ナチュラルでしなやかな現代の歌姫、オリヴィア・ディーンの魅力とは。
あくまでも自然体、そしてアールドゥヴィーヴルを表現するクリエイティブがMVにも香る。グラミー賞を得てその輝きが世界中に発信された、共感を呼び起こす彼女の在り方。

オリヴィア・ディーン/Olivia Dean
1999 年、イギリス生まれ。シンガーソングライター。2018 年、シングル「Reason To Stay」にてデビューし、地道に自主制作を続ける。23 年、デビューフルアルバム『Messy』リリース後はグラストンベリー・フェスティバル(24年)に出演。各種音楽賞を多数受賞し、一躍UK発の世界的シンガーとなる。
文/内本順一
初めて彼女の歌を聴いた時、距離の近さを感じた。思っていることを耳元で話してくれている感覚。そこに押しつけがましさは微塵もなく、丸みがあって柔らかい。けれども芯はしっかりある。そんな感じ。
今年2月1日に開催されたグラミー賞で、オリヴィア・ディーンは最優秀新人賞を獲得。続く2月28日のブリット・アワードでは最優秀アーティスト賞、最優秀アルバム賞など4冠を達成し、最大の勝者となった。そのようにイギリスでもアメリカでも圧倒的な評価を得るなか、日本でも着実にファンが増えている。冒頭で述べた歌声の魅力に加え、受賞時のスピーチなどで人柄や価値観が知られるようになったことも大きいのだろう。

ロンドン北部ハーリンゲイ出身の現在27歳。イギリス人の父とジャマイカ系ガイアナ人の母を持ち、幼い頃からソウル、R&B、ポップスに親しんで育った。内気な性格ながらゴスペルクワイアに参加するなどして歌を楽しみ、15歳でエイミー・ワインハウス、アデル、ローラ・ヤングらも通ったロンドン南部の名門、ブリット・スクールに進学。16歳で本格的に詞曲作りを学び始めた。その後、ドラムンベースのバンド、ルディメンタルのバックコーラスを経て、19歳からソロシンガーとしてのキャリアを積むように。2023年にデビューアルバム『Messy』をリリースし、収録曲「Dive」がUKでヒットした。

70年代のレジェンドたちへの敬意を込めた「Dive」、恋する渦中の自立心をなめらかに綴った「Ladies Room」など、気負わないメッセージを洒脱かつポップなソウルに込めた全12曲。輸入盤 ユニバーサルミュージック
オーガニックソウルとポップが溶け合った「Dive」は、柔らかなボーカルとともに同世代の女性の共感を呼ぶ歌詞も印象的だ。「あなたに飛び込みたい」→「でもちょっと怖い」→「だけど飛び込んで本当の自分を試したい」。そうした“決意できないけど、しようとしている時間”を肯定する。言うなれば、揺れのリアリティがそこにあった。
24年4月にはコーチェラに出演して初めてアメリカの観客の前で歌い、同年8月のサマーソニックで初来日。サマソニ東京の2日後に行われた一夜限りの単独公演では、ウィンドラッシュ世代(カリブ系移民の初期世代)である祖母に捧げた「Carmen」を歌った後、観客の大きな声援に感極まる場面もあった。その姿は彼女の音楽と同様、純粋さと誠実さがよく伝わるものだった。
この時点ではまだイギリス以外の国のチャートは揮わずにいたが、25年9月にセカンドアルバム『The Art Of Loving』をリリースすると状況が一変。本国では早くにトップ5入りしていたシングルがアメリカでもじわじわ売れだし、「Man I Need」はビルボード・ホット100で初登場82位からグラミー後にはなんと2位にまで上昇。「So Easy(To Fall In Love)」もトップ10入りを果たした。アデルやデュア・リパのように力強いソウル/ポップでUSでも成功した女性シンガーはいたが、派手なフックや強いビートに頼らず、ミニマルな音と静かな歌声で、ここまでの結果を出したUKの女性のシンガーは稀であり、新しい時代の到来を感じられる。

煌びやかな多幸感が広がる全12曲。あらゆる愛の行方が映し出され、自身の成長と愛の駆け引きを語る「Nice To Each Other」を皮切りに、さまざまな愛のかたちを代弁していく大ヒット作。¥3,300 ユニバーサルミュージック
これらの楽曲で彼女が描くのは、愛と自立の両立だ。「Man I Need」では相手を強く求めながらも自分を大切にするという対等な関係性を提示。「So Easy(To Fall In Love)」では「私はきっとあなたの人生を変えるきっかけになれる」とはじめに自信をさらりと述べたうえで、恋に落ちることの楽しさを軽やかに歌った。依存でも対立でもなく、対等であること。その自然なスタンスが、多くの共感を呼ぶ所以だ。
こうした曲を含んだアルバム『The Art Of Loving』は、活動家でフェミニストであるベル・フックスの著書『オール・アバウト・ラブ:愛をめぐる13の試論』(春風社刊)から影響を受けて制作されたという。英国のフェミニスト政党である女性平等党の副党首を務めた弁護士の母親の影響もあって、オリヴィアもフェミニストを自認しているが、しかし彼女は男性が引いてしまうほどの強い言葉で主張を押し出すのではなく、愛と自立の相補的な関係をあくまでも穏やかに提示する。
そう、彼女はその音楽性同様、強い言葉で物事を断定したり、攻撃的な言い方をしたりすることがない。先のグラミー賞授賞式は会場全体に反ICE(移民税関捜査局)の空気が漂い、バッド・バニーやビリー・アイリッシュがICEに対する直接批判を言葉にしたが、オリヴィアはといえば、受賞時に「私は移民の孫としてここに立っています。勇敢な人々がいなければ私はここにいませんでした。私たちはお互いの存在なしでは成り立ちません」とスピーチ。自身のルーツを通して分断に対する考えを示していた。直接的に何かを言うのではなく、個人の物語に引き寄せて語る。歌もそうだ。それ故に普遍的でもある。

