心の声に従って、ひとり旅に出たオペラ座の若きバレリーナ。

パリとバレエとオペラ座と。

オペラ座バレエ団のダンサーたちは、希望すればサバティカル(長期休暇)が取れる。9月に始まった今シーズン2018〜2019はサバティカルを活用し、バンジャマン・ミルピエのL.A.プロジェクトに1年間参加していたアクセル・イボと、ボストン・バレエ団で2年を過ごしたフロリモン・ロリュウがオペラ座に戻ってくる一方、エレオノール・ゲリノーとヤニック・ビタンクールという2名のスジェはチューリッヒ・バレエ団で踊る。このように他のカンパニーにフレンチ・スタイル以外のダンスを求め、あるいはソリストとして舞台に立つチャンスを求めてという目的が多い中、昨シーズンにサバティカルを取ったソフィー・マユー(コリフェ)の場合はちょっと特別。彼女は旅に出たのだ。

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Sophie Mayoux(ソフィー・マユー)。防寒のため女性用の伝統衣装を貸してもらい、モンゴルの高地を馬で散策。モンゴルに入国した日に彼女は26歳の誕生日を迎えた。

「休暇に入るより1年くらい前に、ダンス以外のことをする必要があると強く感じたからなの。というのも、恵まれた環境の中に自分が閉じこもってるような気がして……。いま、26歳ですが学校時代を含めると、15年間ダンスだけの毎日。内面を豊かにするには 、ダンス以外のことをするべきだ、と。ダンスを豊かにするためにも、別の豊かさが必要。だから他のことをするべきだ!と、心の奥底から声が聞こえ、それで旅に出ようと決心しました。

もちろん1年間踊らずに過ごすことは、とても不安。でも、この旅の願望はとにかく強くって、絶対にするべきことなのだという確信がありました。怪我や出産で休んだ後で復帰するダンサーもいるのだから、モチベーションさえあれば復帰はなんとなかるだろう、って。1年ダンスから離れることの恐怖が大きかったのは確か。でも、自分の心の声に耳を傾けたんです」

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フランスからスペイン北西部まで。歩いた巡礼路は1,600キロ。

サバティカル・イヤーの最初に彼女がしたことは、スペインのサン・ジャック・ドゥ・コンポステル(=サンティアゴ・デ・コンポステーラ)を目指す巡礼の道を歩くことだった。巡礼といってもソフィーのようにさほど信心深くないカトリック教徒もいれば、ほかの宗教の人も、と誰でも辿れる路である。ソフィーがこれを選んだのは、なぜ自分は踊りたいのか、ということを改めて自分に問う旅として。この巡礼路は特に出発点が定められているわけではないので、彼女の場合はフランスのアルルから歩き始めた。9月、10月の2カ月間リュックを背負い、歩いた距離は合計1,600キロ!

「もともと、ひとりでよく歩くんです。その間にいろいろ考え事をするために。この巡礼の道も、私にはとても良い結果が得られました。喜び、情熱を感じることができました。歩いているのは何かしら考えるべきことを持つ人々なので、いわば大きな家族のようなもの。日中はひとりで黙々と歩き、宿でこうしたほかの巡礼者たちとたくさん話をする機会があって、さまざまな人たちとの出会いから、とても多くを吸収することができました」

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サン・ジャック・ドゥ・コンポステル巡礼路の途中で。雨具、靴擦れのための絆創膏、下着、洗面道具程度と最低限必要な品だけを詰めたリュックだが、重さは7〜9キロ近く。その重さ軽減に杖が大いに役立ったそうだ。

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帆立貝はサンジャック・ドゥ・コンポステル巡礼のシンボルマーク。参加者はリュックに小さな帆立貝をつけて歩く。ソフィーは到着地点からヨーロッパの最西端といわれるフィステラ岬まで、さらに3日かけて歩いていった。

