グレース・ケリーとモナコ公レーニエ3世、70年前の世紀の結婚式を振り返る。
1956年4月19日、モナコ大公のレーニエ3世は、アメリカ人女優のグレース・ケリーと、モナコ大聖堂で行われた壮麗な式で結婚した。それから70年が経った今も、この「世紀の結婚式」はなお人々を魅了し続けている。
グレース・ケリーとモナコ大公レーニエ3世の結婚式を、ヴィンテージ写真10枚で振り返る。
彼女は、愛するモナコ公レーニエ3世と運命を共にする期待と言いようのない緊張を胸に、その日の午前、モナコのノートルダム・イマキュレ大聖堂に到着した。1956年4月19日。ハリウッドのトップスターがモナコ公妃になろうとするその瞬間、世界中の熱い視線が自分に注がれていることをグレース・ケリーは確信していた。それはまるでおとぎ話のような、しかし紛れもない現実の物語であった。 27歳の女優は、父ジョン・B・ケリーの腕に引かれ、建物の階段を上った。父が彼女を導く先、祭壇では未来の夫となるレーニエ3世が待っていた。レーニエ3世の眼前に現れたのは、レースのコルセットに長袖、そして胸元に真珠の刺繍がびっしりと施された、豪華絢爛なアイボリーのドレスを纏った彼女の姿であった。パールやレース、そしてオレンジの花で飾られたヘッドドレス。そこから長く軽やかなベールが流れ、その透明な布越しに、グレース・ケリーの天使のような顔立ちと、青く澄んだ瞳が浮かび上がっていた。誓いの言葉を交わす際、ベールを上げた彼女の顔に遮るものはなく、その高揚した感情は手に取るように伝わった。この歴史的な結婚式に立ち会うため、映画監督のアルフレッド・ヒッチコックや、当時の法務大臣フランソワ・ミッテランを含む600人以上の参列者が、この地へと駆けつけた。
歴史的瞬間
ヨーロッパ9カ国に導入されたばかりの「ユーロビジョン」ネットワークを通じ、3,000万もの人々がテレビの前でこの儀式の生中継を見守った。山々と地中海に挟まれた、わずか数平方キロメートルの極めて小さな領土であるモナコ公国が、この時、世界中のスポットライトを一身に浴びたのである。
レーニエ3世との結婚により、映画界のアイコンであったグレース・ケリーは、モナコのグレース公妃となった。彼女は、厳格なプロトコルに規定された新たな人生を受け入れるため、ハリウッドでのキャリアに終止符を打ったのである。レーニエ3世との象徴的な結婚は、今日においてもなお人々の憧れの源であり続けている。そしてモナコのグレース公妃のスタイルは、シックさとグラマラスさを求める花嫁たちにとって、ひとつのインスピレーションとなっている。
From madameFIGARO.fr
※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
- text: Solene Delinger (madame.lefigaro.fr) translation: Hanae Yamaguchi