「法の支配」は誰のものか。フランスで揺れる、司法と政治の境界線。
司法と政治の微妙な関係は、
モンテスキューの国フランスでも。
夏休みを日本で過ごしていた8月。ICC(国際刑事裁判所)の赤根智子所長がアメリカ政府から制裁対象に指定というニュースに驚かされた。アメリカ側の主張は、ロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状を発行したICCが「権力を悪用し、政治化している」というもの。政治による司法への圧力と介入を象徴する出来事だ。これに対して26日、赤根所長はオンライン記者会見で「ICCに対する制裁は『法の支配』への危機」と発言した。
影響力の大きい政治権力による司法への圧力や批判の例はフランスでも論議の的だ。たとえば昨年9月に実刑判決を受けたニコラ・サルコジ元大統領。2007年の大統領選挙運動でリビアから不正な資金提供を受けたとする共謀罪で禁錮5年の判決を受けた。公判終了後に記者に囲まれたサルコジは「今日この法廷で行われたことは、法の支配と司法への信頼において極めて深刻な事態」と怒りをあらわにし、司法を真っ向から批判したのだ。さらには右派メディアへのインタビューで「この判決は法の支配のリミットを逸脱している」と発言したことに法曹界が反発、18人の弁護士が告訴する事態となった。


一方、現在注目されているのは来年の大統領選に向けてトップを走る極右候補マリーヌ・ル・ペンの裁判だ。問われているのは欧州議会における公金横領罪。彼女が率いる国民戦線(現・国民連合)が、実際には政党の仕事に携わるスタッフを欧州議員補佐官として登録し、報酬を10年以上にわたって詐取していたというものだ。昨年の第1審でル・ペン側は一貫して罪状を否認、“権力と司法の分権”を逆手に取って「司法は政党を裁く権利がない」と主張した。だが下った判決は禁錮4年及び5年間の被選挙権剥奪で、大統領選への出馬を不可能にするもの。国民連合は「司法が政治的な決定を下した」「国民の“選ぶ権利”を侵害」と党を挙げて反発し、「民主主義を救え、マリーヌを救え」と署名運動も展開した。


https://rassemblementnational.fr/
去る7月、選挙のスケジュールを睨んで異例の速さで結審したといわれる控訴審では量刑が軽減され、大統領選への出馬が可能となった。収監の代用となる電子ブレスレット付き自宅軟禁下での選挙運動という条件付きになるが、司法が有権者の権利を尊重する形で譲歩した結果だろう。電子ブレスレット装着での選挙戦を避けるべく、ル・ペンは最高裁への上告を進めている。選挙期間前に上告が通れば、晴れて自由な選挙戦が行えることになる。いずれにしろ、罪状を認めた候補者を大統領に選出するかの判断は有権者に委ねられた。

司法の正当性そのものに政治の側が疑問を挟み、論議を呼ぶ事態が世界で目にされるいま。政治と司法のパワーバランスは微妙に揺れているように見える。立法、行政、司法の三権分立の考えは民主主義の基本原理だが、『法の精神』を著して権力の分離を唱えたモンテスキューの国フランスにあっても、その原理は揺るごうとしているのかもしれない。
Masae Takata
2017年より「フィガロジャポン」のパリ支局長。9月末、ローマ法王が来仏。大スタジアムを埋め尽くす8万人の若きカトリック信徒のコンサートさながらの熱狂にびっくり。
- photography & text: Masae Takata (Paris Office)
*「フィガロジャポン」2026年12月号より抜粋