日本の織物でアニエス・ルテスチュがバレエの衣装を制作。

パリとバレエとオペラ座と。

オペラ座のダンサーたちが甲府にやってくる。8月11日、YCC県民文化ホールで『Paris Ballet Ledends〜パリ・オペラ座ダンサーたちによる夢の競演〜』が開催されるのだ。アニエス・ルテスチュを含め合計8名のダンサーによる舞台。彼女は2013年にオペラ座を引退した後も舞台を続けている。オペラ座在籍時代から始めたコスチュームデザインの仕事も順調だ。この甲府の公演で彼女は2作品を踊るだけではない。この晩のプログラムのために、ふたつのパ・ド・ドゥのためのコスチュームを制作したのだ。これは2018年春から今春にかけて、日仏友好160周年を記念してパリを中心に開催された『ジャポニスム2018』におけるプロジェクト「伝統と先端と〜日本の地方の底力〜」から生まれたコスチュームである。アニエスが使ったのは、富士吉田市で織られる生地ばかりだという。日本の優れたサヴォワール・フェールとフランスの優れたサヴォワール・フェールのコラボレーション。アニエスが率いる公演 “Paris Ballet Legends” をプロデュースしている、フレデリック・フォンタンによるアイデアだ。

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オペラ座エトワールのアニエス・ルテスチュ。courtesy of Agnès Letestu

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Alfa Libra創設者フレデリック・フォンタンと。courtesy of Agnès Letestu

織物生地が衣装をインスパイア

「このコスチューム・デザインはいつもと仕事の工程が逆さまだったの。通常はバレエ作品があり、そのためにデザインをし、その制作に必要な布や小物などを探しますね。でも、今回は逆。布を先に見て、それでどんなバレエ作品のためのどういった衣装が作れるか、を考えるという流れだったんです。 布選びに日本に行く前に少々不安があって、プロジェクトに関わる各製造業者の布についてインターネットで下調べをし、昨年7月に現地に出向きました」

富士吉田市でアニエスを待っていたのは複数のメゾンによる大量の布。気をひかれた布、すぐに雰囲気を作り出せる布を彼女は次々と選んでいった。孔雀の羽が刺繍された布、くらげが浮遊するようにふわふわと動くモスリン、表が赤で裏が黒いシルクタフタ……。

「とても興味深い布を織っている土地で、フランスでいうと織物産業で知られたリヨン市に似ているわ。私の仕事はバレエ2作品のカップルのコスチュームを作ることで、女性のコスチュームはチュチュで、ということだったの。でもそれだけではせっかくの素晴らしい布を使うのに制約がありすぎるので、華やぎのある見世物的なコスチュームも作りたいと……それで想像上の孔雀、想像上のかささぎをプラスすることになったの。2カップルの衣装についてはどのバレエ作品用かは現地で布を選んだ時点では決まっていませんでした。パリに戻り布を見ているうちに、『海賊』と『ドン・キホーテ』、というインスピレーションが湧いたの」

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『海賊』の第一幕のパ・ド・ドゥのためのコスチューム。8月11日の『Paris Ballet Legends』で、これを着て踊るのはロクサーヌ・ストヤノフとアントニオ・コンフォルティだ。courtesy of Agnès Letestu

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『ドン・キホーテ』。甲府で踊るのはアリス・カトネとマルク・モロー。courtesy of Agnès Letestu 

選んだ布の見本をもらいパリに戻ったアニエス。バレエ作品を決めたものの、それからがじつに時間のかかる作業だったそうだ。布見本を写真に撮り、それをフォトショップでデザイン画に組み込むという仕事。これはデザイン画に合わせて布を選ぶという通常のコスチューム制作では不要なことだ。

「それまでフォトショップなんて使ったこともなかったのよ。今回、まずダンサーの写真の上にコスチュームの輪郭を描き、そこに写真に撮った布をコラージュしたのだけど、布見本が10センチ四方と小さいので、何度も写真の角度を変えて作業しなければならなくって……。コスチュームの製作はオペラ座衣装部のクチュリエたちに外部の仕事として請け負ってもらったの。布の配置など一目瞭然なのでこのフォトショップの画像が、彼らにはとても役立つことになったのよ」