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クレデンシャルと呼ばれる巡礼者手帳。これがあると巡礼者専用のオーベルジュ(宿)に宿泊できる。各宿でこのようにスタンプをもらう。

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9か月近いアジアの旅へ。

実り多い巡礼道の体験後、パリに戻ったソフィーは友人たちに会い、荷造りをして……8カ月以上続くアジアの旅へと10日後に出発。訪問したい土地はわかっているので、だいたいの旅の地図は彼女の頭の中にあったが、エアチケットはパリからベトナムまでの片道だけを予約した。これなら事前に作り上げた予定に縛られることなく、自由に滞在先を決められるし、土地ごとの滞在期間も自由である。

「地球の遠く離れた土地で、人々はどんな暮らしをしているのか知りたい。なぜか以前からこれに興味を惹かれていて……。旅に出るたびにこうしたことを探り、そして自分を豊かにしてきました。今回も自分とはまったく異なる暮らしをする人々と交流したいという気持ちに突き動かされて、観光地を避けてもっともっと奥に入って行き、地元の家庭に宿泊したり、ヒューマンなことを求める旅となりました」

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ベトナム北部に暮らす少数民族ザオの女性たち。

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タイでは傷ついた観光用の象たちをケアする保護地でボランティア活動に参加。

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ミャンマーのバガン僧院で。子どもたちとソフィー。

巡った国はベトナム、タイ、ミャンマー、ネパール、モンゴル。ネパールには3カ月も滞在した。この国だけは何があっても訪問せずには終われないという、ソフィーにとっては大切な国だったから。これには理由がある。

「小さいころからチベットの文化に魅了されていたんですね。でも、チベットを訪れることはとても複雑。政情ゆえにガイドなしでは入れないから、とても高価な旅になってしまう。だからといって観光ツアーでは、私は満足できない。それで私はヒマラヤの反対側にあるネパールを目指したの。ここにはたくさんのチベットからの移民が暮らしています。独裁政権に無縁の地で、チベットの文化がとても良い形で保全されているんです。それでネパールを選び、長く滞在したんです。それにヒマラヤはとても神秘的な山でしょ。たくさん歩きましたね」

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ヒマラヤ。わずかな部分を残して湖はすっかり凍結。

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山のあちらこちらで見つけられるのは、信心深い住民たちが置いて行くカラフルな祈りの言葉を書いた旗だ。

ネパールでは民家に宿泊。豊かな国ではないので宿泊料を少し支払うだけでなく、彼らの日常の仕事を助け、また彼らが庭で行っているパーマカルチャーにも興味があったので一緒になって土をいじり……。3カ月の滞在中、ネパールでは春を祝うヒンドゥー教のホーリー祭があった。宿泊先の家の子どもたちと一緒に、ソフィーも通りに出て色にまみれて、祭りを楽しんだ。旅の途中、国によっては英語が通じないことも何度かあったが、身振りも交え、時にはすごく時間がかかったり、複数の人々がそこに加わってきたり……。例えばミャンマーのように観光地ではない土地の人々は、好奇心がいっぱい。彼女とコミュニケーションをとりたい!と願う彼らの気持ちの強さゆえ、言葉を超えて理解し合えたそうだ。

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ホーリー祭。ヒンドゥー教徒の春を祝う祭りにソフィーも参加。

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お祭り用のカラーピグメントはこのようにストリートの随所で販売されている。

多くの思い出があるネパールだが、旅の最高の瞬間のひとつに数えられるのはトゥプテンチョリン僧院でのリトリートである。旅の途中で友だちになったスイス人女性とふたりで出かけていき、お願いしたところ受け入れてくれたという。ここで2泊。僧侶たちと同じ食事をとり、お祈りにも参加して……。仏教は心に語りかけてくるものが、とても多いというソフィーが受けた感動は計りしれない。

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温かく彼女と友だちを受け入れてくれたトゥプテンチョリン僧院で過ごした2日は、旅の最高の思い出のひとつだ。

