ジョーを中心に描く四姉妹の生き方、『わたしの若草物語』
Music Sketch
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』は、今年2月の第92回アカデミー賞で衣装デザイン賞を受賞、ほかに作品賞、脚色賞、主演女優賞、助演女優賞、作曲賞など計5部門にノミネートされた話題作だ。
主人公ジョーを演じるシアーシャ・ローナン
脚本と監督は、『レディ・バード』で一躍脚光を浴びたグレタ・ガーウィグ。この組み合わせだけでも要チェックしておきたい。ガーウィグは、『レディ・バード』の時も自分の実話を主人公のストーリーに重ねていたが、今回も自称作家である次女のジョー・マーチに強烈に共感し、原作『若草物語』(上下巻)を忠実になぞりながら、ジョーを主人公とした脚本を書き上げた。そしてジョー役には『レディ・バード』で主役を演じたシアーシャ・ローナン、盟友といえるローリー役にはやはり前作に続いてティモシー・シャラメを起用した。人気俳優のスケジュールを押さえての、力の入れ具合いが伝わってくる。
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■作者オルコットは、19世紀のアメリカに新しい生き方をもたらした環境下で育つ。
これまでも映画やTVドラマ、アニメーションほか、時代を超えて多様に作品化されてきたルイーザ・メイ・オルコットのこの小説。いつの時代になっても色褪せないおもしろさがあるのは、マーチ家四人姉妹の個性をはじめ、彼女たちを見守る両親やお手伝いのハンナ、近隣の人たちの温かさが丁寧に描かれているからだろう。
手前左からベス(エリザ・スカンレン)、ジョー(シアーシャ・ローナン)、マーミー(ローラ・ダーン)、エイミー(フローレンス・ピュー)。
『若草物語』はルイーザ・メイ・オルコットの実話に近いと言われる。オルコットの父親は著名な教育者のブロンソン・オルコット、母親は活動家でソーシャルワーカーのアビゲイル・メイだ。オルコット一家が1844年に引っ越したマサチューセッツ州には当時、反体制的文化運動の先駆者として活動していた超越主義者ラルフ・ウォルドー・エマソンが暮らしていて、ルイーザの学校の先生は、彼の弟子であるヘンリー・デヴィッド・ソローであった。
次女のジョーは、作者ルイーザ・メイ・オルコット自身だと言われている。
エマソンは『自己信頼』の著で知られ、外的事実よりも、自己の感覚や意識の重要さを訴え、オルコットの両親もエマソンが始めたトランセンデンタル・クラブに参加。それゆえ、両親も同じ理想主義者として、当時の19世紀のアメリカに対し、より幸せな人生の基盤のために自分自身に誠実で、自然世界に敬意を払うという姿勢を貫いていた。
ルイーザの母親が4人の娘たちのそれぞれの生き方を尊重し、そして育った個性的な四姉妹をルイーザが描いたのが『若草物語』(1868-69年)。貧困や恋愛、将来の夢に悩みながらも、自立を目指して家族で明るく暮らそうとする、この女性のための小説は、初版2000部完売。1929年には年間300万部の記録を樹立したほど、女性たちの共感を集めたそうだ。
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■「新しい考え方や自由な思想などが生まれたことも、強調したかった」と監督。
ガーウィグはこの映画を作るにあたり、「作家オルコットの経済的な成功にも敬意を払いたかった。戦争や不平等なことばかりだったオルコットの時代に、新しい考え方や自由な思想、変化のためのエネルギーが生み出されたことも強調したかった」と話している。
いちばん右側がグレタ・ガーウィグ監督。女優としてのキャリアは長い。
また、マーミー役を演じたローラ・ダーンは「これはアイデンティティについての物語で、これ以上モダンなことはないわ。現代において自分は誰なのか、誰が何と言おうと本当の自分でいられるか、という質問には答えづらいわ。同じことを150年前にオルコットは書いていたの。彼女が作り上げた美しさの一部は、自立、芸術、野望を抱くことは力強さで、結婚と子育ては同じだということ」と語っている。
フェミニストを公言しているガーウィグゆえ、映画では最後は現代風に変えるかと思いきや、ジョーが著作権にこだわる点などストーリー内での細かい留意はあったものの、原作にほぼ忠実だった。実際、オルコットはジョーとまったく同じ人生を歩んだわけではないけれど、ここでの姉妹関係の結束力や緊張感、躍動感、悲哀感などは、兄弟姉妹のいる人なら、とても共感できると思う。
ローリー(ティモシー・シャラメ、左)とエイミー(フローレンス・ピュー、右)。ピューはアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。
そして、アカデミー賞を受賞した衣装をはじめとしたセット、自然風景までもが素晴らしい。ジョーとローリーの衣装を担当したクリスティン・エッツァルト(『リトル・ドット』)は機械を一切使わずに衣装を作るレジェンドとして知られ、メリル・ストリープ演じるマーチ伯母の衣装はジョン・ブライト(『眺めのいい部屋』でアカデミー賞受賞)が担当。また、姉妹の衣装は、場面によっては、メグはロマンティックなライラックと緑のグラデーション、ジョーは燃えるような赤、ベスは優しいピンク、末っ子のエイミーはフレッシュな色合いの水色と決めて進めたという。
メグ役のエマ・ワトソン 。
ベス役のエリザ・スカンレン。
音楽はアレクサンドル・デスプラが担当(『グランド・ブダペスト・ホテル』と『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞受賞)。ここでは個性的なフレーズを響かせるというより、古典の名作の登場人物たちをスクリーンの中で際立たせるような脇役に徹している。絶妙な音の関わり方にもぜひ注目していただければと思う。
何より自分らしく生きようとする四姉妹の姿に惹きつけられる。一緒に観る人を選ばない、誰にでもおすすめできる名作だ。
ついムックを購入。日本語版も発売されています。
*To Be Continued
●監督・脚本/グレタ・ガーウィグ(『レディ・バード』)
●原作/ルイーザ・メイ・オルコット
●製作/エイミー・パスカル、デニーズ・ディ・ノヴィ、ロビン・スウィコード
●出演/シアーシャ・ローナン、ティモシー・シャラメ、フローレンス・ピュー、エリザ・スカンレン、エマ・ワトソン、ローラ・ダーン、メリル・ストリープほか
●配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
●6/12(金)全国順次ロードショー
www.storyofmylife.jp
※映画館の営業状況は、各館発信の情報をご確認ください。
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