鋭才集団yahyelが完遂させたアルバム『HUMAN』とは
Music Sketch
yahyelの「Pale」を初めて聴いた時、あまりに自分の心が揺さぶられてしまったので、アルバムを聴いたら自分がどんな心理状態に運ばれてしまうのか、少し怖かった。「Pale」は透明感や温かみの増した池貝峻のヴォーカルと微細な音のテクスチャーで構築され、闇夜に漂うようなクールさを携えつつも、終盤に向かって螺旋階段を駆け上がっていく如き高揚感に駆り立てられる。そしてアルバム『HUMAN』はというと、俊英クリエイター5人がやり尽くしたと話すほど、彼ららしい手法による人間味に溢れた濃密なアルバムになった。身震いするほどの傑作だ。
■ 全てから突き抜けた音楽を制作するために
“I am a stranger”という「Hypnosis」の歌詞で始まるアルバム『HUMAN』。yahyelはデビューアルバム『Flesh and Blood』では、純粋に音楽だけで評価されたいからと、匿名性を重視して性別や国籍などを排除すべく、顔写真も出さないスタイルを貫いた。しかし、そういったコンセプトによって逆に自分たちが枠に嵌められてしまったため、『HUMAN』はそのジレンマがモチベーションになって制作されたという。池貝峻と篠田ミル、山田健人にインタビューした。
前回のインタビューはコチラ→
海外の最先端を意識した、yahyelの音楽(前編)
海外の最先端を意識した、yahyelの音楽(後編)
池貝:僕らとしては、表現として新しい事実を提示したいための逃げ場をなくしたくて、雑音をシャットアウトして行く為だった匿名性が、逆にそこだけが一人歩きして、yahyelについて世間で語られているコンテクストに僕ら自体が入っていけなくなるという印象が凄くあった。僕らのやり方の問題もありましたし、音(楽)として“なんで突き抜けられていないんだろう”という僕らの実力のなさを1年間ずっと痛感していました。特にこの『HUMAN』というアルバムを制作している時って。
左から:杉本亘(Syn)、山田健人(VJ)、池貝峻(Vo)、篠田ミル(Sampling)、大井一彌(Dr)
1stアルバムを経て、そこから最初に発表されたのは「Iron」と「Rude」だった。
池貝:「Iron」はその頃に山田から「自分たちが作ったものが再生産されていって、自分たちのものじゃなくなってくる感覚みたいなものってない?」って言われた時に、たぶんみんなの中で同意するところがあったんですよ。同時に僕らが隠していたところ、実力がなくて自信がなかった部分みたいなものを全部引き受けなきゃいけない、“個に立ち返らないといけない”という覚悟が、「Iron」を作った時に固まったところがあって。カップリングの「Rude」は逆に人間的な面を打ち出していて、“深く行くことだけでは人間は生きられない、ちょっと楽観的になる瞬間を作らないと”という思いから、リアリティがすごく出ていると思っているんです。
メンバー5人の覚悟を固めたきっかけとなった「Iron」。映像作家である山田がいることもあり、映像のイメージから楽曲が作られることもあり、この曲は山田曰く、「たぶん、それぞれの中にあった感覚だったんです。それを単純に表現にしちゃうのはどう?っていう提案」だったという。そこから完成した映像には作り手である“オリジナリティ”と、理想である“ピュア”、まがい物である“クローン”が登場。鉄や鋳型という意味のあるIronだが、型に嵌めていくだけでは良いものはできないし、硬質な物質ながら高温で一瞬に溶けてしまうという脆い面も持ち合わせている。曲名はそこから名付けられた。
篠田:この2曲を作った時に、僕らの中で“躁鬱だね”、“2フェイスみたいだね”というキーワードが出ていたんですよ。それはやはり前作から考えた時に、僕らの中に理路整然としたフレームワークがあって、そこにこう当て嵌めていくという感じで表現していたきらいが強かったと思うんです。けれどリアリティに立ち返るならば、人間はそんなに一貫していないし、むしろ思考の流れに躁の部分があったり鬱の部分があったりするのがリアルだなと思い、この2曲はその都度の池貝の感情表現に合っていくサウンドをどう探して行くかみたいなことをやって、完成した曲でした。
