新疆の自然豊かな情景を映し出した、中国の新世代を担う監督インタビュー!『ボタニスト 植物を愛する少年』
中国・新疆(しんきょう)の自然豊かな村を舞台に、植物を愛する少年アルシンが少女メイユーとの交流を通して成長していく様を描いた『ボタニスト 植物を愛する少年』。植物の呼吸に耳を澄ますような瞑想的な映像で、少年の心の揺らぎを捉え、長編デビュー作ながら、ベルリン国際映画祭ジェネレーションKPLUS部門にて国際審査員グランプリを受賞するなど、一躍国際的な注目を浴びたジン・イー。中国の新世代を担う才能として期待される新鋭がオンライン取材に応じてくれた。
Jing Yi/1994年、中国・新疆生まれ。北京電影学院卒業。カザフ族をはじめとする多民族文化が共存する新疆地域で育った経験を背景に、辺境性、記憶、民族的アイデンティティ、自然と人間の関係性、そして時間の流動性といったテーマを繊細に掘り下げる新世代の映画作家。長編デビュー作『ボタニスト 植物を愛する少年』(2025)は、第75回ベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門でワールドプレミアを迎え、国際審査員グランプリを受賞。
——本作はコロナ禍の隔離生活が起点になったとお聞きしましたが、当時の状況や物語に結びついた経緯を詳しく教えてください。
はい、その通りです。あの時期、私たちは皆家に閉じ込められていました。私は窓から外の植物を眺めながら、“いまこの瞬間、屋外にいられるのは植物だけかもしれない”と考えていました。植物は、彼らにとって壊滅的とも言える打撃を何度も受けながら、そのたびにどうやって再び命を繋いできたのか、と思いを馳せたのです。
そこで、ひとりの少年が、端から見れば些細な、しかし彼の世界では非常に重大な生活の変化にどう向き合うかという物語を描けないかと考えました。彼が植物の辛抱強い成長を目の当たりにし、別れを経験する中で、どのような啓示を得るのかを描きたかったんです。
――監督ご自身と植物との関わりについて教えてください。映画の舞台と似た、新疆の村で育ったとのことですが、植物とはどのような距離感だったのでしょうか。
実は私は幼い頃からあのような村で暮らしてきました。家はちょうど村の入り口にあり、家から一歩出れば、あらゆる植物が目に飛び込んでくるといった環境です。幼い頃は家の屋根に登って遠くを眺めるのが大好きでした。木の棒で遊んだり、木の葉を飛ばしたりして遊んでいました。こうした物事と私の関係は、本当に深いものがあります。
私と植物の関わりは生活面だけではありません。私が北京で大学に通えたのも、母が綿花を育てて稼いでくれたお金のおかげだと思っています。両親はいまも現役で、新疆で綿花を育てていますよ。
大都市へ出て街に取り囲まれて生活するようになり、自然と親密に触れ合う機会がいかに少ないかに気づきました。いまでも、庭のリンゴの木の幹を伝って屋根に登り、午後中ずっとそこに座って、遠く離れた場所で何が起きているのか空想に耽っていたことを思い出します。
――監督は北京で学ばれたそうですが、劇中のメイユーが向かう先を上海に設定したのはなぜですか?
それは私の学生時代の経験に関係しています。学部生の頃は上海に近い杭州にいました。杭州へ行くには毎回列車で上海を通らなければならなかったので、私の経験の中のふたつの部分が融合しています。大学院に進んでから、ようやく北京で暮らすようになりました。
ただ、これまで言及したことはありませんでしたが、劇中のメイユーが本当に上海へ行ったかどうかは、あくまでひとつの描写に過ぎません。彼女はただ隣の村に引っ越しただけかもしれないし、別の場所で生活を始めただけかもしれません。彼女が上海へ向かうシーンをひとコマも撮っていないのは、それが完全に広げられた想像の世界だからです。これは、この土地で生きる人々が常に直面する“変遷”を象徴しています。
――故郷である新疆ウイグル自治区の村を離れ、客観的に故郷を見るようになったいま、その変化をどう感じていますか?
実際、この10年間の変化は非常に激しいものでした。私自身、新疆にいたわずか10年の間に、村から町へ、そしてより大きな都市へと移り住みました。
いまでも昔のままの姿を留めている村は一部ありますが、人口はもう多くありません。私たちには「より大きな都市へ行く」という選択肢しか残されていないかのようです。そして、幼い頃の記憶を少しずつ切り離していかざるを得ないのです。一方で、どの村も次第に似通った姿になりつつあります。村が拡大すれば町になり、町はさらに大きな都市へと姿を変えていきます。この映画は、まさにそうした激動の変化の最中にある時間を切り取って表現したものです。
―ー都会で暮らすいま、田舎に戻って暮らしたいと思うことはありますか?
