
【TAO連載vol.9】ホームレスは他人事?
TAO'S NEW YORK NOTES
LAの生活にも段々慣れてきていた4月末、私が出演した新作映画がトライベッカ映画祭にてプレミア上映されるため、ニューヨークに舞い戻った。
トライベッカ映画祭にて監督と共演者たちと。
昨年まだ私がニューヨークに住んでいた頃にLAで映画を撮影し、1年経ったいま、私がLAに住んでいて、ニューヨークに訪れているという事実が信じられなかった。
『Lost Transmissions』(原題)は、ある音楽プロデューサーの統合失調症の発症をきっかけに周りが奔走する話で、監督、脚本を手がけたキャサリン・オブライエンの実体験をもとに作られた。
舞台はロサンゼルス。
いままでニューヨークが舞台の映画を見た時に感じるような嬉々とする感情が、LAを舞台にした映画を見ても生まれ始めていた。たった1カ月しか住んでいないのに浅はかなものである。
主人公のテオ(サイモン・ペグ)が統合失調症の治療を拒否し、さまざまな施設に送られる中、それを助けようとするハナ(ジュノ・テンプル)はロサンゼルス市内にあふれるホームレスの多さに気付かされる。テオもそのひとりになってしまったのだろうか?
いままで他人事だと思っていた問題が、友人を通して急に身近なものとなる。
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ホームレスはどこの都市も抱える問題であるが、中でもロサンゼルス市は深刻である。過去1900年初頭からいままでずっと右肩上がりにその数は上昇しているのに、シェルターに入れる数はほぼ変わらないため、路上生活をするホームレスは増え続ける一方である。
カリフォルニア州は一年を通して暖かく、彼らにとっても路上で過ごしやすいという理由で他の州のホームレス達が送られてきたりもする。
ホームレスになった理由は人それぞれだが、背景には住宅価格の高騰、工業の機械化による解雇、病気になっても治療費が高くて払えないため失業、などがある。
ホームレスの中にはテオのように精神疾患を患っている人がとても多い。アメリカには日本のような国民健康保険のシステムがないため、病気や精神疾患の治療もまともに受けることができない人がとても多い。
ホームレスになるために都会に出る人はいないだろうが、夢を抱いて都会に出た結果、そうなってしまった人も多いだろうと思うと胸が痛む。
私がいま仮住いをしている場所はLAの中でも高級住宅地と言われるエリアだが、ちょっと歩くと高速道路下などにたくさんのホームレスがテントを張って生活している。
ダウンタウンのスキッドロウはホームレスの人たちで有名な場所。
映画を観る以前は、なるべくその前を歩いたりしたくないなと思っていた。周りからも「危ないから気をつけて」などど言われるからなんとなく歩く時は緊張したり、関わりたくないと思ってしまっていた。残念ながら彼らによる犯罪も多いという事実が、私たちをより一層遠ざけてしまう。
しかし映画を観た後、あの人たちはかつて自分たちと同じように屋根の下で暮らし、自分たちと同じように希望を持って生活していたんだと思うと、他人事ではないと思うようになった。
アメリカのホームレスの人種の割合は、全体の約半分が白人、次いでアフリカ系、ヒスパニック系と続き、アジア系は1%ほどである。
ホームレスになりにくい人種であるという事実が、ホームレスの人への関心を欠いていたのかもしれない。勤労家で保守的なアジア人には、なかなか理解しがたい精神であったりもする。
13年ほど前、初めて来たニューヨークの地下鉄で電車を待っていた私は、数メートル離れたところにホームレスの装いをした男性が紙コップを持って立っていたのを見ていた。ホームレスや貧しい人が人からお金を貰おうとする時に使うための紙コップだ。
私は、汚いし臭いし、関わりたくないと思った。そう思った次の瞬間、私の着ていたトレンチコートの銀色のボタンが弾けてプラットホームを転がりだし、そのホームレス風のおじさんの足にぶつかって止まった。
おじさんが腰をかがめてそのボタンを拾おうとした瞬間、自分でもびっくりするぐらい大きい声で、「それはただのボタンだから!」と彼に向かって叫んでいた。硬貨だと思って取られてしまうと思ったのだ。
私の声にびっくりして顔を上げたおじさんはボタンを拾って私に近づき、極めて紳士的に「どうぞ」と私にボタンを渡した。紙コップにはコーヒーが入っていた。
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なんて恥ずかしいことをしてしまったんだろう、人を見た目で判断する人は最低だと思いながら、自分が同じことをしていたことに深く落ち込み、自己嫌悪した。
そこからだいぶ時間が経ってしまったが、今回の映画によってまた思い直すきっかけができた。
この問題を大きく抱えるLAに暮らすいち住民として、嫌悪感を抱いたり、無関心であることをやめようと思った。
道を歩いていると陽気に話しかけてくるホームレスも多い。「元気かい?」とか、「今日も天気がいいね」なんていう普通の会話。「元気ですよ、あなたは?」「そうね、でもちょっと肌寒いね」などと返すとにっこり笑ってくれる。
何ができるかわからない、直接的に彼らの生活改善に役立てるわけではない、けれど他人事として、自分とは関係がないこととは思いたくない。
プレミア上映の後、鑑賞していたジャーナリストや観客から、「この映画は精神疾患を患っている人、ホームレスの人々に対して何をすればいいと訴えたいのですか?」という質問があった。
マイクを持っていた主演俳優のふたりと監督は声を揃えて「Talk!」と言った。
彼らの話を聞いてあげる、私たちの間でそれについて話す、話すことで気づけること、気付かされることがあるはず。
知らんぷりはもうしたくない。
TAO
千葉県出身、LA在住。14歳でモデルを始めた後、2013年『ウルヴァリン:SAMURAI』のヒロインとして女優デビュー。以降、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(16年)やドラマ「ハンニバル」「高い城の男」(ともに15年)など話題の映画やテレビドラマに出演。18年はHBOドラマ「ウエストワールド」に出演、日本では『ラプラスの魔女』や『マンハント』が公開され、国内外で活躍の場を広げる。
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