—伊藤さんが陶芸を始めたきっかけは?
伊藤:父が陶芸家なので焼物は身近なものでしたが、僕自身は、絵が好きでデザインの道に進むつもりでした。ところが、美大の受験で、デザインではなく陶芸コースに受かりましてね。土を扱うことになったんです。当時は「陶芸」というと美術表現としてのオブジェが主流で、作品を発表して活躍するのが陶芸家のあり方というようなところがありました。いまのように日常食器を作る人はほとんどいませんでしたね。僕も当然のようにオブジェを作りました。
—オブジェから、やがてうつわに移行したのはなぜですか?
伊藤:僕にとっては、オブジェかうつわかというよりも、子供の頃から遊び道具のように親しんでいた土という素材で何かを作ることが、大事だったんだと思います。オブジェは土でなくてもできますよね。土で作る必然性を考えた時に、うつわに関わっていくことがとても自然なことに思えたんです。
—どこでうつわを作り始めたのですか?
伊藤:美大を卒業後すぐに実家に帰るのが嫌だったので、ゼミの教授だった山田光先生(「走泥社」の創設メンバーのひとりでもある)に弟子入りしました。先生はオブジェもうつわも手がけるので、その背中を見ながら、1年間、ひたすらろくろを練習しました。その後、実家に戻って父と一緒にうつわを作るようになったんですが、工房に店が併設されていたので、お客さんの反応がダイレクトに伝わってくるんですよね。買ってくれるおばちゃんたちは「この取り鉢は、もう少し深いほうがいいわね」とか「ひとまわり大きかったらいいのに」なんて、けっこう細かいことまで厳しく見ている。その要望に応えて作っているうちに日常のうつわへの興味が深まっていったんです。
—オブジェを作っていたことは、うつわ作りに影響していますか?
伊藤:美大では人をスケッチする機会も多く、そのうち人体の構造に興味を持つようになりました。特に気になったのは、人の足のかたち。つま先立ちのふくらはぎからアキレス健にかけてのピンと張り詰めたラインに惹かれたり、赤ちゃんの足のむちっとした脂肪のつき方をなんとも美しいと感じたり。筋肉や骨が、人の動きに合わせて織りなす理にかなったラインの美しさに感動を覚え、観察するようになりました。丸みの中に張りを備えた曲線やどこかに色気のあるかたちを、うつわにも表現したいと思っていますね。
—たしかに、急須や蓋物は、丸みがありながらちょっと縦方向にひっぱったような張りのあるフォルムですね。
伊藤:凛とした佇まいを持ちながら、強すぎない、包容力のあるかたちを意識しています。美しいものを見るとその感動を自分の手でかたちにしたくなる。作り手にとっては、感動することが一番のモチベーションというか、理想のものに近づくための近道なんだと思うんです。その感動が続いて手を動かし続け、やがて職人芸のようになる。そういう仕事が見せられたらいいと思います。
—錆銀彩のリムボウルや白磁の茶杯は、まさに職人仕事のよう。ロングセラーの定番となっています。
伊藤:どちらも20年くらい作り続けていますが何度やっても満足するということはなく、ずっとマイナーチェンジを繰り返していますね。改良することで定番になっていくといってもいいかもしれません。錆銀彩は、須恵器のような、金属器のような、どこにも属さない表情を持ちながら奇抜ではないもの、毎日の食卓で使えるものをと思って作り始めました。茶杯は、古伊万里の写しです。
—コンポートやリム皿など洋食器のかたちも作っていますが、和と洋のうつわの違いは?
伊藤:余白ですね。和の料理を盛り付けた時に品良く収まる余白というのがあるんです。日本人はうつわを手に持って食事をするので、手を引っ掛けた時のバランスの良さにも気を遣います。毎日きちんとした和食でなくてもいいけれど、そうしたいと思った時に合ううつわがあったらいい。喜んでもらえるのではないかと思って作っています。