S・ベルトー、『ニュイ ブランシュ』『ユートピア』を語る。

パリとバレエとオペラ座と。

いまから2年前の夏に、パリ・オペラ座でダンサー・コレオグラファー4名の作品で構成された公演があった。その時に、創作『ルネッサンス』のためにバルマンのオリヴィエ・ルスタンに衣装を依頼したセバスチャン・ベルトー(スジェ)。ルスタンが初めてバレエのコスチュームをデザイン!! と、フランスに限らず、世界中で話題となり、振り付けたセバスチャン・ベルトーの名前も国際的知名度を得ることになった。モードのクリエイターやクチュリエとダンスのコラボレーションというオペラ座の伝統を引き継ぎたい、という気持ちでオリヴィエ・ルスタンに声をかけたセバスチャン。今年、彼が振り付けた2作品のコスチュームをディオールのマリア・グラツィア・キウリが手がける、という幸運に恵まれた。

「4年前、自分がモード界とこんなに密接な関係を持つようになるとは思ってもいませんでした」。こう彼は語る。

191007-ballet-01.jpg

セバスチャン・ベルトーと『ニュイ ブランシュ』のダンサーたち。ローマ歌劇場にて2019年3月。Dior_Opera de Rome©Julien Beanhamou

 

ニュイ ブランシュ(白夜)

この2作品については、オペラ座の外の仕事である。現役ダンサーとして配役されたオペラ座の舞台を全うしつつ、外部から依頼された創作に励むセバスチャン。今年3月29日に初演され、マリア・グラツィア・キウリによるコスチュームで世界的に知られることになった『ニュイ ブランシュ(白夜)』を例にとると……

「この作品はローマ歌劇場バレエ団からの白紙依頼でした。このバレエ団の芸術監督はオペラ座のエトワールであるエレオノーラ・アバニャートです。彼女とはフォーサイスの『パ・パーツ』などで一緒に踊ったことがあって……驚きだったのはエトワールの彼女とコール・ド・バレエの僕の組み合わせ、ということです。フォーサイスがふたりを引き合わせてくれたといえますね。エレオノーラはローマ歌劇場バレエ団による公演『フィリップ・グラスのソワレ』に、僕の振り付けによる『ルネッサンス』のようなタイプの作品が欲しい、と声をかけてくれたんです」

彼女の依頼を受け、すぐにセバスチャンはオペラ座の芸術監督からこのプロジェクトに参加する許可をもらった。エレオノーラは彼のダンサーとしての立場を知るゆえに、今年3月の公演ながら昨年の夏休み中を利用して彼が創作を進められるようローマ歌劇団のダンサーたちのスケジュールを調整してくれたそうだ。

「おかげで昨年の夏は美しいローマで過ごすことができました。フィリップ・グラスのどの曲を使うかを決めるために、何週間もかけて彼のあらゆる曲を聞いたんですよ。過去にバレエ作品に使われたどの曲にも似ていない、というのを見つける作業に勤しみ、『ニュイ ブランシュ』を選びました。新しい何かを作り上げるアルシミー(錬金術)の構成要素となることがポイントです。僕の願いは“今日のクラシックバレエ”を提案すること。モダニティの中でクラシックダンスの喜びを求めているのです」

191007-ballet-02.jpg

『ニュイ ブランシュ』のソリストはパリ・オペラ座バレエ団のエトワールでローマ歌劇場バレエ団芸術監督であるエレオノーラ・アバニャートとシュツットガルト・バレエ団のプリンシパルダンサー、フリードマン・フォーゲル。Dior_Opera de Rome©Julien Beanhamou

---fadeinpager---

ディオール、マリア・グラツィア・キウリとの出会い

バレエ・リュスの時代から、モードとのコラボレーションがダンスの歴史にある。ローマ歌劇場バレエ団の創作にもモードとの関係を続けたいと考える中、最も理想的なクチュリエと彼に思えたのはディオールのマリア・グラツィア・キウリだった。

「まず彼女はローマ出身ですね。それにディオールでチュールやモスリンといった素材を使ったロマンティックだけどモダンなクリエイションを発表しています。僕の頭の中には、その中で見たローズ系のボリュームたっぷりのドレスがとりわけ印象に残っていて……。ダンスと関わりのあるコレクションを彼女が発表する前のことだったので、彼女がメゾンの創立者クリスチャン・ディオールのようにダンスに興味を持っているとは、コンタクトした時は知りませんでした」

昨年9月にマリア・グラツィアはイサドラ・ダンカンやロイ・フラーといったダンス界の女性パイオニアにオマージュを捧げる2019春夏プレタポルテ コレクションを発表したが、セバスチャンが連絡をとったのはそれより前のことである。『ニュイ ブランシュ』のプロジェクトに興味を持ち、彼女はローマ歌劇場バレエ団のための依頼を快諾。若いコレオグラファーであるセバスチャンを感激させた。マリア・グラツィアはこの作品の衣装コンセプトを手がけることは、“創造性の探求を深め、文化、舞台、サヴォワールフェールとの新たな出会いのきっかけ”となったと後に語っている。

