バレエのコスチュームにまつわる、ふたつの物語。

パリとバレエとオペラ座と。

今年はクチュール・メゾンのディオールの創立70周年である。そして、バレエとは切っても切れない縁のレペットも今年70周年を祝う。レペットはダンサー&振付け家ローラン・プティの母親ローズ・レペットが始めたバレエ・シューズのブランドである。というわけで、まずひとつめはディオールとプティにまつわる衣装の物語を紹介しよう。

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ローラン・プティのバレエ団であるバレ・ドゥ・パリの1953年の公演プログラム。クリスチャン・ディオールは序文を寄せている。カバーのイラストは、ディオールの広告を多数手がけたルネ・グリュオだ。

クリスチャン・ディオールは1947年2月に初のクチュール・コレクションを発表し、世界的スターとなった。「ニュー・ルック」の生みの親である彼は、42歳にして初めて自分のメゾンを構えた遅咲きのクチュリエである。学生時代を含めた20代の時は音楽、ダンス、アート、建築への興味にあふれ、多くの芸術家たちに囲まれていた。モードで仕事をするようになる前 は、友人と画廊を経営したこともあった。有名なクチュリエたちのほとんどが、名をなしてから交友関係を芸術界に広げたものだが、ディオールの場合は反対だったことは興味深い。

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1947年11月12日、シャンゼリゼ劇場にて。『トレーズ・ダンス』の公演前、ネリー・ギレルムの衣装をチェックするクリスチャン・ディオール。左はレスリー・キャロン。 ©Roger-Viollet/amanaimages

さて、その記念すべき1947年の秋、まだ23歳だったローラン・プティの依頼を受けて、クリスチャン・ディオールはバレエ『13 Danses(トレーズ・ダンス)』の衣装をデザインしている。 プティがパリ・オペラ座を辞めてシャンゼリゼ・バレエ団を発足したのが1945年で、ディアギレフのバレエ・リュスで台本の仕事をしていたボリス・コシュノもこれに参加。それは当時コシュノの私生活のパートナーだったアーチストのクリスチャン・ベラールが、プティと知り合いだったことがきっかけだ。シャンゼリゼ・バレエ団の最初の作品は今でもパリ・オペラ座で踊られている『旅芸人』。これは台本がコシュノ、衣装はベラール、そして音楽はアンリ・ソーゲが担当した。ソーゲもベラールもディオールとは若い時からの仲良しなので、プティが自作のバレエの衣装デザインをディオールに依頼する、というのはごく自然な流れに思える。もっともプティによるとディオールとの出会いは、当時シャンゼリゼ劇場の斜め向かい、モンテーニュ大通り6番地にあり、クチュール・メゾンで仕事をする人々の行きつけのレストランだった「バール・デ・テアートル」で、ということだ。バレエの衣装デザインを依頼され、さぞかしディオールは喜んだに違いない。若い時からカーニバルの仮装衣装を自分だけでなく友達のためにも作り、またクチュール・メゾン創立以前に、すでに3つの舞台作品の衣装をデザインしている彼なのだから。

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『トレーズ・ダンス』の公演前、ディオールの指示で最後の衣装調整中。 ©Boris Lipnitzki / Roger-Viollet/amanaimages

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『トレーズ・ダンス』の衣装をつけたレスリー・キャロンを挟んでボリス・コシュノ(左)とローラン・プティ(右)。©Boris Lipnitzki / Roger-Viollet/amanaimages

バレエ『トレーズ・ダンス』は着飾った男女たちが愉しむ、演劇や音楽を取り入れた宴を多く描いた画家ワトーへのオマージュというのがプティの創作のアイデアだった。それで音楽もルイ16世紀時代に作曲された古いものをあえて彼は選んでいる。このバレエには、その後映画『巴里のアメリカ人』(1951年)で一躍有名になるレスリー・キャロンが出演している。16歳でバレエ団に入って踊ったこの作品を思い出して語ることによると、彼女はピエロ役でまずソロを踊り、その後14歳の美しいダンサーとともに踊ったということだ。そのダンサーとはその後ニューヨーク・シティ・バレエ団のスターとなり、さらにパリ・オペラ座バレエ団の女性としての初芸術監督を務めたヴィオレッタ・ヴェルディだったと、レスリー・キャロンは回想している。肝心のディオールによる衣装については、とても魅力的なものだったと語っているのだが、この衣装はどうやら11月12日の初日限りの命だったらしい。そして、公演そのものも……。

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Natasha Fraser-Cavassoni著『Monsieur Dior  Il était une fois….』(Pointed Leaf Presss刊)には、1955年に撮影されたクリスチャン・ディオールとローラン・プティ、その妻ジジ・ジャンメールの珍しい写真が掲載されている。「彼女は僕が唯一結婚できたかもしれない女性だ」とジジ・ジャンメールについてディオールは語ったそうだ。

