"あたりまえ"がひっくりかえる、レアンドロ・エルリッヒを体感せよ。【後編】

レアンドロ・エルリッヒが未来に創りたいアートとは。

ありきたりの風景に驚きを生み出して、誰しもに愛される美術家レアンドロ・エルリッヒ。
現在、最大規模の個展が日本で開催中の彼に、その創作の秘密を聞いた。

インタビュー

December 23, 2017

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Leandro Erlich
実用的なものよりも、フィクションを作りたかった。

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『精神分析医の診察室』 “Le Cabinet du Psychanalyste
(The Psychoanalyst’s cabinet)” 2005年

黒く覆われた空間に観客が入り込むと、ガラスの向こうにもう一つの部屋があることを知る。ガラス向こうの部屋に置かれた家具と同じサイズの黒いボックスに座ると、ガラス向こうでは実際の椅子などに腰をかけた状態で映り込む。ガラスに映り込む自分の姿に、観客はあたかももう一つの部屋に自分がいるように見えるという、自分自身が幽霊になったかのようなイリュージョンを起こす作品。写真は『精神分析医の診察室』と題された作品だが、これまでにいくつかのシリーズを展開。森美術館の個展ではシリーズ最新作『教室』を展示予定。少子化や過疎化によって廃校となった学校を舞台にするという。

現実はどのように作られるのか?

エルリッヒの言うフィクションとはどんなものなのか。

「現実の出来事や日常の生活、主題はいろいろとあるけれど、最も関心を持っているのは〝現実はどのように組み立てられているのか〟ということ。僕たちは現実をどれくらいわかっているんだろう。君は、太陽や惑星、山を見たことでそれを知っていると言えるかな。現実とは知識の積み重ねで出来上がるものだけど、その現実がどのように作り出されているのかを探っているんだ」

現実と虚構を巧みに織り込み、人々を驚かせてきたエルリッヒ。彼は生まれ育ったブエノスアイレスで魔術のようなインスタレーションを行った。街のシンボルである塔、オベリスクの先端を一夜にして美術館に移した。

「あのオベリスクは東京でいえば、東京タワーのようなものだよ。街のモニュメンタルなアイコンで、とても高い建物。人々はエレベーターでアクセスできるんだけど、最頂部には登ることができない。4つの窓があって、僕は子どもの頃からあの中はどうなっているのか、ずっと気になっていたんだ」

秘密裏に進めたプロジェクトをある朝、大々的に公開。美術館に置かれたのは、もちろん頂部を丹念に再現した構造物。しかし実際に塔の頂部に壁を立て突端を隠すことで、まるでケーキをカットするかのようにオベリスクが切り離されたかと、人々は驚きの声をあげた。わずか一夜の工事で、関係各所への許可取得など現実的なハードルもあり、時間がかかったとエルリッヒは振り返る。美術館に設置した頂部では窓にモニターを設置。実際の窓から望む風景を、長時間撮影して流し続けた。

「誰もがアクセスできる塔のようなもの、ビッグベンやエッフェル塔、自由の女神などは都市に深い関わりを持っている。こうしたデモクラティックなものを人々の手に戻す試みでもあったんだ」

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『眺め』
“The View” 2005年

1997年の最初期から制作するビデオ作品。集合住宅に並ぶ窓から見えるのは、同じ間取りだが家具や壁紙はもちろん、そこで営まれる生活すべてが異なる光景。窓ごとにスクリーンをはめ込み、一般的なブエノスアイレスの人々の暮らしや習慣を克明に表現する。隣人の暮らしを覗き見しているかのような感覚にとらわれる一方、まるで自分自身もこの集合住宅で綴られる物語の一員になったような感覚をもたらす。「夜の町並みで窓はテレビモニターのような光の箱になって、それぞれの物語を見せてくれる」とエルリッヒ。2005年に行われたシャネルモバイルアート展でも発展版を出展している。

森美術館の個展ではこれまでの作品を網羅する形で、新作『教室』など、日本では初展示となる作品も数多い。

「これまで1つの展覧会で1つの新作を発表してきた。すべての作品はその展覧会のために作っているので仮設的なインスタレーションなんだ。森美術館では多くを再制作する。展覧会のための特別な作品が1つの美術館に集まるというのはおもしろいよね。僕の作品は、人々の心の内側に働きかけながら世界のいろいろな場所をつなぐ物語の装置。それが一同に会するんだ」