はい、北京にいても、田舎の生活をよく思い出します。いまも母は田舎に住んでいますし、私の状況も劇中の兄と重なるような、自分の情熱を注げる事業を見つけようと奔走する日々です。中国ではリソースが集中しているため、北京に来なければ創作の可能性を掴むことも難しいのが現状です。しかし故郷や親交の深い人々は現実にそこで生活しています。当然、いつでもあそこへ戻りたいと思っていますし、かつての記憶を丁寧に整理し直したいという思いがあります。
――アルシンが影響を受けている“失踪した叔父さん”にはモデルがいますか? 非常に精神的な存在に感じられますが。
「叔父さん」は、アルシンにとって精神的な父親のような存在です。植物の見分け方や、孤独な生活の中でいかに植物を伴侶として生きていくかを教える存在です。彼は一度も姿を見せませんが、常にそこにいるような気配を感じさせます。私は、あのような形で少年の精神的な導き手の姿を提示し、観客の皆さんに想像し、感じてもらいたいと考えました。
彼は決して現実的なキャラクターとして設計したわけではありません。村で暮らしていれば、親しい人が突然消えてしまうという経験は珍しくありません。しかし、その人がかつて何気なく残した言葉が心に残り、まるで天啓を追うようにその人を探し求め続ける。私にとって、あの叔父さんはまさにそのような存在なのです。
――ロケ地は監督の出身地ではないそうですが、どのように選んだのですか?
ロケ地は私が実際に生まれ育った村からそれほど遠くありません。小さな山をひとつ隔てた隣町のような場所です。あえてそこを選んだのは、あの村のいまの佇まいが、私が幼い頃に過ごした農村の感覚に非常に近いものだったからです。
しかし、あの村もいずれは私の故郷と同じ道を辿り、近代化されていくでしょう。私の故郷は非常に発展し、記憶の中にあった「あの質感」はもうどこにも見当たりません。だからこそ、私は多くの場所を巡り、記憶の中の村を探し求めてロケ地を選びました。木々や道、部屋の佇まい、そしていまでも十数世帯が暮らしているという事実のすべてが、私の子ども時代を思い出させました。
――マジック・リアリズム(魔幻現実主義)的な表現が印象的でしたが、どのようなコンセプトで取り入れたのですか?また影響を受けた作品はありますか?
私が表現したかったのは、植物の世界です。そこでは動物が言葉を話し、植物が仄かな光を放ち、人間と植物が対等な関係にあるような生態系です。私にとってこれは「精神的現実主義」に近いものです。“馬が話す”という描写も、現地の古い伝承の中では自然と対話できると真剣に信じられてきました。それは自然に対する人類の謙虚さのひとつの形だと思うのです。
創作の糧の多くは、本から得たものです。ラテンアメリカの作家フアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』や、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』には多大な影響を受けています。監督としては、アッバス・キアロスタミを尊敬しています。彼が土地に対して抱く愛情や、子どもへ注ぐ眼差しには敬意を抱いています。また、ヌリ・ビルゲ・ジェイランの風景や音響の使い方も素晴らしいと感じています。
――音楽にイランの裴曼(ペイマン)氏を起用した理由を教えてください。
非常に素晴らしい縁なのですが、ペイマン先生はかつてキアロスタミ監督の映画で音楽に携わっていた方なのです。新疆とイランはともに中央アジアに属しており、音楽の感性や楽器も非常に似通っています。ハザク族特有の調べを活かしつつ、より古典的で多くの人々の心に届く音楽にしたいと考え、彼にお願いしました。
――画角が特徴的ですが、アスペクト比(4:3)の選択など、視覚的な表現についてのこだわりを教えてください。
(アドバイザーとして参加した)ビー・ガン監督と脚本について話した際も、視覚的な表現で観客を惹きつけるようアドバイスを受けました。新疆は非常に広大で、果てしない風景が広がる場所です。あえて4:3のアスペクト比を選んだのは、その広大な世界の中で、ひとりの少年の内面へと深く潜り込みたかったからです。画面比率を絞ることで物理的な風景は狭まりますが、その分、少年の主観的な世界は大きく膨らみます。私的な物語と風景の雄大さが、画面の中で拮抗し、コントラストを生み出すおもしろさを狙いました。
――漢族として、多民族が暮らす土地での複雑さについてはどうお考えですか?
長きにわたり、各民族が互いに多大な影響を与え合ってきたことは間違いありません。この映画を制作した時のように、異なる民族であっても互いを知ろうと努めることが大切だと感じています。この土地でともに生きる人間として、映画という表現手段を通じて、私たちはより深く歩み寄ることができるのだと信じています。
――本作は、ベルリンや東京などの国際映画祭で上映されましたね。子どもたちの反応はいかがでしたか?
ベルリンでは「ジェネレーションKplus(子ども部門)」に入選し、700人以上の子どもたちが五感をフルに使って映画を受け止めてくれました。東京でも中学生たちが3時間も熱心に議論してくれたことがあり、それは私の想像を超えるものでした。子どもたちは、未知の土地の人々がどのように生きているのか、非常に強い好奇心を持っていました。その光景は深い思い出となっています。
『ボタニスト 植物を愛する少年』
⚫︎監督・脚本/ジン・イー
⚫︎出演/イェスル・ジャセレフ、レン・ズーハン 、ジャレン・ヌルダオレット、サルヘト・エラマザン、ソンハト・ジョマジャン ほか
⚫︎中国映画 2025年、96分
⚫︎配給・宣伝/リアリーライクフィルムズ
⚫︎2026年5月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国縦断ロードショー
https://www.reallylikefilms.com/botanist
- text: Atsuko Tatsuta