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チベット仏教徒たちの聖地、カトマンズのブダナート・スチューパ。

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忘れがたい思い出が詰まった1日。

「土地それぞれに思い出があって……旅の最後の日のモンゴルでの出来事も、忘れがたいものですね。タイガ(シベリア地方の亜寒帯林)で少数民族ツァータンたちと過ごしていました。彼らが暮らすのはモンゴルの奥の奥。そこに行き着くのには1日バンに乗って、さらに馬でまた1日……という距離です。ドライバーとガイドは地元でそうしたことを手配する人がやってくれて、旅の途中で知り合った英国人の友とふたりで行きました。彼らはゲルという移動式住居に暮らしていて、快適さはちょっと……。滞在の最後の日に魚釣りに行こうとなり、馬に乗って川へ向かいました。数人が網を広げて、他の人たちが馬で川に入ってゆくんですね。こうして魚を驚かせて網の方へと追い込んで獲るという方法なんです。こんなの初めて見ました。その後は川のほとりでグリルした魚を食べて……。こうした信じられないような時間を過ごした帰り道に、嵐が近づいてきて空一面が灰色になって、まるで映画のワンシーンのよう。私、感激のあまり泣き出してしまいました。その後、彼らの馬の一部が逃げ出してしまい、それを追いかけて……という出来事もあって。そんなこんなで帰宅したら、空には巨大な虹。そして夕食後に外に出たら、夜空には信じられないほど星が輝いていて、と何から何まで魔法のような1日でした。ツァータンの優しさ、美しい川、景色、嵐……この日のことは一生忘れないでしょうね」

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網と馬で魚釣り。

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獲れたての魚をこれからグリルして、ランチ。

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モンゴルの移動手段は馬。車の運転はできないけれど、小さい頃から乗馬を楽しんでいたソフィーには楽勝だ。

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ソフィーも寝泊まりをした、ツァータンたちのゲル。

「アジアで訪れたのは貧しい国々で、それゆえに人間の真の大きさを見出すことができたと感じています。文明国における便利さ、快適さがない国では人々はいつも一緒にいて、何もかも分け合って、と、文明国では失われた暮らしがあります。たとえばモンゴルのゲルに入って、私と友だちは彼らとすぐに打ち解けることができました。彼らは温かくって、人間的で、いつも笑いあっていて……。貧しいけれど、実は彼らは貧しくないんだと考え直させられました。生活は厳しいかもしれない彼らだけど、人間的で、寛大です。ほとんど何も持たない彼らなのに、なんでも差し出してくれる。彼らは私たちよりずっと幸せなんだ……と、たくさんのことを学びました。月並みな言い方かもしれないけれど、こうした体験を積んで、私は成長してゆくんですね」

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ハート型の木を見つけて喜ぶ。こんな素朴な笑顔もソフィーの大切な旅の思い出だ。

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トナカイを飼って暮らす遊牧民ツァータンたちに会いに山岳地帯まではるばると。初めてトナカイの群れを見た時は、まるでディズニーランドに迷い込んだような気がしたという。

習慣の異なる国に滞在する以上、あらゆる面でフレキシブルでなければならないとソフィーは言う。その環境に自分を適合させ、差し出されたら受け止めて……これは食事についても言えること。とはいえ、ひとつだけ難しかったことにモンゴルでぶつかった。マトンの肉が昼と夜の食事というのは、ベジタリアンの彼女にはなかなか大変だったそうだ。が、どの国でも危険な目に遭うこともなく、困った事態に陥ることなく旅ができた。インターナショナルなクレジットカードを持つことで、手数料なしに各国で通貨を引き出すことができたし、次の行き先の宿やエアはインターネットで予約をしてとスムーズに。