「気取りのない等身大の美しさ。ある意味での庶民的な感覚とセンスを感じる」と本誌編集長・森田聖美は彼女への想いを語る。「USのディーヴァには出せない上品で洗練されたオーラもあって」と彼女の魅力を話すが、そうした“近い素敵さ”が音や歌詞にそのまま結びついて、多くの人の心を捉えているのかもしれない。ここから彼女の柔らかながらポジティブなソウルがどう磨かれていくのか、楽しみだ。

過剰に飾らず、感情を丁寧に表現する。控えめで誠実な強さに、とても心を動かされる
— マリウス葉
オリヴィア・ディーンを知ったきっかけは、スタイリストのシモーネ・ベネエさんの投稿でした。最初に聴いた瞬間から、どこか懐かしさを感じるタイムレスな声に惹かれたのを覚えています。現代的なポップのリズムの中にありながら、上品でソウルフルな響きを持っていて、そのバランスがとても魅力的だと感じました。
最初に聴いた曲は「Nice To Each Other」です。シンプルでキャッチーなメロディでありながら、彼女の柔らかく温かいボーカルが重なることで、まるで別の時代から届いたような空気感があります。最近よく聴いている「Man I Need」も、愛をテーマにしながらより現代的で引力のあるサウンドが印象的で、彼女らしい一貫した世界観を感じます。
彼女の魅力は、洗練と自然体のバランスにあると思います。過剰に飾らず、それでいて感情を丁寧に表現する。その控えめで誠実な強さに、とても心を動かされます。
ブリット・スクール出身で、アデルやエイミー・ワインハウスと同じバックグラウンドを持っていることを知って、今後の進化もとても楽しみにしています!
ハイメゾンとも相思相愛!
詩的に着こなすファッション力。
音楽的ルーツである1960〜70年代のヴィンテージのディテールを感じさせながら、まるですべてが自身のクローゼットからサッと取り出されたようなリアリティ。いつでもその佇まいからは、物語を進む主人公のような人間味がある。そのうえで非常にエレガント。詩的な情緒まで漂うから不思議だ。彼女と親和性の高い“英国”バーバリーから新生シャネルまで、数多くのメゾンがオリヴィアに熱い視線を向けている。スタイリストはシモーネ・ベネエ。ダイアナ・ロスやアリーヤといったスタイルアイコンとオリヴィアの個性を照らし合わせながら、音楽のメッセージ性を軸足に置いてスタイリングを考えているという(2023年、英「DAZED & CONFUSED」デジタル)。
地元イギリスを賑わせる、オリヴィアの存在感。
カフェに入るたびに彼女の曲を耳にし、レコードショップではいちばん目立つ場所にアルバムが並ぶ。オリヴィア・ディーンの勢いが止まらない。

2023年にリリースした『Messy』はファーストアルバムながらも高い評価を受け、イギリスで最も権威ある賞のひとつマーキュリープライズにノミネートされた。さらに彼女の大きな転機となったセカンドアルバム『The Art Of Loving』では全英チャート1位を獲得。シングルカットされた「Man I Need」「Nice To Each Other」などの4曲が同時に全英トップ10にランクインという快挙を、女性アーティストとして初めて成し遂げた。
人々がオリヴィアに魅了されるのは音楽の才能だけではなく、彼女のルーツへの誇りや他者への愛、そして正義感の強さも同時に併せ持っているからだろう。今年2月のアメリカの音楽賞、第68回グラミー賞で最優秀新人賞を受賞した時のスピーチを、イギリスの音楽誌「NME」は移民たちによる影響の素晴らしさを讃えるものだったと絶賛。英国版「ELLE」は「今年のベストスピーチ」のひとつとした。

大舞台においてだけではない。さまざまな人種が共存するイギリスで、彼女は日頃から発言や作品を通して明確なビジョンを示しており、それに強く励まされる人は多い。昨年大英図書館主催の「500年にわたる英国黒人音楽」をテーマにしたパネルデスカッションにおいて、彼女が黒人アーティストであることを誇りに思うとコメントした場面はSNSによって拡散され、「Clash」誌のインタビューではとあるコンサートで最前列にいたミックスドレースの少年が「あなたのおかげで自分のルーツを肯定することができました」と伝えてくれて感動したと語っている。
2月のイギリスの音楽賞、第46回ブリット・アワードでは最優秀アーティスト賞を筆頭に、最優秀アルバム賞、最優秀ポップアクト賞、サム・フェンダーとのコラボによる「Rein Me In」で最優秀楽曲賞の4冠を達成。ここでは「『The Art Of Loving』は愛について、そしてお互いに愛し合うことを歌ったアルバムです。世界はいま、あまりにも愛がなさすぎるから」とスピーチしている。
セカンドアルバムでアメリカでもブレイクしたオリヴィアだが、昨年末に同国での転売によるコンサートチケットの過剰な値上がりを疑問視し「すべての人が音楽を楽しめるよう」改善をインスタグラムのストーリーを通して要求。その後、チケット会社は転売価格に上限を設ける新しい措置を決めた。
音楽で大衆を魅了しながらも自らを肯定して強い信念を貫くオリヴィア・ディーン。そんな新時代のポップの女王に、現在イギリス中が夢中になっている。
- text: Miyuki Sakamoto
- editing: Toru Mitani
*「フィガロジャポン」2026年6月号より抜粋