侯爵夫人の素晴らしすぎる宝石・装飾芸術コレクション。

PARIS DECO

パリの装飾美術館で開催されている『Marquise Arconati Visconti. Femme libre et mécène d'exception(アルコナティ・ヴィスコンティ侯爵夫人、自由な女性で奇特なメセナ)』展。聞いたことのない名前だと思うのは、日本人だけでなくフランス人も同じである。限られた世界では著名な女性だが、彼女のメセナ活動は公にはあまり知られていなかったのだから。2つの方法で展示が行われていて、まずは中世から現代のジュエリーを常設するギャルリー・デ・ビジュー内での展示から鑑賞を始めると、侯爵夫人により親しみを覚えるだろう。

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1870年ごろのアルコナティ・ヴィスコンティ侯爵夫人。 Collection Chateau de Gaasbeek ©MAD, Paris/ Jean Tholance

33歳の時にひと目惚れしたイタリア人のジャンマルテノ・アルコナ・ヴィスコンティと結婚し、フランス人のマリー・ペイラ(1840〜1923年)は侯爵夫人となった。しかし、不幸にも侯爵は結婚後3年で他界してしまう。彼はイタリアでも富豪中の富豪だったので、彼女が相続した遺産は不動産だけでもベルギーの城、パリ7区の邸宅(その後ジャンヌ・ランバンが入手)、ローマとフィレンツェの複数の宮殿……と膨大。未亡人となった彼女は再婚もせず、財産を元手に芸術作品を入手し、メセナ活動を行っていくのだ。

1916年、彼女は所有するほぼすべてのジュエリーにあたる53点をパリの装飾美術館に寄贈。今回、時代順に宝石を展示しているギャルリー・デ・ビジューでは彼女の中世から1920年代までのジュエリーを既存の展示の中に点在させ、床に描かれた侯爵夫人の黒いシルエットで彼女のジュエリーであることを示している。来場者の大勢が足を止めるのは、アールヌーヴォーのコーナー、ルネ・ラリックによるジュエリーの前だ。とりわけ、女性の髪が鳥の翼をなし、さらにそれが蛇へと変容するブローチ『女性の顔、蛇と翼』の幻想性は驚くばかり。

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バックルは中国の清朝の第6代皇帝乾隆帝(1735~96年)時代のもので、彫り物がなされたターコイズとブロンズ製。中国の宝飾品にヨーロッパで誰よりも早く興味を持ったのが侯爵夫人である。

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目にダイヤモンドがはめこまれたゴールドのネックレスは、5つに分かれることでベルトにもブレスレットにも使える。19世紀後半、Jules Debout & Léon Coulonによる。

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ベルト、飾り紐8つ、コリエ・ドゥ・シャン、ブローチ5個からなる ルネサンススタイルのパリュール。ルネ・ラリックが1897年頃に製作した。

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ルネ・ラリックが1900年頃に製作した葉モチーフの指輪。©MAD Paris / Jean Tholance

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ルネ・ラリックによるブローチ。下が『女性の顔、蛇と翼』で1897年頃の製作。彼女はラリック、そしてリュシアン・ファリーズのジュエリーの愛好家だった。

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ジュエリーはギャルリー・デ・ビジューにほぼまとめられているが、そのほかの装飾芸術品は装飾美術館内の時代順に構成された複数の部屋をたどりながら鑑賞する。部屋の入口やドアに侯爵夫人のピンク色のシルエットが描かれていたら、”展示あり”の意味だ。芸術愛好家だった彼女。とりわけ熱心だったのは、ルネサンス期のアート収集。それゆえ美術館内での展示も、中世の部屋からスタートする。館内のあちこちで、彼女が所蔵していたタピスリー、絵画、陶器……それに加え、ベルトのバックルや扇のような身の回りの品なども見ることができ、趣味のほどがうかがえる。

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装飾美術館内の中世のフロアに再現されている15世紀末の寝室。この部屋のステンドグラスは、侯爵夫人から美術館に寄贈された品だ。

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ダイアナとアクテオンの神話を彫刻した、16世紀中頃の木箱。Paris, Musée du Louvre  Photo ©Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Philippe Fuzeau

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美術館内、ピンクの説明がついているのが侯爵夫人のコレクションである。たとえば、ここでは1765〜1770年頃にドイツで作られた煙草ケース。

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アビランドの19世紀の『花とリボン』のシリーズ。侯爵夫人は『鳥とリボン』のシリーズも所有していた。

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侯爵夫人がベルギーの城で使用していた22点からなる銀器の一部。Johann Karl Bossard製で、これは当時のヨーロッパの貴族たちの間で人気があったスイスのメゾンである。

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扇、ハンカチ、バッグなど洗練された身の回りの品も展示。

一般大衆に広く知られる名前ではなかったが、フランスの美術館や教育機関に多大な寄付を行った女性である。たとえば、ルーヴル美術館には1892年から、装飾美術館には1893年から2年ごとに寄贈。それも、装飾美術館であれば当時一点も所蔵のなかったマイセンの陶器を、というように美術館の不足を補うような方法で行っていた。また、ジャーナリストだった父の影響で政治に興味をもっていた彼女は、毎週木曜にパリの自宅でサロンを開催し、これには政治関係者も多く参加していたそうだ。革新的思想の持ち主だった彼女には、”赤い”侯爵夫人というあだ名がつけられてもいたという。

なお、19世紀にアルコナティ・ヴィスコンティ家が持ち主となったベルギーのガースベーク城は、一部が13世紀の建築という歴史ある建築物である。ここに芸術家、文壇人を大勢招いて、彼女は文化的出会いの場として活用した。彼女の没後、城はベルギーに寄贈され、国立博物館として現在一般公開されている。

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1780〜1790年頃のマイセンの陶器。1名用のカフェのセットが革とシルクのケースにおさめられている。

Marquise Arconati Visconti. Femme libre et mécène d'exception』展
会期:開催中〜2020年3月15日
Les Musée des Arts Décoratifs
107, rue de Rivoli 75001 Paris
開)11時〜18時(木〜21時)
休)月
料)11ユーロ
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。

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