■ 仏教感もある輪廻1周分のアルバムを
オルタナティヴR&Bやベースミュージックを基盤にした、レイヤー豊かな音のテクスチャー。その圧倒的なサウンド・プロダクションの中でも、鐘の音が印象的だ。例えば「Polytheism」では巡礼を想起させ、「Battles」では鎧が振るわせる音のように鐘が響く。
池貝:まずアルバムを制作する前に「コンセプトとして個人に立ち返ったものをやりたい」って言った時に、「思想の流れみたいなものに着目したアルバムにしたい」と話していました。「生々しい人生と向き合ったリアリティがあるもので、そのダイジェスト的な考え方というか、仏教感もある輪廻1周分のアルバムを作りたい」って言っていたんです。
とはいっても、みな特定の宗教に属しているわけではないという。
池貝:僕ら宗教観は全然ないですけど、表現者として出自みたいなものをある程度背負わないと責任が持てなくなってしまうから、何が僕らのアイデンティティの中にあるか考えていったんですね。でも、今まで語られてきた日本の脈絡とかステレオタイプが、全部僕らの中になくて。考えていく中で、たぶんクリスチャニティは絶対的な神がいて、コミュニケーションも取れるし、その人が全ての善悪を決めるというトップダウンな社会構造なんですけど、逆に日本は神道イズムとか仏教が基盤。神道は全てに神がいて別にコミュニケーションは取れない。仏教は自分の中を掘る。善悪も曖昧だし表裏一体で、結局「自分の中で答えを見つけ出して折り合いをつけないといけない」という思想の考え方自体が、実はとても日本ぽくて、僕らのアイデンティティとして刻まれているものなんじゃないかと思った。その時にそれをテーマにしたいって言っていたから、鐘の音色感みたいなものは、そこから出てきたのかもしれないですね。
映像作家として活躍する山田健人をはじめ、それぞれが他のプロジェクトやバンドでも活動している。
鐘の音を最初に入れて嵌ったと思った曲は「Battles」という。yahyelはBED J.W.FORDのショーの音楽を手掛けていて、この曲は「battle dress jacket」というテーマの時に作ったもの。その話は取材時に知ったが、鎧を思わせるサウンドが象徴的に耳に残る。「Rude」はCM「Microsoft surface:夢中って無敵だ」のために作っていた曲だが、そこから付け足す作業をしていく中で躁鬱感といった話が出てきて、「もうちょっと感情が一貫性を保てない瞬間を表現するのにどうしたらいいか」(篠田)という時に、候補の音色の中に鐘があったという。
「Pale」で聴かれる、濁ったような音も印象的だ。
篠田:この曲は特にシンセの上物の音の揺らし方などをかなりやっていて、その時にキーワードとして“汚す”という言葉がずっと挙がっていて、“完全に汚して倍音の成分を増やして、もうちょっと違う鳴り響き方を探す”みたいなことをしていました。池貝の声に対してもすごく複雑なことをしています。
池貝の声にはカリスマ性があり、その歌詞からは思想まで感じてしまうほどだが、そこに加えて池貝の心情を表現する独創的なサウンドが素晴らしい。
篠田:池貝が伝えたいことに合っているかということもあるんですけど、単純に音響的な冒険としてやっている側面もあって、いつもレコーディングの時に同じトラックを何個か録っておいて、後からエフェクトをかけてバランスを変えて、鳴りを見るということは意識的にしているんです。ただ「Polytheism」の場合はメインのリフレインのフレーズはチベット仏教の僧の読経みたいなものがサウンドイメージとしてあって。最初それができた時に池貝が「念仏フロウができたみたい」って言っていたんですけど(笑)、そのヴォーカルのトラックも27トラックあるほど細かくこだわっていました。
≫ 何かを選んだら何かを捨てる、その選択の先にあるものとは?