ローラン・プティによると、衣装は1回の公演で布切れと化してしまったようなのだ。例えば現在パリ・オペラ座で衣装を製作するクチュール部門は、アクセサリー部門、ニット部門も別にあり、まるでオートクチュールのメゾンのように回転している。しかし小規模なプティのシャンゼリゼ・バレエ団には衣装部分を構えられるほどの経済的余裕などあるはずがなく、『トレーズ・ダンス』のためにクリスチャン・ディオールがデザインした男女ダンサーたちの衣装は、舞台衣装を縫い慣れたアトリエではなく、ディオールのクチュール・アトリエで製作されたのだ。ディオールのメゾンのお針子たちの繊細な手仕事が駆使されて仕上げられたコスチュームは、さぞ美しいものだったに違いない。しかし、それらはダンスの激しい動きにはあいにくと耐えられず……。1947年、70年も前に一度だけ踊られた『トレーズ・ダンス』の衣装の証人は、今この世に何名残っているのだろうか……。

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2015年、グランヴィルのディオール美術館で開催された『Dior, la révolution du New Look』展より。ディオールとダンスというテーマのウィンドーの背景に、『トレーズ・ダンス』で使われた舞台セットが。ディオールのアイデアによってクリスチャン・ベラールが描いたものである。

2つ目の物語は、現在、オペラ・バスチーユで公演中のバランシンの『真夏の夜の夢』だ。コスチュームや舞台装置もバレエを見る楽しみの要素にしている観客は、カーテン・コールで惜しみない拍手を送っている。

シェイクスピア原作のこの作品はあまりダンサーが踊らない作品なので、踊りを期待してきた人には少々フラストレーションとなるのだが、舞台装置と衣装がとにかくドリーミーでゴージャス! 担当したのはクリスチャン・ラクロワである。舞台の仕事は子供の時からの夢だったという彼は、パリ・オペラ座ではすでにバランシンの『ジュエルズ』『テーマとヴァリエーション』、ジャン・ギヨーム・バールの『泉 ラ・スルス 』のコスチュームを手がけている。

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左:バランシンの『真夏の夜の夢』のためのクリスチャン・ラクロワによるコスチュームのデッサン。©Opéra national de Paris
右:左のデッサンの衣装を着て踊る森の妖精の女王タイタニア。photo:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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左:赤いヴェルヴェットのドレスはヘレナ役用。同じデザインのブルーが、ハーミア用だ。Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris
右:クリスチャン・ラクロワによるデッサン。©Opéra national de Paris

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クリスチャン・ラクロワによる蝶々(左)と妖精パックのためのデッサン。©Opéra natinal de Paris

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その衣装を着て踊るダンサーたち。蝶々の胸もとの美しい刺繍、パックの体を飾るリースなど舞台衣装とは思えぬ繊細さがうかがえる。photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

バレエ『真夏の夜の夢』が創作されたのは1962年だが、パリ・オペラ座で踊られるのは今回が初めて。それで衣装が必要となるわけなのだが、今回の衣装はバレエ創作の時にカリンカがデザインしたものがベースとなっていて、ラクロワによるゼロからのクリエーションではない。第一幕は夜の暗い森の中で物語が進行するので舞台装置はモノトーンと暗め。それを背景にして踊る赤、ブルー、ゴールドなど鮮やかな色の衣装をつけたダンサーたちは照明の効果もあり、くっきりと浮き上がって見える。第二幕の婚礼の間は夏のグリーンが鮮やかな森の中。ダンサーたちの衣装は淡い色が多く、背景に馴染んで夢のような世界を舞台上に作り上げている。

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第一幕はある夏の夜、アテネの近くの森、という設定。妖精の女王とその従者たちが踊る。photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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メンデルスゾーンの『結婚行進曲』で始まる第二幕。公爵の城の庭で結婚の祝宴の踊りが繰り広げられる。photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

合計210着のコスチュームがこの公演のためにオペラ・ガルニエ内のアトリエで作られ、衣装やヘッドピースに使われたスワロスキーのクリスタルは90万粒とか。ラメ、スパンコールもふんだんに用いられ、またドレスの天鵞絨にしても光沢が美しい素材が選ばれ、艶のあるダマスク織の胴着にはさらにクリスタルの刺繍が施され……約1時間45分の公演中、舞台上はひたすら煌めいているといっていいだろう。舞台上で見事に開花したラクロワのアイデア。彼にとって大きなチャンスは、それらを実現したパリ・オペラ座のクチュール部門の腕の良い職人たちの存在である。カーテン・コールに姿を表すことはない彼らではあるがぜひとも拍手を送りたい。

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きらきらと輝く衣装を着て大勢のバレエ学校の生徒たちが舞台上で活躍する。写真はカーテン・コールより。

 

大村真理子
Mariko Omura
madame FIGARO japon パリ支局長
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏する。フリーエディターとして活動し、2006年より現職。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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