コンテンポラリー3作品で始まったオペラ座の350周年。

パリとバレエとオペラ座と。

2019から350を引くと、1669。ガルニエ宮の劇場内に掲げられている数字である。

1669年にルイ14世が王立音楽アカデミーを設立し、それが現在のパリ・オペラ座の母体となっている。350周年を祝うプログラムは昨年9月から始まっているが、2019年こそが祝福の年。記念プログラムが年末まで続く。その2019年の最初のプログラムは、『シェルカウイ、ゲッケ、リドベルグ』と題されたコンテンポラリー作品のトリプル・ビル。2作品はこの公演のために創作されたものだ。3つの異なるスタイルのダンスを2時間で楽しむ良い機会であり、そして自分好みのコンテンポラリーダンスの言語とは? を発見する機会でもある。

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客席についたら、舞台正面の上方を見てみよう。1669年と書いてあるのが見える。

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『Faun(牧神)』

シディ・ラルビ・シェルカウイ(1976年生まれ)は前々芸術監督ブリジット・ルフェーヴル時代、『ボレロ』(2013年)をオペラ座のために創作している。

今回上演されている『Faun(牧神)』はジェームス・オハラとデイジー・フィリップスに2009年に創作された作品で、2017年にオペラ座のレパートリー入りした。その時に配役されたのがマルク・モローとジュリエット・イレール。今回は18公演あるため、彼らに加えて第二配役としてシモン・ル・ボルニュとクレマンス・グロが選ばれた。

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『Faun(牧神)』photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

ニジンスキーとロビンスの『牧神の午後』同様に、音楽はクロード・ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」が使われているが、『Faun(牧神)』では途中エスニック・タッチの音と歌声、さらに念仏を唱える声が加えられている。

ドビュッシーをインスパイアしたステファン・マラルメの詩が、シェルカウイの創作のインスピレーション源ともなっていて、テーマは性の目覚め。森の中、牧神が退屈を持て余したかのように身体をくねり動かすといった感じに始まり、ついで水浴に来たニンフが登場。ニジンスキー振付の『牧神の午後』のニンフのような’’あれ、恥ずかしや ‘’といった風情は皆無で、シェルカウイのニンフはなかなか挑発的である。そして動物的本能のなすがまま、ふたつの身体はネコ科の動物がじゃれあうようにしなやかに絡み合い、ひとつになって……アクロバット的ポジションは、時にカーマ・スートラを思わせなくもない。トライアングル の小さな澄んだ響きが終わりを告げるまで、15分の全編を通じてふたりの身体が発する野性的官能に酔わされる作品だ。

今年プルミエ・ダンスールに昇級したマルク・モローがいかに優れたダンサーであるか。ジュリエット・イレールが桁外れのエネルギーと優れた身体の能力の持ち主であること。それらを確認できる作品でもある。

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ジュリエット・イレール。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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マルク・モローがプルミエ・ダンスールとなって、初の舞台だ。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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『Dogs Sleep 』

マルコ・ゲッケ(1972年〜)の振付け言語は前衛派と評されるそうだ。

彼の作品がオペラ座で踊られるのはこれが初めてで、『Dogs Sleep』はこの公演のために創作された。エトワール3名、プルミエ・ダンスール4名が配役されているが、この作品ではダンサーを目当てにしないように。夜の闇が支配するミステリアスな世界。照明はとても暗く、何名がステージで踊ってるのかも定かでないし、衣装が全員同じなので、ダンサーどころか男女の識別すらも困難なほどである。 舞台上を満たす雲のように厚い霧 に、ベルギーの画家レオン・スピリアールトやドイツ表現主義の画家たちの作品を前にしたときに感じる不安、孤独、いわれのない恐怖といったものをかき立てられる。 現実か非現実かわからないといった、ヴィジュアル効果が高い舞台装置はとても美しい。

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頭上の大きな雲はベッドのようであり、墓のようであり……と創作の起源をゲッケは語る。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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ぶつ切りの機械的な動きを繰り返すダンサーたち。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

