齊藤工 活動寫眞館・番外編 齊藤工 in NY。前編
「齊藤工 活動寫眞館」について
俳優、斎藤工。そして、映画監督、齊藤工。表舞台であらゆる「男」を演じ、裏方にまわり物語をクリエイトしていく。齊藤工がいま見つめるものとは、何か。彼自身がシャッターを切り、選び出す。モノクロームの世界に広がる、「生きた時間」を公開していきます。今回はフィガロジャポン11月号発売に合わせた番外編として、北米最大の日本映画祭「JAPAN CUTS 〜ジャパン・カッツ!」参加のためにこの7月、ニューヨークを訪れた齊藤が、映画祭について、ニューヨークで出会った人々や風景について、写真と言葉で語ります。
2007年にスタートし、今年で12回目を迎えた「JAPAN CUTS」。アメリカの非営利組織ジャパン・ソサエティーが主宰する、日本の長編最新作やインディーズ映画、ドキュメンタリーなど幅広いセレクションが全作英語字幕付きで上映されるという、ニューヨーク在住の日本人のみならず、感度の高いニューヨーカーからも注目を集める映画祭だ。
今年は、『モリのいる場所』(18年)に主演した樹木希林も登壇。日本映画界に貢献する監督や俳優の功績を称える「CUT ABOVE(カット・アバブ)」賞が贈られた。そして齊藤の監督作『blank13』(17年)をはじめ『ラーメン・テー』(18年)、『去年の冬、きみと別れ』(18年)いう出演作2本の、計3作が上映された。
「JAPAN CUTS」の会場、ジャパン・ソサエティー。
登壇準備中のセルフポートレート。
「『blank13』はいまのところ26カ所の映画祭に出品していて、僕はそのうちの1/3くらいに参加させていただいているんですが、その中には日本映画をなかなか観られない地域で、日本映画の総集編のような、 “いま”の日本を映画でとらえようという、そこに住んでいる邦人も含めた方たちに向けての映画祭がけっこうあるんだなと知りました。マレーシアの日本映画祭やカナダのトロント日本映画祭もそうですが、『JAPAN CUTS』もそういう映画祭のひとつでした。
ただ『JAPAN CUTS』がほかの日本映画祭と違うのは、ニューヨーカーたちの意識がすごく高く、邦人の方々が映画を観て日本を懐かしむというよりは、よくも悪くも、みんなMoMAに行くかのように、『JAPAN CUTS』に来るんです。だからいい意味でアウェイというか、本来あるべき映画祭の状況が、会場に入った瞬間にあったんです。
『JAPAN CUTS』ではこれまでも出演作が上映されたことはありましたが、今回は僕にとって出演者としてだけではない、多角的な作品が来場者の目に触れるという点では特別な、いままでに体験したことのない映画祭になるだろうなと思っていました」
エリック・クー監督、齊藤工主演の日本×シンガポール×フランス映画『ラーメン・テー』。松田聖子、伊原剛志、別所哲也、マーク・リーらと共演。
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『ラーメン・テー』へのニューヨーカーの反応。
「JAPAN CUTS」の会場は、マンハッタンの国際連合本部ビル近くに位置するジャパン・ソサエティー。ここの劇場でオープニング作品として上映されたのが、斎藤の出演するシンガポールの映画監督エリック・クーの『ラーメン・テー』だった。
「エリック・クー監督は特にヨーロッパに熱狂的なファンが多い。彼の持つ感覚が世界でどう評価されるかということにとても興味がありました。ニューヨークの人たちの感じ方はヨーロッパとはまた違うと思うので、エリックの作品がどうとらえられるのか、その瞬間に立ち会えるのも、僕にとってはただ出演作のために舞台挨拶をするという以上に大きな意味がありました。
合作ではあるけれど『JAPAN CUTS』にシンガポール映画が参加するっていうことは意義深いなと思いますし、ほかのアジア映画もこうした場所で上映する機会が今後生まれてくると、いろんな可能性が広がっていくんじゃないかなと思います」
『ラーメン・テー』上映後にはオープニングナイト・パーティが開催され、作品にちなんで会場内にラーメン屋まで作られた。来場者にはお土産に家でも作れる乾麺のセットが配られた。「このラーメンはすごくレベルが高かったです。映画祭としてのもてなし方がとても素敵だなあと思いました」
