転職と天職 ー 手編み靴「アムローズ」のオセアンヌ・カスタネ。

特集

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2017年末にアムローズを始めたオセアンヌ・カスタネ。

起業したい、おそらく靴のブランドを……2015年、こう考えている時にOcéane Castanet(オセアンヌ・カスタネ)はボーイフレンドと出かけた旅先で、かぎ針編みの靴「Giveh(ギーヴェ)」に出合った。ギーヴェというのは主にイランの田舎で昔から履かれているソフトでしっかりとした伝統靴だ。そして、それらを手作りしている陽気な女性たちと知り合った。

「靴、女性。このふたつを合わせて意義のあるシューズブランドを起こしたい! 靴でストーリーを語りたい!という、意欲が生まれました。クリエイションを介して、仕事を必要としている女性たちに職を提供しよう、と」

これがブランド「Amrose(アムローズ)」の出発点だ。このブランド名にいたるまで、彼女は山ほどの名前を考えた。でも、すでに登録済みだったり、あまり印象的ではなかったり、きれいな響きでなかったり……。

「アムローズという名前には、とっても満足してるわ。この旅に出た時、ローズウォーターをたくさんパリに持ち帰ったの。それとの結びつきが欲しくって……。バラの心を意味する“L’âme de la Rose(アーム・ドゥ・ラ・ローズ)”の省略形で、アムローズと命名しました」

いま、私たちが手にとるアムローズの靴はアッパーがかぎ針編みというギーヴェの特徴は生かされているが、編み方は独自のものだ。オセアンヌはモダンな靴を求め、フォルムもギーヴェとは変え、また靴底にはゴムを採用した。それもかぎ針編み部分が映えるように、ゴムのサイドの部分は模様も凹凸もゼロですべすべに。

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2020年春夏コレクションより、「Girl Power」。

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2020年春夏コレクションより、ふわふわの「Fluffy Marble」。

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靴の側面。

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「アッパーのかぎ針編みはコットン糸を手編みしています。刺繍に使うのは毛糸。あまり見かけないでしょ、毛糸の刺繍って。というのも、機械刺繍にはウールは太すぎてできないから。私の靴は手刺繍なのでそれが可能。平面の刺繍でもボリュームを出せるのが、毛糸のいいところ。それに機械刺繍の糸って細いし妙に光っていたり……ウールとは効果がまったく異なりますね」

刺繍のモチーフはさまざまで、靴にはひとつひとつ名前が付いている。デザインするのはオセアンヌ自身だ。彼女の思い出や旅先のイメージがインスピレーション源だという。たとえば、セーヌに浮かぶペニッシュ(平底船)で暮らした子ども時代、ノルマンディーの海岸の砂……。

現在、靴の組み立てはポルトガルで。それ以前の段階であるかぎ針編みと刺繍はインドの複数の地方にある女性支援のアソシエーションで行われている。

「テクニック習得のための教育が必要なので、私はインドによく行きます。1mmの違いが大事にならないバッグと違い、靴は履いて歩くものなので頑丈でなければならないし、足にフィットしなければなりません。教えるのにいちばん時間がかかるのは刺繍ですね。モチーフによって刺すテクニックが異なるので、それをひとつひとつ指導するのには、とても時間がかかるのよ」

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アトリエの光景。

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アトリエの光景。刺繍には毛糸を用いて立体感を出す。

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昨年彼女はプレタのブランド「Mira Mikati(ミラ・ミカティ)」とコラボレーションを行った。

「モチーフについては、お互いのコレクションのエレメントを持ち寄って相談しました。コラボレーションは同じアイデアを持つブランドと、というのが私の基本です。たとえばミラ・ミカティはとてもカラフルなコレクションですね。彼女が好むことは私が好むことになり……このように一貫性のあるコラボレーションが可能となります」

元コレットのサラ・アンデルマンが企画したコラボレーションイベントの「Hello Miami!」、そして今年3月25日からは伊勢丹新宿店の「Hello Tokyo!」でアムローズとミラ・ミカティのコラボレーション靴が販売された。あいにくとデパートが閉館せねばならず、イベントは中断となってしまったが……。

「ミラ・ミカティとアムローズを結んでくれたのは、サラなの。2017年、ブランドを起こすより前に、私、ブックをサラに郵送したんです。彼女がコレット閉店を発表する直前のこと。私の靴を気に入ってくれた彼女は残念がって……それでミラ・ミカティと私を繋いでくれたのです」

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サラ・アンデルマン企画のポップアップ「Hello Miami!」のために、ミラ・ミカティとコラボレーション。

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「Hello Miami!」のスタンド。

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数字の世界からモードへ。

オセアンヌは2017年末のブランドのスタートに際して、サイトでプロジェクトを立ち上げ、ファーストコレクションをプレオーダー形式にし、人々が投資するというクラウドファンディングを活用。これがとてもうまくいき、そして現在にいたっているのだが、それ以前は何をしていたのだろう……。

大学入学資格である国際バカロレアを習得後、彼女は高等専門大学入学のための予科に進みエンジニアを目指した。もっとも、これは2日で方向転換。ドフィーヌ大学で数学を学ぶことにした。