コンテンポラリー作品ではオペラ座の中でも比較的しっかりした体躯のダンサーが好まれる傾向があるが、この作品を踊る7名はクラシック・ダンサー体型。 作品に散りばめられたゲッケ特有といわれる電気ショックを受けたような上半身の機械的でぶつ切り的な素早い動きは、ダンサーたちの細く長い四肢によってより奇妙さを増し、印象的なものとなっている。3人の女性ダンサーはスピーディな振りを見事なアンサンブルで見せ、マリオン・バルボーは強烈なソロを披露して……オペラ座の上層レヴェル のダンサーを得られたゲッケは幸運といえるだろう。

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オペラ座で創作するコレグラファーを刺激し続けるリュドミラ・パリエロ。photo:Ann Ray/ Opéra natinal de Paris

舞台装置の効果をさらに盛り上げるような音楽をゲッケはセレクションしている。奏でられるのは武満徹の『レクイエム』、ドビュッシーの『夜想曲』、 ラヴェルの『ラ・ヴァルス』。最後の「April in Paris」はサラ・ヴォーンの歌声で、これだけは録音源が使われている。途中ダンサーたちの口からシュッシュというような音が漏れ聞こえて来るのだが、これは’’レ・ショセット・ドゥ・ラルシデュシェス……’’ というフランスの早口言葉だ。さらに高音で’’ル・プティ・シャン(小さな犬は)……’’と歌い出すシーンも。

『Faun(牧神)』を踊り終えたマルク・モローが、この作品でも大活躍。作品の締めはエトワールのマチュー・ガニオである。ゲッケの機械的な動きに彼ならではのポエジーを織り込んだダンスによって、それまでの激しい夢の世界から心なしか解放されるよう。「ゆっくりお眠みください」という女性のアナウンスとともに、幕が降りる。

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第一キャストのカーテンコールより。左からマルク・モロー、マリオン・バルボー、ステファン・ブリヨン、リュドミラ・パリエロ、マチュー・ガニオ、ミュリエル・ジュスペルギー、アルチュス・ラヴォー

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『Les Noces(婚礼)』

30分の幕間があり、最後の作品が踊られる。映画監督でもあるスエーデンの振り付け家ポンチュス・リドベルグによる『婚礼』だ。踊るのはコール・ド・バレエの18名なのだが、コンテンポラリーに優れたダンサーをよくも見事にピックアップしたな、と感心させられる配役である。とりわけリディ・ヴァレイユ、ジュリアン・ギマール、そして今年スジェに昇級したアントワンヌ・キルシェールは彼らの名前を知らなくても、そのダンスには目を奪われずにはいられないはずだ。

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18名のダンサーが組み合わせを変えて、踊り続ける。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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コンテンポラリー作品で力量を発揮するリディ・ヴァレイユ。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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今年スジェに昇級したアントワーヌ・キルシェール。 photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

音楽はストラヴィンスキーが1923年に作曲した「婚礼」で、「この音楽はダイナミックで素晴らしい。新鮮で感動的で、古い作品なのにとても現代的です」とストラヴィンスキーの作品をリドベルグは讃えている。オーケストラ・ボックスを埋めるのは4台のピアノと60名近いコーラスという構成で、これまでのオペラ座では見られなかったユニークなもの。ロシアン・バレエでもこの音楽でバレエ『婚礼』が創作されているが、今回踊られるのは’’今日における結婚とは何か ?’’という、リドベルグが想像する21世紀の結婚のビジョンによる新作である。複数のカップルが登場し、分かれ、別のカップルが出来上がり……といった動きを25分間繰り返すのだ。18名のダンサーの衣装は色もスタイルもまちまち。服装を覚えていると、カップルの組み合わせの変化がわかりやすい。ヘテロだけでなくホモの愛情関係についても振り付けに盛り込まれているのは、想像に難くないだろう。

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カーテンコールより。パトリック・キンモンスによるコスチュームと舞台装置。

公演は3月2日まで続く。2月16日からはオペラ・バスチーユで人気の古典大作であるヌレエフの『白鳥の湖』が始まる。そちらに比べると『シェルカウイ、ゲッケ、リドベルグ』の方がチケットは取りやすいはず。ガルニエ宮殿見学も兼ねて、コンテンポラリー・バレエを観に行ってみては?

『Cherkaoui, Goecke, Lidberg』
〜2019年 3月2日
Palais Garnier
開演:19時30分
料金:110〜10ユーロ
www.operadeparis.fr
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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