トッド・ヘインズ、『ワンダーストラック』での新境地を語る。

インタビュー

グラムロックの世界を描いた『ベルベット・ゴールドマイン』(1998年)、50年代のメロドラマにインスパイアされた『エデンより彼方に』(2002年)、ボブ・ディランの実験的な伝記映画『アイム・ノット・ゼア』(07年)、パトリシア・ハイスミスの短編を原作とした『キャロル』(15年)など、時代ごとに野心的な作品を送り出してきたトッド・ヘインズ。

第70回カンヌ国際映画祭でも高い評価を得た新作『ワンダーストラック』は、マーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』(11年)の原作でも知られる児童文学作家ブライアン・セルズニックが原作・脚本を担当している子どもたちの冒険譚だ。新境地を切り開いたアート映画の巨匠に聞いた。

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トッド・ヘインズ監督。 photo : MARY CYBULSKI

——児童文学作家として知られるブライアン・セルズニックとあなたの相性については、いままで考えたことはありませんでしたが、すばらしいコラボになりましたね! 

「ありがとう。実は、僕だっていままで考えたことはなかった。今回のコラボは、自分にとっても驚きなんだ」

——『キャロル』の時には、あなたとよく仕事をしているベテランの衣装デザイナー、サンディ・パウエルから原作の映画化を勧められたということでしたが、今回サンディは、セルズニックにあなたを監督として推薦したそうですね。

「そうなんだ。サンディとは『ベルベット・ゴールドマイン』で仕事をしてからの付き合いで、いまでは友人でもある。人間的にもすばらしく、誰もが一緒に仕事をしたいと思う人物なんだよ。彼女は、セルズニックとも親しいんだ。一緒に『ヒューゴの不思議な発明』で仕事をした時に、この小説の映画化のことをセルズニックから聞いて、監督は僕がいいんじゃないかって薦めてくれたんだ」

『ワンダーストラック』予告編
主人公のひとりベンを演じるのは、天才子役といわれるオークス・フェグリー(左)。77年、ベンは交通事故で母親を失い、父親を捜すためにミネソタからひとりニューヨークへ向かう。

——これまでのあなたの作品は、子ども向けの作品とはいえませんが、児童文学を原作とするこの作品は、あなたの新境地といえるのでしょうか?

「最初のころは、自分にとっての新しい境地、という意識はなかったね。わかっていたのは、いままでやったことのないことをやるということだけ。今回、セルズニックの読者である子どもたちのことは特に考えた。一方で、セルズニックの小説にある複雑さと洗練、エネルギーは、大人の観客にも訴えかけてくるものがあると思った。

僕は70年代に、子どもを主人公にした『The Suicide』(原題/78年)という短編を撮ったし、カレン・カーペンターを主人公にした『Superstar: The Karen Carpenter Story』(原題/88年)も撮った。これらの作品は、若い人々を扱った作品だけど、もっとダークな視点で、今回の作品とはまったくタイプの違うものだ。“イノセント”と“セレンディピティ”という題材はキッズ映画でおなじみのものだけれど、この映画にはもっと洗練されたアプローチがあるんだ」

——モノクロ映像を使うというアイデアは?

「脚本にあったんだ。セルズニックの小説はとてもヴィジュアル的というか、映画的で、映画になったほとんどが脚本に書かれていたことだよ」

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もうひとりの主人公、生まれた時から耳の聞こえない少女ローズを演じたのは、自身も聴覚障害を持ち、本作が初の映画出演となったミリセント・シモンズ。彼女が生きる20年代の物語はモノクロ、サイレントで描かれる。 photo : MARY CYBULSKI

——20年代の聴覚障害を持った少女ローズの物語(モノクロ、サイレント)と、70年代、雷で聴力を失った少年ベンの物語(カラー、音あり)。ふたつの物語がどのように交わるのかがこの映画の推進力になっています。特に20年代は、まさにサイレント映画ですね。

「そう、20年代はサイレント映画の黄金期だ。この時期に作られた映画は洗練されていて、とても芸術性にあふれていた。今回の映画のために、たくさんリサーチもしたんだ。いままで観たことがなかったキング・ヴィダー監督の『群衆』(28年)も観た。ビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』(60年)でジャック・レモンがオフィスのデスクに座っているシーンも引用しているよ」

——パノラマのシーンは、実際に自然史博物館で撮影したのですか? それともミニチュアを作ったのですか?