191007-ballet-03.jpg

『ニュイ ブランシュ』の女性ソリスト、エレオノーラ・アバニャートのためのコスチュームのスケッチ。Dior_Opera de Rome ©Dior

191007-ballet-04.jpg

コール・ド・バレエのためのコスチュームのスケッチ。Dior_Opera de Rome ©Dior

セバスチャンとマリア・グラツィアはお互いに好きな本や写真集を見せ合うといったことをし、アーティスティックなふたつの世界の出会いがそこに生まれた。動きがわかるようなリハーサルのビデオを見せ、セバスチャンはコスチュームを彼女に白紙依頼。そして、9月にさらなる詳しい打ち合わせを、というつもりでエレオノーラとともにマリア・グラツィアをディオールに訪ねたセバスチャンを驚かせたのは、巨大なムードボードの登場だった。

「彼女、すべてが異なる17のデッサンをすでに用意してくれていたのです。チュチュの素材も花の位置も明記されていて……。夏の間、彼女はこのプロジェクトに取り組んで、こんな素晴らしい提案を僕たちのために!と感動して、エレオノーラとふたりで涙してしまいました。デフィレで見たようなローズ系でまとめるかな、と想像していたのだけど、チャコールグレー、グリーンなどバレエの衣装としては思いがけない色が使われました。こうした色の提案に、バレエの世界とは異なる彼女の視線により興味が湧きました」

191007-ballet-05.jpg

エレオノーラ・アバニャートとフリードマン・フォーゲル。このコスチュームはよく見るとCHRISTIAN DIORのロゴ入りである。それについてセバスチャンは「ファンタジー、ユーモアのタッチをコスチュームに盛り込むという、マリア・グラツィアのモダニティのひとつでもありますね。偉大なデザイナーたちがよくするように、軽快なエスプリがそこに感じられます」と語る。Dior_Opera de Rome ©Julien Beanhamou

セバスチャンがモダニティと洗練の極みと形容するマリア・グラツィアによるコスチューム。そこに咲くバラに触発されて、彼はバラが天に向かって壁を這うような動きを作品に取り入れた。コスチュームのモチーフが振り付けに重なる、というセバスチャンとマリア・グラツィアの対話が『ニュイ ブランシュ』に込められているのだ。公演は大成功を収めた。

「バレエとオートクチュール。ふたつの卓越の出会いが大勢の人々の心に触れたのですね。こうした反応を得られ、とてもうれしいです」とセバスチャンは語る。

191007-ballet-06.jpg

フリードマン・フォーゲルがゲスト参加したのは、エレオノーラ・アバニャートに比肩するパートナーによって最高の公演を観客に提供したい、というセバスチャンの希望から。Dior_Opera de Rome ©Julien Beanhamou

191007-ballet-07.jpg

「動きに完全になじむ衣装を作ることを目指しました」とマリア・グラツィア。Dior_Opera de Rome ©Julien Beanhamou

---fadeinpager---

モンテ・ヴェリタと標高2284mで踊られた『ユートピア』

知る人ぞ知るスイスのオリジェン・フェスティバル。かなりアヴァンギャルドなフェスティバルで、山の上の劇場を目指して開催のたびにファンはチューリッヒやサンモリッツから車やバスで2時間かけて集まってくるそうだ。自分の故郷である何もない村にハイレベルの文化をもたらしたいとジョヴァンニ・ネッツァーが開催している異色のフェスティバル。そこは2500年前から、イタリア、フランス、ドイツの文化の通過点だったという土地である。

2019年7月のフェスティバルのために創作を!とセバスチャンに声がかかったのだ。ステージは標高2284mの場所に立つタワーの中にある。冬、創作のインスピレーションを求めて、現地を日帰りで旅した彼。高地の薄い酸素の中に聳えるパワフルで美しいタワー、自然の強さに圧倒された。彼は音楽から常に創作を始めるのだが、この場には大好きなショパンだとブルジョワ的すぎる、バッハも似合わない、と自分の世界から抜け出る必要を感じたそうだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Dior Officialさん(@dior)がシェアした投稿 -

マリア・グラツィア・キウリによるコスチュームを着けて『ユートピア』を踊るダンサーは、ロクサーヌ・ストヤノフ、キャロリーヌ・オスモン、ナイス・デュボスク、グレゴリー・ドミニャック、ヤニック・ビタンクール、ミカエル・ラフォンの6名。それぞれ異なる植物モチーフに人体のエネルギーの流れが見えるよう。2020春夏コレクションのプレリュードと呼びたくなるコスチュームだ。ディオールのインスタグラムより。©Dior

