小泉今日子に青春を捧げた、少年たちを描く話題の小説。

インタビュー

電通のクリエイティブディレクターとして数々の話題CMを手がける高崎卓馬が、2作目となる小説『オートリバース』を上梓。80年代を舞台に、アイドル親衛隊の世界を描いた青春小説で、小泉今日子も実名で登場する。時代の空気を掴み取って表現する広告業界で活躍を続ける著者が、なぜいまこのテーマを小説という形で発表したのか。親衛隊に傾倒していく少年たちの眼差しを通して伝えたかったこととは?

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高崎卓馬著『オートリバース』中央公論新社刊 ¥1,540

「この小説はすべて調べて書いたフィクションです。僕の中学生時代は主人公とは真逆で、東京から福岡に引っ越したんです。身体が大きくて東京弁を喋るっていう理由だけで不良たちにからまれてました(笑)。

当時は校内暴力が吹き荒れていて、近くには『ビー・バップ・ハイスクール』(*1)のモデルになった高校があったくらいで。卒業アルバムを見てもリーゼントに赤い服着たヤツがこっち見て睨んでる。僕自身の青春時代はギターもスポーツもひととおりかじってみたものの、いまいちぱっとしなくて。自分の居場所がなくて息苦しかった。この作品は当時の感情を思い出しながら書きました」

*1 『ビー・バップ・ハイスクール』:1983年から2003年まで「週刊ヤングマガジン」に連載されたきうちかずひろによる漫画。不良高校生の日常をリアルに描き、当時の中高生を中心に大ヒットした。映画化、ドラマ化もされた。

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82年、デビュー当時の小泉今日子。© kyodonews/amanaimages

不良とはほど遠い場所にいたという高崎が初めて熱中できたのが、社会人として仕事に選んだ広告制作だ。それまで興味を持っていた音楽や映像、芝居などの経験をすべて表現に生かせたこともあって、広告の世界へのめり込んでいく。仕事はCMにとどまらず、ドラマや映画の脚本も手がけるようになった。

「10年ほど前に映画『ホノカアボーイ』(09年)でプロデュースと脚本を担当したんですが、僕が歌詞を書いたエンディング曲をどうしても小泉さんに歌ってもらいたくて依頼に行ったんです。何度か打ち合わせをしている中で、親衛隊の話になって。世間からは不良と言われている子たちだけど、彼らの中ではちゃんとルールがあって、みんな真面目でいい子だったと。でも彼らの話ってどこにも残っていないんだよねっていう小泉さんの話が僕の中でずっと引っかかっていた。2年前に小説の話が持ち上がった時に、書くならこのテーマだと」

当時、色とりどりのハチマキをして特攻服に身を包んだ親衛隊の姿は、福岡にいた高崎にとってテレビの中の出来事だった。彼らが走り抜けた時代を辿るためにまず行ったことは、人と場所に“会いに”行くことだった。

「昔親衛隊をしていた人に会ったり、彼らがたむろしていた場所に足を運んだりしました。渋谷公会堂ってこのくらいのサイズ感なんだなとか、彼らが見ていた風景を追体験したんです。調べて小説を書いていくうちに、80年代の時代感を辿り直すことができた。起きている事柄はフィクションだけど、僕が肌で感じたことを織り交ぜることによってリアリティが生まれた気がします。たとえば価値観の合わない人とチグハグな会話をしている時のイラつきとか、思わず人を傷つけてしまった時の心のザラつきとか。これは誰もが共通体験として持っている感覚ですよね」

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いまより便利ではなかった時代の優しさ。

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『オートリバース』で主人公の少年たちが夢中で読んでいた雑誌「ボム!」。84年2月号の表紙と付録ポスターを小泉今日子が飾った。(著者私物)photos : JOHN CHAN

主人公の直(なお)と親友の高階が親衛隊というコミュニティに居場所を求めていた頃、日本はバブルに浮かれ、学校では校内暴力が日常化していた。そんなエネルギーに満ちた80年代に青春を過ごしたふたりの物語は、年代を超えて読む者の心を揺さぶる。