「3年学んで学士号を取得しました。数字に興味があったし、私、とっても強かったのだけど、これで何ができるのだろうか?って。それで数字を実際に使う財政と経営管理を1年。これで得られる博士号は、当時トレーダーを目指す人たちは皆目指したという権威あるもの。といっても私はトレーダーを目指してたわけではないのだけど。この学年の終わりにロンドンの銀行で研修がありました。それは一種の予約雇用的なもので、研修者の半数はその後正社員として採用されます。私も2カ月の研修の後雇われ、では、やってみましょう!……と。担当する企業の分析をして株の売買を推薦する、というおもしろい仕事でした。働き者の私はオフィスで毎日朝6時から夜10時まで。ダイナミックな環境で会社経営について多くを学ぶことができたものの、クリエイティブな面がまったくなくって、2年したところで、これが私には不足に感じられるようになって……」

銀行の仕事と並行して、フランスで靴のブランドを経営するボーイフレンドの仕事を手伝っていた彼女。仕事を辞めて、モードを学ぶべくパリのIFM(アンスティチュ・フランセ・ドゥ・ラ・モード)に通うことにした。

「もともと強かった数字の分野といっても情熱があったわけではなく、しかも勤め先では明日は誰がクビになるかというような雰囲気でモチベーションも下がっていた時期だったので、退社の決心が固まったのね」

母親はシナリオライター、祖父は俳優、祖母は作家という、どちらかというとアーティスティックな家庭に生まれたオセアンヌである。IFMに通いつつ、ボーイフレンドを助けて靴のフェアに参加したり、デザインをしたりと実地の経験を豊かに積んでいった。

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エネルギッシュなオセアンヌ。いまはどんな装いにもアムローズを合わせる。

“今日、いかにバッグのブランドを成功させることができるか”。これが彼女のIFMの卒業研究報告だった。そのために工場探し、デザインをし……。卒業後、彼女は1歳年上の兄と一緒にバッグのブランドを起業しよう!ということになった。

「ところがジャーナリストの彼に、とても断れないようなすごいチャンスが舞い込んでしまったのね。それで彼はそちらを選び、私はひとりでバッグのブランドを始める気はなかったので、仕事を提案してきたネット販売の会社に就職しました。私の担当はナイジェリアやケニア。アフリカのアマゾンとイメージするとわかりやすいでしょう。サイトのためのオリジナルのプレタコレクションを立ち上げて、売って……。おもしろいけれど、コンペティションもあるし労働環境はとてもアグレッシブ。すごいプレッシャーがあって、そんな時に旅に出て……」

そこで出合った靴から、2017年末にブランドの誕生へと。最初のコレクションのクラウドファンディングがとてもうまくいき、そしてファッションウィーク中に開催されるサロン「プルミエール・クラス」ではゲストブランドとしてスタンドを持つことができ、世界中のバイヤーたちがアムローズの靴に大興奮して……。このように、アムローズは最初からとても快調なリズムで成長。過去の仕事経験から、オセアンヌは経営面も楽しんでいるのかと思いきや……。

「数字を理解するのは速いから助けにはなるけれど、基本的に私は経理とか大嫌い。過去の体験で役に立っているのは、常に猛烈に働いていたので、ストレスなど負の要素に対する抵抗力があるということでしょうね。そして、ここにいたるまでに築いた信頼できる人間関係も。金融の仕事をしていた時の知り合いが、いま投資を申し出てくれていて……アムローズを拡張させるには人材も資金も必要ですから」

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これからのアムローズは。

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ル・ボン・マルシェとのコラボレーションはブルーで。165ユーロ

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左:ボン・マルシェのイベントでのアムローズのスタンド。右:セーヴル通りに面したウィンドウを飾るのは、色が弾けるスパークル・ペイント。155ユーロ

パリではデパートのボン・マルシェで5月16日から開催中のイベント「En Couleurs!(カラフルに!)」で、パーソナライズも可能なアムローズのコーナーが設けられて人々を引き寄せている。ここでは、アッパーのかぎ針編みの糸が白ではなくブルーの色ものを限定販売。冬のコレクションではアッパーがコットン糸ではなくウールでしかも中が毛皮!というデザインが登場するそうだ。

「次はバッグ?とよく聞かれるけれど、考えていません。あくまでも靴だけの素晴らしいモノ・ブランドでありたいから。ボン・マルシェのスタンドでは、足首部分がカラフルな透明ソックスも販売しています。プラスするとしたら、こうしたちょっとした小物でしょうね」

マイアミに行き、東京に行き……さまざまな国へ限られた期間に出向いて行き、アムローズのファンに出会って、交歓することを楽しんでいる。 若いインターナショナルなブランドとしてはブティックを構えるより、こうした方法が望ましいと考えるオセアンヌだ。

「このブランドで気に入っているのは、まずは人々との直接のコンタクト。それに陽気でカラフルなアムローズの靴を見た時の人々の反応も、ポジティブなものばかりなのでとても喜びが感じられます。幸福感を分かち合えるのね。それからクリエイティブな面ね。終わりがなく、山ほどのことができます。クラシックな黒い革靴と違って、“これ、ちょっと行きすぎ?”ということがなく、むしろその逆で、より個性的なアイデアを求め、より遠くへ行けます。スニーカーでもなくエスパドリーユでもなく、スリッポンでもないアムローズの靴。ハイブリッドよね。これはブランドのパワー。“こんな靴、見たことがない”というのは素晴らしい褒め言葉よ。大量のプロダクトが作られる世の中で、ほかのブランドと異なるものがクリエイトできているということだから。

今後いちばん発展させてゆきたいのは、アーティストとのコラボレーションです。靴を画布に見立ててもらって……。たとえば50足程度のとても少量の限定販売で、大勢のアーティストとコラボレート。これって素晴らしいアイデアだと思うわ」

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かぎ針編みのアッパー部分はまるで刺繍のキャンバス。そこに描けるモチーフはノーリミットだ。

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réalisation : MARIKO OMURA

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