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「幻想のカササギ」のデッサン。courtesy of Agnès Letestu

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日本の公演では、ロクサーヌ・ストヤノフがこの衣装を身につけてフレデリック・フォンタン振付けの小作品を披露するそうだ。courtesy of Agnès Letestu

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縫製にはピアノ線や釣り糸などが用いられている。courtesy of Agnès Letestu

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「パライバ・パオン」。背の装飾は、布から切り抜いた孔雀の羽のモチーフでプラスチックチューブを覆って仕上げた。courtesy of Agnès Letestu

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アニエスをすっかり魅了した孔雀刺繍の織物から生まれたコスチューム。布をほぐして羽毛のような効果も作り出した。courtesy of Agnès Letestu

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コガネムシのように見る角度で色が違って見えるオーガンジーをふんだんに使用し、幻想的に。courtesy of Agnès Letestu

7月末に彼女が布を見てから、彼女が使う布を決定するまでの間に生産が終わってしまった布があり、選び直しせねばならず、というアクシデントがあった。布がなかなかパリに届かず、クチュリエたちがやきもき、ということも。しかし予定通り、今年2月にパリの日本館で開催された『伝統と先端と〜日本の地方の底力〜』展で全6体のコスチュームの展示発表にこぎ着けることができた。甲府の劇場では公演に使われない孔雀のコスチュームが展示される。これはアニエスのイマジネーション、あふれ出るアイデアを間近に見る良い機会である。

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『ドン・キホーテ』でキトリを踊るアリス・カトネが衣装を試着。courtesy of Agnès Letestu

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チュチュのチュール以外は、富士吉田市の織物を使うのがこの仕事の条件。アニエスが最も苦労したのは、『ドン・キホーテ』のコスチュームの装飾だ。courtesy of Agnès Letestu

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バイアスの布を巻いたブレードを装飾的にあしらい、ベルトは布を縫い合わせて……。courtesy of Agnès Letestu

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舞台衣装デザインの仕事

「衣装デザインについては、いま、ナポリのサンカルロ劇場からモーツァルトの音楽を使ったコンテンポラリー作品のための衣装を、という提案があり、コレオグラファーと会うのを待ってるところ。彼はヌーディな衣装を希望してるとか……。アメリカのあるバレエ団が2021年に女性コレオグラファー、女性デザイナー、女性の指揮者というように女性ばかりを集めた公演を予定しています。そこで踊られる作品のひとつの衣装を作って、というリクエストももらっています。ヨーロッパのあるバレエ団のために『ライモンダ』の衣装デザインも頼まれていて……この舞台は2年後です。オペラ座でも年末に『ライモンダ』が踊られますね。このコスチュームはニコラ・ジョルジアディスによるもので、素材も色もとても美しい。オペラ座の既存のコスチュームは、素晴らしいものばかり。私からは何ひとつ反対意見はありません。着て踊るのが一番嬉しかったのは、クリスチャン・ラクロワのコスチューム! 彼は私のお気に入りのクチュリエよ」

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かつてアニエスが主役を踊ったルドルフ・ヌレエフ版『ライモンダ』。オペラ座の今年の年末公演である。photo Opéra national de Paris

アニエスが初めてバレエの衣装をデザインしたのは、2002年に遡る。ジョゼ・マルティネスが創作した『ミ・ファヴォリタ』。こんな衣装があったら! こんな風なのはどうかしら? と、ジョゼに自分のアイデアをしょっちゅう話していたアニエスに彼が声をかけたのだ。“僕が振り付けをし、君がコスチュームをデザインするんだ”と。その後オペラ座のバレエ学校のために『スカラムーシュ』の衣装、オペラ座バレエ団のために300点におよぶ『天井桟敷の人々』の衣装をアニエスはエトワール・ダンサー時代に請け負っている。マニュエル・ルグリが芸術監督を務めるウィーン国立バレエ団で2017年に上演された『マリー・アントワネット』のために、150点の衣装をデザイン。これは2010年にパトリック・ド・バナが彼とアニエスのために創作したパ・ド・ドゥがベースとなった作品だ。このバレエ団からはほかの作品の衣装も彼女に任されている。上海バレエ団からも依頼があり……アニエスがデザインするコスチュームは美しいだけでなく、踊りやすさも十分に考慮されているので、ダンサーたちに好評である。