「最初は親衛隊をやっていた少年ひとりを主人公にして書き始めたんですが、うまくいかなくて。そこで僕みたいな目線の人間を入れることにした。巻き込むヤツと巻き込まれるヤツという設定。僕の中では主人公の直と高階(直と一緒に小泉今日子の親衛隊に入り、のちにリーダーとなる)はもともとひとりの人格。結果的に高階という青春の皮を脱ぎ捨てて主人公が成長していく話になったと思います」

フィクションとはいえ小泉今日子が実名で登場し、本の帯には本人からのコメントも添えられていて、現実とフィクションが入り交じった設定は、当時を知る世代には郷愁を感じさせる。

「小泉さんからは白血病になった親衛隊の子の話も聞いていたので、この部分は事実なんです。当時の親衛隊は暴走族とも繋がっていて、行き場所のない不良たちが、社会から追いやられて身を寄せた避難所のようなものだった。その中で自分たちなりのルールをつくって頑張っていたんです。僕はあの頃不良と呼ばれていた人たちを肯定する作業を、この小説を通じてやってみたかった。キョンキョンはその病気になった彼のことをずっと心に刺さったトゲのように気にしていたようで、僕の小説を読んで『彼に会わせてくれてありがとう』って言ってくれました」

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84年6月、小泉今日子がテーマソングを歌った、長島茂雄プロデュースの展覧会『迷宮のアンドローラ製作発表にて。当時のアイドルとしてこの大胆なショートカットがいかにセンセーショナルであったか、いかに彼女が人を惹きつける特別な存在だったかも『オートリバース』で描かれている。 © kyodonews/amanaimages

小説は歌謡曲の黄金期を代表する歌番組「ザ・ベストテン」のランキング表を時間軸として挟みながら、小泉今日子が1位にランクインするまでの3年間を描く。広告制作を本業とする著者は、時代の変遷をどう見ているのだろうか。

「基本的に人間は変わらないとは思っていますが、この時代といまとの大きな差はインターネットの有無。『ザ・ベストテン』のランキングを書き写していて引っかかったのが、アイドルの歌と並んで『北酒場』(*2)が入っていたりすることでした。不思議なことにこの曲をいまでもしっかり歌えるんです。中学生にとっては『北酒場』、いらないですよね? でも『北酒場』を歌えたおかげで大人の世界を垣間見ることができて、おじさんたちに優しくなれた気がします。

インターネットは親切に情報を教えてくれるけど、関心のないジャンルについては教えてくれない。情報のスピードと精度が上がって自分に必要なものだけを選んでいると、世界は狭くなって優しさが失われると思うんです。いまのネット時代の人たちはあらすじ病とかレビュー病とか言われて、予想がつくものしか見たり聞いたりしない傾向にあるけれど、無関係なものに触れる喜び、知らないことに触れる喜びって大事ですよね。

今回、テレビの片隅でしか目にしていなかった親衛隊のことについて調べてみたらおもしろかった。だから記録しておくべきものだと。知りたい気持ちと読みたい気持ちが混ざり合っておもしろいって感じるんだと思う。広告も小説もそういうものをつくっていきたいですね」

*2 「北酒場」: 82年に発売された細川たかしの大ヒット曲。作詞はなかにし礼、作曲は中村泰士。

高崎卓馬 TAKUMA TAKASAKI
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター/小説家。1969年、福岡県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、電通入社。2度のクリエーター・オブ・ザ・イヤー(2010年、13年)やTCCグランプリ、カンヌ国際広告賞、アドフェストグランプリなど国内外の受賞多数。主な仕事にJR東日本「行くぜ、東北」、サントリーオールフリー、オランジーナ「ムッシュはつらいよ」、ANA企業広告(羽生結弦、大坂なおみ)などがある。著書に『表現の技術』(電通刊/中公文庫)『面白くならない企画はひとつもない』(宣伝会議刊)、小説『はるかかけら』(中央公論新社刊)など。9月に青春小説『オートリバース』を刊行。

※この記事に記載している価格は、標準税率10%の税込価格です。

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interview et texte : JUNKO KUBODERA

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