王室のスキャンダルにも冷静さを失わない、ノルウェーのホーコン王太子とは。

Celebrity 2024.11.25

ノルウェー王位の第一継承者であり、2001年に一般市民でシングルマザーの女性と結婚して国を驚かせたホーコン王太子。現在、ホーコン王太子は、妻の元夫との間に生まれた息子マリウスにかかる強姦容疑に直面している。その人物像とは。

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ノルウェーのホーコン王太子とメッテ=マリット王太子妃。(オスロ、2018年2月2日)photography: Getty Images

11月20日(水)、ジャマイカを公式訪問中のホーコン王太子は、妻の連れ子マリウス・ボルグ・ホイビーの逮捕について沈黙を破った。現在、マリウスは2件の強姦容疑で捜査を受けている。ノルウェーのメディア「NRK」に対し、ホーコン王太子は「マリウスは重罪に問われていますが、警察と司法がしっかりと対応してくれると信じています」とコメントした。また、長年苦悩を抱えているマリウスを支えてきた家族の努力についても言及し、「彼が必要な支援を受けられるよう、私たちは引き続き力を注いでいきます」と語った。

さらに、「今日はメッテと一緒に家にいたかった。彼女が恋しい」と遠く離れた地にいる妻への思いを吐露した。しかし、ここでひとつの疑問が浮かび上がる......いつの日かノルウェー国王となる運命のホーコン王太子にとって、マリウス・ボルグ・ホイビーは新たな苦悩の種となるのだろうか?

生まれながらのスポーツマン

1973年7月20日、オスロの病院で誕生したホーコン王太子を祝う21発の礼砲が鳴り響いた。誕生直後から、彼は特別な存在だった。体重はすでに4.3キロ以上。そして特筆すべきは、彼がノルウェー国王ハーラル5世とソニア王妃の長男として生まれたことだ。当時の王室の慣例に従い、マッタ・ルイーセ王女の弟であるホーコン王太子は、父に次ぐノルウェー王位継承者となった。尚、父ハーラル5世が国王として戴冠したのは1991年だった。

子ども時代をホーコン王太子はオスロから約20キロ離れたスカウグム邸で育ち、厳格な王室の決まりから解放された環境で過ごした。幼稚園からはアスケールの公立学校に通い始めた。「笑顔を絶やさない子どもで、控えめながらも他者に興味を持ち、決断力があり、スポーツにおいても非常に積極的で、時には無鉄砲な一面もある」と雑誌「Point de vue」には記されていた。その後、ホーコン王太子はテレマークスキーや雪と水上でのカイトサーフィンをはじめ、スキー全般、サーフィン、パラグライダー、スカイダイビング、ウィンドサーフィンなど、さまざまなスポーツを楽しむことがノルウェー王室の公式サイトで紹介されている。

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父の代わり

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1997年、ノルウェーのソニア王妃とその息子、ホーコン王太子。photography: Getty Images

高校を卒業した時点で、ホーコン王太子はすでに王位継承者だった。彼の祖父であるオーラヴ5世は1991年1月17日に亡くなり、そのため彼は18歳の誕生日にノルウェー議会(ストールティング)の前で誓いを立てた。「私は、憲法と法律に従って統治することを誓い、神の助けを求めます。」それ以来、ホーコン王太子は必要に応じて摂政を務める権利を有し、実際に何度もその役目を果たしている。例えば、2020年10月3日には、呼吸器系の問題で欠席せざるをえなかった父の代わりに、議会の開会式を主宰した。

学業面では、ホーコン王太子は海軍で4年間務め、そのうち1年間はベルゲンの海軍士官学校に在籍した。しかし、ホーコン王太子はノルウェーの伝統から一歩踏み出し、1996年にカリフォルニア州の名門バークレー大学に入学し、1999年に政治学の学士号を取得した。その後、2003年にはロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に進学し、国際ビジネスを学んだ。これらの学業については、「音楽や現代文学に情熱を注ぐホーコン王太子の興味とは異なる分野」と雑誌「Point de vue」は記している。

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スキャンダラスな結婚

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メッテ=マリット王太子妃と息子のマリウス、ホーコン王太子。(オスロ、2001年8月25日)photography: Getty Images

しかし、ホーコン王太子が最も注目を集めたのは、私生活に関することだった。2001年、彼はメッテ=マリット・トイェセム・ヘイビーとの結婚を発表した。ふたりはすでに2年間交際しており、彼女とは婚約していたが、問題があった。彼女は一般市民であり、4歳の息子(あの有名なマリウス)を持つシングルマザーだった。また、彼女の経歴が物議を醸した。ノルウェーのメディアは、1990年代にメッテ=マリットがオスロの夜の世界に通い詰め、さまざまな薬物を摂取していたことを報じた。若かりし日の彼女は過激で自由奔放な生活を送り、時には頭を丸刈りにすることもあったという。この彼女の過去には、国民も大きな衝撃を受けた。

しかし、メッテ=マリットとホーコン王太子の結婚の意思は揺るがなかった。彼らの結婚式は、予定通り2001年8月25日にオスロ大聖堂で執り行われた。その後、数年を経て、ふたりは2児をもうけた。2004年1月21日に生まれたイングリッド・アレクサンドラ王女は、父親の後を継いで王位を継承する予定である。そして、2005年12月3日には、スヴェレ・マグヌス王子が誕生した。こうして彼らは、現代のノルウェー王室を代表する家族となっている。そしてマリウスに対する告発に直面している今、彼らは一丸となって対処しようとしている。

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ウィリアム皇太子、キャサリン皇太子妃、メッテ=マリット王太子妃、ホーコン王太子。(オスロ、2018年2月2日)

From madameFIGARO.fr

text: Ségolène Forgar (madame.lefigaro.fr) translation: Hanae Yamaguchi

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