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『反射する港』
“Port of Reflections” 2014年

2014年に韓国国立現代美術館で展示したエルリッヒにおける最大規模の作品が、森美術館の個展にも登場。手すりや街灯に囲まれた黒い水面に揺れながら漂う手漕ぎ式のボートを凝視するうちに、そこに水はなく、反射して映っていると思っていた船底も上部のボートと同じようにつくられた立体物であることがわかる。映り込む揺らぐボートという曖昧な存在を実体化して並置することで、エルリッヒが得意とする本物と幻想、現実と非現実な世界を巧みに作り出している。

作品で人との関わりを継続する。

28歳で金沢21世紀美術館の恒久展示作品に『スイミング・プール』が選ばれたエルリッヒ。初の恒久設置であり、自身のキャリアにおいても大きな意味を成す作品だという。SNS時代において、日本で最も愛されている作品の1つといっても過言ではないだろう。そんな彼もいまや2児の父で、アーティストとして最も精力的な時期を迎えている。若い頃は1つのプロジェクトの完成に1年の時間を要したと振り返るエルリッヒ。現在は制作のスピードも速まり、表現の幅も大きく広がった。

「最近、ヴェネツィア・ビエンナーレで初期の『スイミング・プール』を制作した時のインタビュー映像を見る機会があったんだ。自分でも驚いたんだけど、当時から人との関係性という視点は変わらない。ただ、これまでは仮設的な作品が多かったので恒久的に残る作品を作っていきたい。残ることで人と関わりを継続することができる。まだまだ表現することがたくさんあるんだ。実験室で作られていたような作品が実体化した『スイミング・プール』は、僕にとって実に大きな変化だった。それから僕はずっと旅を続けている」

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『試着室』 “Changing Room”2013年
遊園地のミラーハウスのような、タイトルどおり無数の試着室がどこまでも続く体験型のインスタレーション。試着室の一つに足を踏み入れると、前方と左右に姿見がある。合わせ鏡によってどこまでも試着室が続いているのに、姿見に自分の姿は映らない。ようやく見つけた自分の姿は目の前の鏡ではなく、どこか遠い鏡に映っていて……。どこまでも続く試着室を彷徨ううちに、いま自分がいるのは鏡の内側なのか外側なのか、そして自己と他者の境界をも曖昧にしていく。

レアンドロ・エルリッヒ

1973年、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。
現在はブエノスアイレスとウルグアイ、モンテビデオを拠点に活動。多くの国際展に参加するほか、2006年にローマ現代美術館、08年にMoMA PS1などで個展を開催。14年には金沢21世紀美術館で日本初の個展を開催。
www.leandroerlich.com.ar
<EXHIBITIONS>

『レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル』
エルリッヒの24年にわたる活動の全容に迫る、世界でも過去最大規模の個展。出展作品約40点のうち8割が日本初公開作品となり、1995年に制作された初期の作品から新作まで、その足跡の全容を紹介する。
会期:開催中~2018/4/1
森美術館(東京・六本木) 
www.mori.art.museum/jp

『レアンドロ・エルリッヒ 個展』
2014年に金沢21世紀美術館で開催された個展でも人気を集めた大規模なインスタレーションのエッセンスはそのままに、日常的な空間でも楽しめる小品を含む新作を中心とした展示を予定。新たなチャレンジも構想中。
会期:2018/1/12~2/25
アートフロントギャラリー(東京・代官山) 
www.artfrontgallery.com

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018』
来夏に第7回を迎える『大地の芸術祭』本祭。エルリッヒは恒久設置の旧作に加え、新作『ロスト・ウインター』などの展開が決定。2000年から掲げる“人間は自然に内包される”をテーマに、新プロジェクトも企画中。
会期:2018/7/29~9/17
越後妻有地域(新潟・十日町市、津南町)
www.echigo-tsumari.jp

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【関連記事】
レアンドロ・エルリッヒに魅了された4人の視点。

*「フィガロジャポン」2017年11月号より抜粋

photos : TAKEHIRO GOTO, texte:YOSHINAO YAMADA

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