【10/21来日ディナー開催】「卓越した仕事は、仕事への真摯な取り組みから生まれる」パリのミシュランスターシェフ、モリー・サッコの仕事の哲学とは?
「モスケ」の星付きシェフで、「Food samouraï(フード・サムライ)」では日本への情熱を語っている彼が、光の都パリへの愛も明かした。

幼い頃、モリー・サッコは、夢中になって読みふけった「ドラゴンボール」や「ポケモン」をはじめとする漫画を通じて、日本料理に出合った。見習い料理人として初めて給料を手にすると、憧れのヒーローたちが食べていたラーメンやおにぎりなど、さまざまな料理を試した。22歳のとき、フランスきっての親日家シェフ、ティエリー・マルクスの厨房チームに加わり、日本料理の調理技法や食材について学び始めた。
2020年に自身のレストランをオープンした際、店名を「モスケ」と名付けた。これは、自身の名前「モリー」と、かねてから彼を魅了してきた、日本史上唯一の黒人侍とされる弥助の名前を組み合わせたものである。それほどまでに日本と深いつながりを持ち続けてきたモリー・サッコだが、ディズニープラスから食をめぐる旅に出ないかと誘われるまで、実は一度も日本を訪れたことがなかった。動画配信サービスで公開されているドキュメンタリーシリーズ「Food Samouraï(フード・サムライ)」は、4年前、シェフが初めて日本の地を踏んだときの様子を追った作品だ。東京の魚市場を訪れ、ホタルイカ漁を体験し、茶畑を見学する。さらに、寿司や懐石料理(日本の高級料理)の巨匠から本格的な指導を受け、大阪では屋台で弁当作りを体験する。フランス人シェフは30歳にして、ようやく長年の夢をかなえたのである。
「初めての日本体験は、期待をはるかに上回るものでした。日本の料理人たちは控えめで、秘密を大切にする文化もありますが、幸運にも、何人ものシェフが自分のレストランに招き入れ、知識や哲学の一端を伝えることを受け入れてくれました。日本の社会には実際にはもっと複雑な面もありますが、表向きは穏やかな空気に包まれた、とても人を温かく迎え入れてくれる国です。それは、私自身の穏やかな気質や、人と分かち合うことを大切にする姿勢にも通じています」
旅がもたらした大きな転機
2023年の初めての日本旅行では、日本米の炊き方を習得するなど、さまざまなことを学んだ若きシェフは、その後、自身のレストランのメニューに押し寿司を取り入れた。しかし、彼が日本から受けた影響は料理だけにとどまらず、芸術的な感性にも深く及んでいる。建築家の安藤忠雄を長年敬愛してきたモリー・サッコは、後に直島を訪れ、ついに安藤の建築作品を実際に目にした。憧れの人物と同じく、禅に通じるミニマリズムや、無駄な装飾を削ぎ落とした端正なラインの美しさを大切にしている。
こうした美意識は、レストランのデザインから、10月22日にファイドン社から刊行される初の著書『Cuisinier(原題)』の構想に至るまで、彼のあらゆるプロジェクトに表れている。
「本を出すまでに長い時間をかけたのは、内容に深みを持たせたかったからです。単にレシピを伝えるだけでなく、『モスケ』の指揮を執ってきた6年間で磨き上げてきた、自分なりの料理観も伝えたいと思っていました。また、この本を一種の『道具箱』のようなものにしたいと考えました。そこから調理技法や手さばき、ソースのアイデア、火入れの方法などを自由に取り出し、その先は自分自身の想像力を働かせられるような一冊にしたかったのです」
あふれる想像力
創造性こそが彼の料理へのアプローチの核心であり、料理人という仕事において彼が何よりも大切にしているものだ。
「私は昔から、少し夢想家なところがありました。自分のアイデアや想像力を形にできる仕事に携われるのは、本当に恵まれたことだと感じています。ただし、私にとってイノベーションは伝統と切り離せないものです」
年内には、パリに新たな店「ネオ・ブラッスリー」をオープンする予定だ。そこで彼は、マリ出身の父と、セネガルとマリにルーツを持つ母の故郷である西アフリカの料理の定番を取り上げ、独自の解釈を加える。家族から受け継いだ食文化、日本から得たインスピレーション、そしてフランス料理の技術。これらが融合したモリー・サッコの料理は、人々を旅へと誘う。
モスケでは、ランチメニューを「ミグラシオン(移住)」、ディナーメニューを「ヴォル・ド・ニュイ(夜間飛行)」と名付けている。また、デザインスタジオのヨルゴ&コーと協力し、独自の文字体系「モラング」を考案した。日本語とベルベル語の文字文化が交差するところから生まれた、記号で構成されるグラフィカルなアルファベットである。