「寒い土地に向かう時は、その前にインターネットで調べたり、宿で出会った人たちから情報をもらって、暖かい衣類など必要な品を現地の店で調達。宿の毛布だけでは寒いことがわかっていたので、寝袋は旅の間ずっと持ち歩いていました。旅の間厄介に思ったことといったら、役所関連の書類ですね。次の国に入るのにビザがいる、何々がいる、というので入手しても、今度はそれは違う……と。必要書類のために、来た道を戻らねばらなかったり、毎回次の行き先に入るたびに、こうした出来事があって、これには少々ウンザリさせられました」

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ミャンマーのバガンでの美しい日の出。旅の間、ソフィーは信じられないような光景を何度目にしたことだろう。

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アジアを去り、ヨーロッパへ。そして仕事の再開。

素晴らしいアジアの旅を終えたソフィーがモンゴルから向かったのは、パリではなく、マドリッドだった。バスに乗り、1週間歩いて巡礼者たちの宿へと。

「サン・ジャック・ドゥ・コンポステル道で気に入った宿(オーベルジュ)があって、そこの人からオスピタリアとして巡礼者の手助けをすることを提案されていたんです。宿に着いた巡礼者にスタンプを押したり、食事の準備を手伝ったり……。巡礼道から始めた1年の旅の良い締めくくりとなり、またヨーロッパの文明国の暮らしに戻るための過渡として悪くない方法でした」

7月下旬、パリへ。彼女が最初に向かったのは、もちろんオペラ座のレッスン・スタジオだ。団員がバカンス中で閑散としている中で、彼女はひとりでバー・レッスンからスタート。

「レッスンの再開の最初は、とっても辛かったですね。クラシック・ダンスは特殊ですからね。身体内の感覚を見出すこと、筋肉、ポワントの痛みへの心の準備……すべきことがたくさん。でも旅の間ヨガをしていたおかげで、しなやかさは保たれていました。私、オペラ座ではピラティスをしていて、旅に出るまでヨガをしたことはなかったの。でも、タイの旅行中の1週間のリトリートで、ヨガを始めたんですね。それ以来、どこにいっても場所があれば毎朝30分だけでもするようにしていました。身体のトレーニングが習慣の私には、これはとても有効でした。今シーズンは幸いにも最初の舞台が10月なので、まだ時間があります。ダンスのためにしなければならないことが山ほどあるけど、全然くじけていませんよ。踊りたい、という意欲が私の奥底から湧いていますから。この1年間に私が得た豊かさを頼りに、仕事を楽しんでいます」

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タイで初めてヨガを習い、それ以降、旅先で実践していた。パリでもヨガは続けてゆくつもりだ。photos:Courtesy of Sophie Mayoux

「私がサバティカルをとった2017〜18年には『ジュエルズ』があって、これはすごく踊りたいバレエでした。でも、悔いはありません。自分の必要なことをするための旅に出たのですから。旅に出る前に思ったことは、人生は短い、人生は一度だけ、なぜチャンスがあるのにいま行動しないのか、って。自分が長く身を置いている安全圏から習慣の異なる土地へと出ていくことには、すごく勇気が必要ですね。だけど、夢は実現させなくては。なぜ自分自身で壁を作って、したいことを禁じてしまうのか。そう思ったのです」

旅の間、ソフィーが肌身離さず付けていたネックレスがある。サバティカル・イヤーの前シーズンの最後は、オペラ座のニューヨーク・ツアーだった。そこで同僚たちから、小さな石や手など3つのチャームが付いたネックレスをプレゼントされたのだ。旅の間、彼女を守ってくれますように、と。彼女は出発後、親しい友人とはメールをやりとりし、自分の目の前に広がる景色をインスタグラムで分かちあい……。これほど長いひとり旅は初めてのことなので、両親は最初のうち、彼女のことをとても心配していたそうだが、こまめに報告をして安心させたソフィー。大勢と出会い、さまざまな体験をするソフィーを、ネックレスは旅の間しっかりと護っていたのだろう。無事に旅が終わったと同時に、そのネックレスから石が外れてしまったという。まるで、お役目終了というように……。

大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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