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■ 捨てる選択があるからこそ、選んだものを愛する
アルバムからのリードトラックとなるのが「Hypnosis」。
池貝:“I am a stranger”と“We are one of hypnotized faces”がキモになってて、自分はよそ者で、人間もどきみたいで、でも妙に自分の心だけ柔らかい状態。結局僕らはその状態を乗り越えていかないとならない。逆に、僕らにとって意味のない熱狂みたいなものって、誰かが個人的な理由で必要としているから存在している。彼らが自分たちのために作り上げた「yahyel」に対しても向き合っていかないといけない。みんなそれぞれ自分が救われるために自分の思想を作らないといけないし、みんながそれに狂乱になっている状態、“僕もあなたも結局熱狂的な顔の1つでしかないんだよ”っていう立ち位置みたいなものを1曲目に出しました。
「Nomi」というタイトルはNetflixのドラマ『センス8』の登場人物のひとりの人間性にすごく共感できるという部分からついたという。
池貝:何かを選んだら何かを捨てないといけない。それは事実として誰も逃げられないから、それの入り口を全て閉じていった曲。結局全て残ったものが最終的に返ってきて、その時正解だったと思ってきたものを脅かすのは結局自分が選んできたものだけだよねっていう、逃げられないものの座標を示したという。僕はそういうところから逃げない人の方が好きですし、だからこそ折り合いをつけていかないとならないから生きることは辛いんだと思うんですよね。これは僕なりの折り合いのつけ方というのを提示してる曲だと思うんです。
「Rude」について池貝は「歌詞にある“自分を守るために突き放した感じ”って、凄く横柄な言い方だと日本では見られがちだと思うんですけど、やらないと生きていけないことがある。だからそこがすごく僕らの国の中で定義されるRUDEという感じだなと」と、話す。
“多神教”という意味の「Polytheism」ではカルマの話をしている。国外のアーティストに誰か参加してもらおうと思った時に、前からファンで、特に韓国という立ち位置からやっているのが面白いと思い、ラップユニットXXXのKim Ximyaに直接依頼した。「彼がやっているラップユニットが単純に音源と映像が皮肉というか毒の効いていて、ある種突き放した批判的な感じっていうのが僕らにマッチしてるし、サウンド的にすごいシンパシーを覚えるものがあった」(篠田)。そこから7つの大罪のひとつである「Acedia」へと続く。
「Body」に出てくる“devine”という言葉が気になったが、池貝は「自分が神としてトップダウンになれるのは自分自身でしかない、という。そうなってしまうと、人との関わり合いの中でのモラルとか、本当にどうでもよくなっちゃうよねっていう曲です。でも結局それがあっても、一緒にいたい人っているよねっていうのが次の曲の「Iron」。そこが矛盾していて、僕はいいなぁって思ってます。浅い欲の関係と深い愛情の関係との違いで、それがこの2曲の視点の違い」と説明する。
セカンドアルバム『HUMAN』
アルバムは「Pale」を経て、「Lover 」の最後のフレーズ“be a lover”で終幕する。
池貝:「Pale」で1回“全部は背負いきれないな”という結論を出して、その次に向かおうとした時に、自分はミュージシャンとして音楽をやることしかないわけで。“何かを捨てることが選択だけど、自分の選んだものを愛して先に進んでいくしかない”というのが僕の結論です。逆に言ったら、人生はまた同じループに戻って同じことを繰り返していると思う。今回、このやり方みたいなものがパッケージングされたから、これからはちょっとフリーになれる気がします。
3月はアメリカツアーを行い、3月末から全国ツアーがスタートする。会場の規模によって使える機材が制限されるため、まだ山田がVJとして展開したいパフォーマンスはできていないが、それが実現するのは遠くはないはずだ。
山田:個人的にはyahyelのライヴって1本の映画を観るような、壮大で圧倒する、ゾクゾクする感覚を作っていくのが僕の分野でも特にテーマだし、歌っていることのコンセプトと映像がそこでリンクしてきたら、それが凄い強固になると思うんです。
取材の途中に池貝が話していた言葉が印象的だった。
池貝:音楽という表現においては、「どんなにあなたたちがコンプレックスを持っていようと、我々という存在がそれを全て壊しますよ」って提示すること自体が意味のあることだと思うんですよね。いまの段階では。それをただ続けて行きたいというだけです
詳しくはyahyelのHPへ→http://yahyelmusic.com/
Photo : Kayoko Yamamoto