「なんでもない日おめでとう」。いまdoubletが服を作る理由。
シトウレイの東京見聞録
「2021年春夏のコレクション用に違うコンセプトで作ってた服があったんだけど、一回全部リセットしてやめちゃったんですよね、コンセプトが腑に落ちなくなっちゃったんです」
doublet(ダブレット)のデザイナー、井野くんはそう話し出す。彼も今回パリでコレクションをする予定だったのだけど、デジタルに移行せざるを得なくなった人のひとり。
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「コレクションを7月に発表して、お客さんが手に取るのが来年の春夏。その頃にはきっとコロナも大丈夫になって、外に出られるようになる時期だと思うんですね(未来のことは誰にもわからないから、残念ながらそうじゃないかもしれないけれど、そうなったらいいな、という願いも込めて)。誰かに自由に会えるようになった時、doubletの服が、会いたい人に会うきっかけのプレゼントになったらいいな。あと、コロナを乗り越えた自分へのご褒美になるものを作れたらなって思ったんです。そういうことを考えてたこともあって、今回のコレクションテーマは『なんでもない日おめでとう』に切り変えたんです。
もうひとつは、日々普通に過ごすことができていた日常が、改めて貴重だったということもコロナで気が付いて。このテーマで、今回はちょっとファンタジーっぽい映像を作ってみたんです」
熊のぬいぐるみがギフト(中身はdoubletの今回のクリエイション)を届ける映像は、なんていうかおとぎ話を映画にしたみたいな、リアルとファンタジーが混じり合ったみたいな映像。
「ファッションショーって、業界関係者の人が見るものだから、全体的に層として狭くて深いですよね。いっぽう、デジタルってそれこそ誰でも、子どもからお年寄りまで、見たかったらいつでもどこでも見れるものだったりする。
ファッションにそこまで興味がない人にも、おもしろいねって思ってもらうきっかけが、デジタルにはあると思ってて。だから、今回は家族で安心して見られる『ブリグズビー・ベア』みたいな映像を作りたいなって思ったんです。見た人みんなの気持ちが豊かになる、そういうものを作りたいなって」
「先シーズンかな? パリでコレクションをするって決めてから、クリエイションに関する考え方が自分の中でも段々変わってきたんですよね。単にモノ(服)を見せるのではなくて、モノ(服)を通じて"思い"を伝える、そっちに重きを置いたクリエイションをしたい、っていう風に考えがシフトしてきて。
東京から世界という大きなステージになって、伝えられる母数が増えたからというのもありますが、これからは「この服すごいだろ!」って自己表現の塊みたいな、自分よがりの服を作るのではなくて、見た人に何かしらのメッセージが伝わる服、それが相手の人生を少し変えるきっかけになるようなものが作れたらな、って」
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デザイナーやブランドは、これまで洋服を通じて、ショーやプレゼンテーションといった場所で自分の世界観や思いを表現していた。
前提条件としてまずプロダクト(洋服)ありきで、その次に、プロダクトに込められた思いやコンセプトを伺い知るというのがファッションだった。
2020年、デジタルファッションウィークというプラットフォームはこれまでのファッションの常識だった前提条件を、気が付けばサラッと取っ払ってしまってたんだと思う。「何を表現しても自由です」っていうプラットフォームで数々のデザイナーやブランドが表現したのは、服というよりも服を作るバックボーンの話であったり、そこに込められたコンセプト、何を大事にクリエイションをしているかという思いを表現するブランドが多かった。
おそらく、ニュースタンダードのこれからの世界では、思いやコンセプトが最重要事項で、その先のプロダクトアウトに服がある、というスタンスがファッションになっていくんだと思う。「モノ」ではなくて「思い」に価値を置く時代。
たとえば口に入れる物。それをどこで誰が作ったものなのかを知りたいし(まぁこれは食の安全という視点から、というのもあるけれど)、できれば作り手の思いを聞いてみたい。安心し、納得して、そして共感したものを買いたいな、と思ってる。
ファッションも同様、服を作る際にどういう気持ちで、スタンスで、思いがあってのプロダクトアウトなのかをより重要視する時代になるんだと思う。
単純に可愛く見える、キレイに見える、着てて気持ちがいいとか楽ちんイージーみたいな、自分の目先の満足を叶えるためだけの服というよりも、より心の深いところにリーチする知性を孕んだ服を、選ぶ時代になっていく予感がする。
デジタルファッションウィークは、「ファッションにおいて求められていること」の中身が変わったということを、偶然的に示唆する結果を産んだのだと思う。それはデザイナーやブランドやメゾンが、何を最重要事項に捉えていたのかを、いま一度考える機会になったから。