文化財返還は「修復」の第一歩。奴隷制度の歴史と向き合うフランス。

Paris

国立美術館の所蔵品が次々返還に?
植民地時代の“修復”が始まる。

5月28日、国民議会は満場一致で「Code Noir(黒人法典)」の廃案を可決した。黒人法典は1685年、ルイ14世の時代に発効された奴隷制度の詳細を定めた法律集。奴隷の身分を“没収不可の家財”と規定し、婚姻や懲罰、食料や衣類にいたるまで記した法典だ。1848年に奴隷制度自体が廃止されて有名無実化していたとはいえ、現在まで法が存在していたことも驚きだが、この廃案は植民地主義の歴史を見つめ直す象徴的な出来事。今年はフランスにとって、大西洋奴隷貿易を人道に対する罪とした通称トビラ法の施行から25年。植民地の歴史にまつわる節目の年だからだ。

黒人法典の廃案が可決した瞬間。法提案者でグアドループ選出のマティアサン議員、マルティニークとカーボベルデの血を引くギュスターヴ議員が感涙。LCP局の国会中継より。

去る3月25日、国連総会は「大西洋奴隷貿易を最も重大な人道に対する罪」とする決議を採択した。賛成123カ国、反対はアメリカを含む3カ国、棄権は欧州諸国と日本を含む52カ国。植民地主義の過去を持つ国々の棄権の理由は“人道に対する罪の順位づけ”への反対だが、決議に盛りこまれた“修復”も棄権の原因だろう。2001年にいち早くトビラ法を施行したフランスが棄権したことは、アフリカ諸国や海外領土出身の議員から批判を浴びたのだが、4月のガーナ大統領の来仏と5月21日のトビラ法25周年式典の機会に、マクロン大統領は歴史上の罪の“修復”に言及。「この罪をどう修復する? この問いかけを拒否してはならず、また偽りの約束をしてはならない」と述べた。25年前の“承認”から、“修復”へと次の一歩を踏み出したことになる。

2001年当時、フランス領ギアナ選出議員で後に司法大臣も務めたクリスチャーヌ・トビラ。トビラ法の提案者として25周年式典でスピーチした。エリゼ宮のYouTubeより。

そのフランスらしい形として、文化財の本国への返還に関する新法が生まれた。アフリカ諸国の文化財返還要求が実現した例は過去にいくつかあるが、ケ・ブランリー=ジャック・シラク美術館の所蔵品『話す太鼓』が110年ぶりにコートジボワールに返却されて話題となったのは今年3月。1916年にフランス植民地当局によって没収された伝説的な太鼓が、複雑な手続きを経て5年がかりで返却されたのだ。また2021年には19世紀にフランスに征服されたアフリカ西岸のダホメ王国の26宝も130年ぶりにベナンに返還されている。今年5月7日に可決された新法は、1815年から1972年までの間に不正に入手した文化財を本国に返還するシステムを定め、手続きをスムーズにするもの。国内にある237の美術館にアフリカのオブジェ15万点が所蔵され、ケ・ブランリー美術館だけでも4万6000点が植民地時代にフランスに持ち込まれたものだという数字もあり、国立美術館の所蔵品がごっそり減ると心配する向きもあるが、それでも過ちの“修復”は後戻りできない潮流だ。

フランスへの抵抗運動の中でメッセージ発信を担った伝説の『話す太鼓』。コートジボワールへの返還式。文化省のYouTubeより。

“修復”の具体的な形は謝罪や賠償金だけではない。歴史研究、学校における奴隷制度の学習、黒人差別問題との闘いなどさまざまだ。世界人権宣言が採択されたシンボリックな場所であるパリのトロカデロ庭園に来年完成予定の、国立奴隷制犠牲者メモリアルもそのひとつ。モニュメントには1848年の制度廃止時に奴隷だった21万5000人の名前が刻まれるという。マルティニークやニューカレドニアなどの海外県・海外領土と本土の間に大きな経済格差が存在し、旧植民地出身者に対する人種差別を抱えるフランス。過ちの“修復”に向けた歩みは始まったばかりで、具体的な方策はこれからだ。それはまた、帝国主義の歴史を持つ日本にとっても避けられない課題だということを思い出させてくれる。

国民議会前のコルベール像。黒人法典を執筆したルイ14世の大臣だった人物像の存在は数年前から疑問視され、反対署名も。

Masae Takata
2017年より「フィガロジャポン」のパリ支局長。この連載で取り上げたシーイン導入による百貨店BHVの凋落。シーイン撤退が決定するも、老舗が様変わり、のニュースに複雑な心境。

  • photography & text: Masae Takata (Paris Office)

*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