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『海賊』のコスチュームのディテール。ビスチェの布の切り替えやモチーフのあしらい、ベルトなどとても手が込んだ仕事が見られる。courtesy of Agnès Letestu

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『海賊』の男性ダンサー用コスチューム。ベルトのモチーフは布から切り抜いたものだ。courtesy of Agnès Letestu

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ダンサーのスケジュールが合わないときは、アニエス自ら試着しダンスの動きをしながら細部をチェック。courtesy of Agnès Letestu

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『ドン・キホーテ』の男性用衣装を試すアニエス。courtesy of Agnès Letestu
『Paris Ballet Legends 〜パリ・オペラ座ダンサーたちによる夢の競演〜』の公演詳細はwww.sannichi-ybs.co.jp/SP/events/parisにて。

「モードのデザインと舞台衣装のデザイン、これはふたつの異なる仕事なんですよ。重い、動きにくいといった衣装は私には考えられないこと。ファッションデザイナーたちは、それを着てダンサーが踊ることを優先にデザインしませんね。ファッションデザイナーによる伸縮性のないコスチュームが身体の動きについていかず女性ダンサーたちが踊りにくかった、ということもありました。ボディとセットされて用意されていた輪っかのようなスカートが使われずじまいとなったことも……。それに舞台衣装の場合は、近くで見て美しいだけでなく遠くから見た時の効果も考えなければ。プロポーション、照明効果……。フランスとロシアではバレエのコスチュームについての考え方が異なるのよ。オペラ座のダンサーは美しいビスチェに慣れているけれど、ロシアのコスチュームは水着のようにソフト。機能的だけど、シワがよって少しも美しくない。ちょっとした妥協策を見つけたのは、ウィーン国立バレエ団よ。伸縮性はあるけれど水着のようなライクラとは異なる素材を彼らは採用。最近は素材の革新があって、種類はまだ少ないものの軽くストレッチのはいったレースもあって……コスチュームの一部をストレッチ素材にするという方法も考えられるわね」

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コスチューム・デザインの仕事に情熱を燃やすだけでなく、ダンサーとして舞台を続けるアニエス。いまも毎日のようにオペラ座でクラス・レッスンを受けているという。後輩ダンサーたちの指導もあり、多忙な毎日だ。この夏は8月11日の甲府の公演の前に札幌でのバレエ・セミナーでポアント&ヴァリエーションの指導にあたる。さらに9月末から10月頭にかけて、札幌、仙台多賀城、横浜、岐阜で『変貌する美 バレエとピアノ-美の饗宴』のために再来日するそうだ。これはピアニスト、アニエス、そして男性ダンサーの3名によるダンス・コンサート。すでにパリ近郊、ヨーロッパ内でも開催されている意欲的な舞台で、この中で踊る作品の衣装は偶然にもすべてアニエスがデザインしたものだという。これまた楽しみな公演である。

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変貌する美 バレエとピアノ-美の饗宴』はピアニスト、エドナ・ステルヌとアニエスによるプロジェクト。彼女たちに男性ダンサーが加わっての3人による舞台だ。ステージには常にピアノ、鏡、ベッドが置かれ、演目によって照明が変化するというシンプルだが効果的な演出で進行する。パリでの公演タイトルは『Do(s) Transfiguré』。奏でられる曲がすべてdo(ド)の音で始まることと、背中を意味するdos(ド)をかけている。

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オペラ座で2008年に初演されたジョゼ・マルティネス創作『天井桟敷の人々』。この作品のため、彼女は300点の衣装をデザインした。photo : Mariko Omura

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『Paris Ballet Legends』および『変貌する美とピアノ』でアニエスは『天井桟敷の人々』のパ・ド・ドゥを踊る。photo Opéra national de Paris

大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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