「上映前に挨拶をした時には超アウェイだなと思っていたんですけど(笑)、上映後、Q&A前の休憩の時に会場で、年配のニューヨーカーの男性が握手を求めてきて、本当に素晴らしかった、って言ってくれて。その後、年配の女性の方も泣きながら、あなたの芝居は素晴らしかった、と。
『ラーメン・テー』の後半は、当時のいろんな状況から、自分の感情をコントロールすること、自分でプロデュースしてお芝居をしていくということを放棄していたんです。エリックとエモーショナルなものを共有するという意味で、変に何かしようとしないで、ただただそこに、本当に日本からシンガポールを訪れている日本人として存在していた瞬間があって。それで後半のほうで感情があふれちゃったシーンがあるんです。シンガポール人のおばあちゃんと僕との食を通じたシーンで、本番で感情が止められなくなって、カットがかかった後、エリックもスタッフもほぼ全員泣いている、みたいな(笑)、絶対に2テイク目は行けないなというようなシーンでしたが、仕上がりを観たらけっこう肝のところでそのシーンがやってくるんです。
たぶんその印象を持ったまま観終わって、会場で劇中にいた僕に出会い、気持ちが高まって感動してくださっている方たちを目のあたりにして、ああ、これは間違いなく届いたんだなって思いました。そしてQ&Aで会場に入ったらめちゃくちゃ大きな拍手で迎え入れてくれて。映画には日本とシンガポールの歴史が、シンガポールが昭南島と呼ばれていた時代のことも含めて描かれていて、かなり歴史的、政治的背景にも踏み込んだ質問をしてくださる方もいました」
エリック・クー監督(中央)と息子たち。監督の作品の音楽やメイキング映像を彼らが手がけているそう。
シンガポールの家庭の味と、ニューヨーク散策。
「『ラーメン・テー』は9月末にサン・セバスチャン国際映画祭でも上映されます。日本での公開はたぶん来年ですが、フランスとの合作映画でもあって、フランスの配給会社MK2がすごく気に入ってくれて、フランス公開が最初に決まりました。MK2のプロデューサーに、お前はこの映画でフランスでスターになれるから、って言われました(笑)」
国内外の映画祭で7冠獲得という快進撃を続けている齊藤自身の監督作『blank13』も、きっとフランスの観客のもとに届く日が来るのではないかと期待せずにはいられない。さて、『ラーメン・テー』上映の前には、齊藤はエリック・クー監督に誘われて彼の家族の住むマンションを訪ねたという。
エリック家のマンションにて。
「エリックには4人の息子がいて、全員ニューヨーク大学で映像や音楽を専攻しています。エリックの奥さんもニューヨークに住んでいます。『ラーメン・テー』の上映が夜だったので、一緒に昼ごはんを食べようとエリックに誘われて、送られてきたアドレスを訪ねたら、そこが立派なマンションで。店がない、と思ってコンシェルジュに聞いたら、ああ、齊藤か、と通されて、それがエリックの家でした。彼の従兄弟も来ていて、シンガポールのいわゆる“家庭の味”をご馳走になりました。エリック家と僕、みたいなシチュエーションだったんですけど(笑)、本当に素敵な時間を過ごさせてもらいました。その後、この近辺にはおもしろい店があるから、とエリックの息子たちがその一角を案内してくれたんです」
エリックの息子たちが案内してくれたミリタリーの古着屋にて、そこにいた番犬が気になって、撮影。
おもちゃ屋や、一年中ハロウィングッズを売っているお店も近所に。「これはトランプとプーチンです」
その近くにあった書店では、ジョン・ウォーターズに遭遇。
TAKUMI SAITOH
移動映画館プロジェクト「cinéma bird」主宰。監督作『blank13』(18年)が国内外の映画祭で7冠獲得。アジア各国の監督6名を迎えて製作されたHBOアジアのドラマ「Folklore」に日本代表の監督として参加。企画・プロデュース・主演を務める『万力』が20年に公開予定。www.b-b-h.jp/actor/saitohtakumi
photos : TAKUMI SAITOH