「このアヴァンギャルドな場所で踊られる作品なのだから、僕もゲームをプレイしたい、と思いました。この指令にこたえる振り付けは……と考えに考え、エレクトロミュージックを探すことにしました。山の中で踊られる作品、ということから、モンテ・ヴェリタのことを思い出したんです。ウィリアム・フォーサイスと仕事をした時に、彼はルドルフ・フォン・ラバンのことをよく話してくれました。ラバンは身体動作表現理論を打ち立てた人で、モンテ・ヴェリタのメンバーのひとりです。モンテ・ヴェリタというのは20世紀初頭に自由、革新を求めて自然が支配する南スイスのアスコナの丘に集まったアーティストたちの集団で、そのモンテ・ヴェリタの伝説から僕は創作をスタートすることにしました」

音楽は偶然にジョン・ホプキンスの曲が見つかった。コスチュームについては、今回もモード界とのコラボレーションを考えたものの、このフェスティバルのためのバレエはごく限られた人々のための作品なので、マリア・グラツィアに依頼することに躊躇いがあったのだが……

「試してみよう、とプロジェクトを彼女に送ったところ、僕の創作のアイデアを気に入ってくれたんです。もちろん彼女はモンテ・ヴェリタについて精通しているし、フェスティバルのタワーも彼女の嗜好に合うもので……。彼女は人間の身体が発する不可視のエネルギーを証明する試みをしたチャールズ・ウェブスター・レッドビーターの原理にも、興味を持ってるんですね。そうしたあらゆる要素がからみ合って、植物見本にインスパイアされた、植物の絵画のような神秘的で詩情にあふれるコスチュームを提案してくれました」

セバスチャンはもともとディオールというメゾンの大ファン。パリの装飾美術館の『クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ』展にも早朝から行列をして4度も見ているし、ロンドンでの開催にも足を運んだ。いまこうしてディオール、そしてマリア・グラツィアとコラボレーションをできることによって、“アーティストとして翼を与えられた”と彼は感動を禁じ得ない。

 

“今日のクラシックバレエ”のコレオグラファー

この作品を『ユートピア』と彼は題した。舞台となるタワーの周辺は石ばかりで、車も通らなければ、家もないという環境だ。時間を超越した自然の中で6名のダンサーによって、7月17日に初演されフェスティバル期間中4度踊られた。

「作品の創作について音楽、コスチューム、振り付けといった要素がどうまとまるか……僕はこれをピアノの鍵盤のメタファーで捉えているんです。ぽん、ぽんと鍵盤を叩いて調和する和音を探していると、突然、これだ!という和音に出会う。今回、モンテ・ヴェリタ、マリア・グラツィア、ジョン・ホプキンス、ユートピア……これらの要素が集まった時、“これだ!”というセンセーションを感じました。僕の創作の工程を説明すると、こうなります。料理にも似ているかもしれないし、方程式のようであり、ミステリアスですね」

『ユートピア』は彼が過去に振り付けた『ルネッサンス』『ニュイ ブランシュ』に比べると、動きはクラシックではないかもしれないが、ポワントで踊られる作品だ。セバスチャンは自分の仕事を“今日のクラシック”と表現している。世の中でコンテンポラリー作品が次々と創作されてゆく中で、クラシックバレエの要素を落とし込んだ振り付けはユニークだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Dior Officialさん(@dior)がシェアした投稿 -

舞台リハーサルより。ステージが丸いことから舞台で踊れるのはダンサー6名が限界、という拘束があったそうだ。ディオールのインスタグラムで会場のジュリエ・タワーとその環境、ダンスを紹介するビデオを見ることができる(セバスチャン・ベルトーがYouTubeでも紹介している)。©Dior

創作への意欲を燃やすセバスチャンだが、彼はオペラ座でのダンサーとしてのキャリアを優先する姿勢を守り続けている。現在は10月26日に初演されるクリスタル・パイトの創作に参加。『ユートピア』の準備は、前シーズンの最後の公演である『Tree of codes』に重なっていたが、公演を欠かすことは一度もなかった。

「外部のプロジェクトは、参加するたびにより良いダンサーとしてオペラ座に戻れる機会となっています。でも、外部のためのクリエイションは、オペラ座の休みの期間を利用してというのが基本です。ダンサーとして引退まであと4~5年しか残っていません。僕はガルニエ宮を心から愛していて、休日でも来ることがあります。僕の子ども時代も秘めているこの建物が大好き。『ルネッサンス』はオペラ座への愛の宣言でもありました」

大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。

RELATED CONTENTS

BRAND SPECIAL

    BRAND NEWS

      • NEW
      • WEEKLY RANKING
      SEE MORE

      RECOMMENDED

      WHAT'S NEW

      LATEST BLOG

      FIGARO Japon

      FIGARO Japon

      madameFIGARO.jpではサイトの最新情報をはじめ、雑誌「フィガロジャポン」最新号のご案内などの情報を毎月5日と20日にメールマガジンでお届けいたします。

      フィガロジャポン madame FIGARO.jp Error Page - 404

      Page Not FoundWe Couldn't Find That Page

      このページはご利用いただけません。
      リンクに問題があるか、ページが削除された可能性があります。