「実際にロケしたんだ。セルズニックが自然史博物館と繫いでくれたんだ。夜間に、1日で撮らなければならなかった。時間もないし、デジタル・モノクロで。タイトでなかなか大変な撮影だったよ」

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ヘインズ監督にとって4回目のタッグとなるオスカー女優、ジュリアン・ムーアは今回二役を演じている。 photo : MARY CYBULSKI

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>>ヘインズ監督が惚れ込んだ、ローズ役ミリセント・シモンズ。

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ヘインズ監督が惚れ込んだ、ローズ役ミリセント・シモンズ。

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ローズ(ミリセント・シモンズ)は1927年、憧れの女優に会うためにひとりでニューヨークに行き、自然史博物館に勤める兄のウォルター(コーリー・マイケル・スミス)に会う。 photo : MARY CYBULSKI

——本作では、20年代と70年代のファッションやカルチャーが再現されていますが、これまでも『エデンより彼方に』や『キャロル』では50年代という特定の時代が舞台でした。アメリカの特定な時代を描くことはあなたにとってどういう意味がありますか?

「特定の時代についての映画を撮ることは、いつも新しい学びをもたらしてくれる。経済的かつ文化的な生活を表現できる。20年代はよき時代だが、その後、大恐慌が訪れる」

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丁寧に再現された、20年代と70年代のニューヨークのファッションや街の風景も見どころ。 photo : MARY CYBULSKI

——70年代のシーンでは、スウィートの「フォックス・オン・ザ・ラン」がかかりますね。デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」のシングル版のジャケットも登場しますね。

「面白いよね。オスカー・ワイルドやデヴィッド・ボウイは僕らしい選択だとみんな思うよね。でも、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」は、実はセルズニックの脚本にちゃんと書かれていたんだ。ボウイについていえば、『ベルベット・ゴールドマイン』の時は、ボウイの曲を使う許可が下りなかったのだけど、今回は下りたんだ!」

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ベンの母親を演じるのはミシェル・ウィリアムズ。70年代のシーンでデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」が印象的に使用される。 photo : MARY CYBULSKI

——ローズを演じたミリセント・シモンズは、実際に聴覚障害があるそうですね。彼女との仕事で学んだことは?

「彼女は、プロの女優ではなく、オーディションで見つけたんだ。ユタ州出身の素人の少女で、撮影当時13歳だった。でも、プロでもないのに、すでに彼女の中では演技をする準備が整っていたんだ。彼女のパフォーマンスは、とても成熟していて、ある意味プロの俳優を超えていた。スケール感があるんだ。才能があるという以上の特別なものを持っていると思う」

——彼女に女優になることをすすめますか?

「彼女は、僕のすすめやアドバイスを必要としていないよ(笑)。彼女が、演技を愛していることは疑いのないことだし、彼女の中では、自分にとってこれが大切だということを十二分に理解しているんだ。しかも、彼女は(『ワンダーストラック』のあと)すでにジョン・クラシンスキーの監督作『A Quiet Place』(原題/18年)に出演しているんだ。エミリー・ブラントが共演なんだ。とても誇りに思うよ」

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ローズを演じたミリセント・シモンズ(左)とトッド・ヘインズ監督(右)。 photo : MARY CYBULSKI

ミリセント・シモンズについての『ワンダーストラック』特別映像も公開中。ヘインズ監督が見て思わず涙がこぼれたというオーディションテープも一部収録!

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『ワンダーストラック』
●監督/トッド・ヘインズ
●原作・脚本/ブライアン・セルズニック
●2017年、アメリカ映画
●117分
●配給/KADOKAWA
© 2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
http://wonderstruck-movie.jp
角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて公開中。

interview et texte : ATSUKO TATSUTA

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