見つかった。この本屋に行きたいなんて一ミリも思わないけど目的のない時間をこうやって別々に過ごしている方が楽しかった。私は私でいて、あなたはあなたでいる。同じ場所にいるのに、別の場所にいる。たまにすれ違って「その本いいよね」なんて言ったりするそんな時間が好きだった。あともう一つ、本屋は時間が過ぎるのが早いから、夕方に行けばきっと夜になってるし。夜に期待をするなんて軽い女に見えるけど、そんなことはどうでもいいんだ。

「パスタでも作ろっか」って本当は言いたくて、でも毎回全然言えなくて今日こそは言おうって決めていた。パスタなんて太るし夜に食べたくないけど、あっという間に作ってこの前話してたあの映画を観たかった。バジルとかパセリを乗せちゃえばそれなりに美味しく見えるんじゃないかって思ってる。

地下駐車場に停めた車に乗り込んだのは18時少し前くらいだった。

私はわざと「お腹すいたねー」って言った。

あなたも「すいたね」って言った。

ほらね、ここで終わっちゃうんだいつも。あなたは「すいたね」の後は何も言わない。頭の中で大音量で聴こえてた森高千里の歌声は、もうほとんど聴こえないし、私の夏はやっぱり来ない。

「パスタでも作ろっか」

この一言を言うことによって今までの二人の何かが変わってしまうことくらいは予想がついた。お互いそんなに鈍感でもない。こんな簡単な一言すらも言えないくらい私とあなたは変わってしまうことを恐れているんだ。

どうでもよくないからこそパスタなんて作れなかった。パスタを食べて映画でも観たいけど、どうでもよくないからこそ、パスタもお家で映画もやめた方がいい。そんなことは奥のほうにいる自分は十分以上に分かっている。

いつのまにか沈黙が続いているこの車内でそんなことを考えていた。あれだけ天気がよかったのに、外は雨が降っている。前の車から出るエンジンの煙がブレーキランプと混ざっていて神秘的だった。

彼の好みであろう、
ショパンが雨を引き立てていた。

何年経ってもロマンチックで、こんなことは現実的ではないと帰り道にいつも気付き始める。自分の家に到着する頃にはデートだってこともすっかり忘れて「ありがとう、またねー」なんて颯爽と言って緑色がどうとか、そういうことは忘れてすでに愛犬のことばかり考えていた。

家に着いたのは19時頃で、私は一人昨日ナチュラルローソンで買った冷凍のたらこパスタを食べながら、少しだけ今日の緑色のセーターのことを思い出していた。

あなたとこれからも一生、手を繋ぐことはないんだと知って、でも可愛かったよ、緑色。

おとこのて

白濱イズミ

モデルとしてメディアで活躍する一方、彼女の中から生まれる独自の言葉を作品にし、詩集やエッセイ、写真、音楽、ジュエリーなど、形を変えて“表現”の幅を広げている。@loveli_official

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