「私は社会的にも文化的にも多様な環境の中で、境界のない世界に育ちました。トゥルナン・アン・ブリーという町で、牧草地とパリへ向かうRER(高速郊外鉄道)の路線に挟まれた場所で育ったのです。さまざまな世界に心を開く姿勢は、今も私の料理に息づいています。異なる地域を探求し、どこにあっても良いものを取り入れたいという思いがあります。そして時には、異なるもの同士をぶつけ合わせるのも好きなのです」
「精神力がものを言うシェフの世界で実力を発揮できるのは、思いやりのある環境においてこそ」
その大胆な挑戦は実を結び、「モスケ」のオープンからわずか数カ月後、29歳で初のミシュランの星を獲得した。それから6年が経ったいま、彼はチームとともに2つ目の星を目指している。その挑戦を支えているのは、前向きなエネルギーだ。マノン・フルーリーやセリーヌ・ファムなど、同世代のシェフたちと同様、モリー・サッコもまた、高い水準を追求するために、スタッフの心身の健康や幸福を犠牲にすることはない。彼が不在のとき、モスケは店を閉める。15人のスタッフには、一般的な5週間ではなく、年間12週間の休暇が与えられている。
「卓越した仕事は、仕事への献身から生まれます。しかし、シェフがスタッフを粗末に扱ったり、十分な休息時間を確保するよう配慮しなかったりすれば、献身的に働くことはできません。この仕事は精神力がものを言いますが、それを発揮できるのは、思いやりのある環境においてこそです。それに、私自身も休息が必要ですからね! 私はスーパーヒーローではありませんから」
彼はスーパーヒーローではない。しかし、多様なロールモデルを目にする機会がかつて少なかった若い世代にとって、彼は間違いなく手本となる存在だ。
「この仕事を始めた当初は、そうしたことを意識していませんでした。黒人のシェフがミシュランの星を獲得したり、テレビに出演したりする姿が若者たちに与える影響に気づいたのは、仕事を続け、メディアで取り上げられるようになってからです。とはいえ、おとぎ話のような夢物語を語るつもりはありません。『トップ・シェフ』への出演は、メディアを通じて自分を知ってもらう素晴らしい機会を与えてくれました。しかし、料理人としてのキャリアは、何よりもまず厨房での経験と努力によって築かれるものです。そして、情熱を注ぐ仕事だからこそ、仕事に費やす時間も膨大になります」
モリー・サッコは、人生のパートナーでありビジネスのパートナーでもあるエミリー・ルケット、そして3歳の娘と生後3カ月の息子と過ごす家族との暮らしの中に、心のバランスを見いだしている。家族とともにパリに暮らす彼は、ほかの場所で生活することなど考えられないという。
「パリは、大きな小都市のようなところです。東京やニューヨークとは違い、人間的なスケール感が保たれています。自転車なら40分で街を横断できますし、どの地区にも独自の個性や雰囲気があります。何より、至るところに美しいものがあり、おいしいものがあるのです!」
その言葉を裏付けるように、シェフとともにパリの街を散策し、彼が敬愛する料理や芸術に触れていく。
ドキュメンタリーシリーズ「Food Samouraï(フード・サムライ)」全6話、ディズニープラスで配信中。
モリー・サッコ著『Cuisinier(キュイジニエ)』、ファイドン社刊、240ページ、49.95ユーロ。10月22日発売予定。
>>【10/21開催】ミシュラン1ツ星シェフのモリー・サッコ×銀座「鮨 門わき」! ヴーヴ・クリコが彩るスペシャルディナー参加者募集
ヴーヴ・クリコが最良の年、と見極めた時にしか造らないプレステージキュヴェ「ラ・グランダム ロゼ2018」のローンチを記念し、メゾンとも関係の深いモリー・サッコシェフが来日! 10月21日(水)19時より、日比谷パレスにてフィガロワインクラブ会員限定の特別ディナーが開催される。先着で20名様の参加を募集! 詳細はこちらの記事にて。

From madameFIGARO.fr
※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
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- text: Marilyne Letertre (madame.lefigaro.fr)
- translation: Hanae Yamaguchi