世界を騒然とさせた問題作『異端の鳥』の監督に聞く。

インタビュー

『ジョーカー』など話題作が並んだ第76回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門において、最も衝撃的な作品として物議を醸した『異端の鳥』。第2次世界大戦中、ナチスのホロコーストから逃れるために、疎開した少年が差別や虐待に遭いながらも、たったひとりで生き延びようともがく苛酷な旅を描いた壮大な叙事詩的作品だ。ポーランド出身の作家イェジー・コシンスキの小説を11年がかりで映画化にこぎつけたチェコの気鋭ヴァーツラフ・マルホウル監督に話を聞いた。

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『異端の鳥』は第76回ヴェネツィア国際映画祭にてユニセフ賞を受賞。第92回アカデミー賞では国際長編映画賞にチェコ代表作品として選出された。

これは人類や愛についての物語。

――1965年に発表されたイェジー・コシンスキの小説『ペインティッド・バード』は、ポーランドでは発禁書となった問題作です。この小説のどこに惹かれたのでしょうか?

多くの人はこの小説を暴力や戦争についての物語と理解したかもしれない。でも、私にとってはそういう物語ではなかった。思うに、人がいろいろなことに気付くのは、真逆の立場に置かれている時だ。戦争時に、平和に生きることの大切さに気付く。いまはコロナ禍にあるけれど、だからこそ健康の大切さに気付く。暴力があるからこそ、優しさといった感情に気付くといったように。

だから、私にとっては、この物語は人類や愛についての物語だ。また、この小説は多くの疑問を投げかけてくれたが、最大の疑問は、なぜ人間はこんなにひどい行為ができるのか、悪とは善とは、希望とは何か、だった。小説に答えは書かれていなかったが、私はそれが素晴らしいと思った。私自身が答えを探す、というチャレンジを突きつけてきたのだから。

同じことを、映画でもやりたかった。答えを用意せずに、登場人物たちを道徳的に、あるいは感情的に裁くこともしない。原作と同じように、リベラルなやり方で、疑問を投げかけたかった。善と悪の間で葛藤するのは、人間の宿命だ。もっといえば、善とは何かを理解するためには、悪を知らなければならない。

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『異端の鳥』撮影中のマルホウル監督。

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いま起こっていることを、思い出してほしい。

――小説は、コンスキが米国に移住した後、英語で書かれたものですが、映画では英語ではなく、スラヴィック・エスペラント語という人工言語を使っている理由はなんですか?

真実こそ大切だからだ。小説では、舞台となる国は特定されていない。そのことを映画でも踏襲したかった。小説に現地の人たちが使う言語というのは、奇妙なスラブ語だったと書かれていたので、スラヴィック・エスペラント語を使おうと決めた。それが最もフェアだと思ったんだ。

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主人公の少年を演じたペトル・コトラールは演技経験はなく、マルホウル監督によって偶然見いだされた。

――舞台は、第2次世界大戦中ですが、少年はナチスではなく、普通の人々によって迫害に遭います。いま、ダイバーシティが世界的なトピックスになっていますが、まさにこの物語は現代の物語に思えます。いまこの作品を映画化したのは、現代にコネクトするものを感じたからでしょうか?

とてもよい質問だね。答えはイエスだ。この物語は普遍的な物語だ。いま、私たちが生活しているこの世界では、子どもたちが傷付けられ、殺されたりしている。紛争地から逃げなければならない子どもたちがたくさんいる。それがいまもってずっと続いているのは恐ろしく、悲しいことだ。

重要なのは、第2次世界大戦下であった、ということではなく、タイムレスな物語だということ。いつでもどこでも、そしていまも、こういうことが起こっていることを、観客にもう一度思い出してほしいと思う。そしていろんなことを考えてほしい。自分に何ができるのか、どうしたら子どもたちを守れるのか。

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たったひとりで田舎に疎開してきた少年を、“普通の人々”が徹底的に攻撃する。ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門で上映された際には、物語の過酷さに途中退出者も多かったが、終了後には10分間のスタンディングオベーションに。

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人間の蛮行と、自然の美しさを対比。

――小説には、主人公の少年はオリーブ色の肌で黒い髪という表現が出てきますが、ユダヤ人だとは明確に示されていません。あなたは、“異端の鳥”である彼をユダヤ人として想定したのでしょうか。

コシンスキは、少年がユダヤ人であるとは書いてはないけれど、行く先々で、少年はユダヤ人とかジプシーとか呼ばれる。ポイントは、彼がほかの人々と(ルックス的に)違っていること。ほかの人は、みんな金髪で碧眼だったりするのに、彼は肌も目も暗めの色。明らかなのは、彼は人と違う“異端”であることだ。

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戦争と人間の本質に迫る物語を、美しいモノクロの映像で綴る。

――モノクロの美しいビジュアルと、映画の中で起こるひどいことや悲惨なこととのコントラストがあります。ビジュアルをドキュメンタリー風にはせず、絵画的に美しい映像で表現すると決めた理由は?

とても興味深い質問だね。この対比は意図的だ。私たちの惑星は、人類の運命とはまったく関係なく、そこに存在している。人間がどんな野蛮な行為をしようとも、自然は素晴らしく、森も川も美しい。その対比を表現したかった。

――ステラン・スカルスガルドやバリー・ペッパー、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズなど有名俳優を起用した理由は?

これはチェコ、あるいはヨーロッパの物語ではなく、無国籍な映画だ。なので、世界的に見てベストの俳優を起用すべきだと思ったからだ。

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スウェーデンの俳優ステラン・スカルスガルド(左)ら名優たちが出演。

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マルホウル監督の言葉を心に留めながら、スクリーンで『異端の鳥』の物語を見届けたい。

ヴァーツラフ・マルホウル Václav Marhoul
プラハ・フィルム・アカデミー映像学部を卒業後、1984年よりバランドフ撮影所などでプロデュース業務に携わる。97年、長編映画の製作を手がけるシルバー・スクリーン社を設立、98年にオスカー・ライフ監督作『The Bed(原題)』(98年)でプロデューサーを務めるとともに配給を行った。2003年、同社製作による監督デビュー作『Smart Philip(原題)』がヒューストン国際映画祭ほか多くの映画祭で受賞を果たす。2作目の長編『戦場の黙示録』(08年・日本未公開)がチェコ・ライオン賞で監督賞、脚本賞、作品賞を含む8部門でノミネートされ、そのほかの国際映画祭でも数々の賞にノミネート。現在、プラハ・フィルム・アカデミーで不定期に教壇に立ち、映画製作部で個人講義を行っている。
『異端の鳥』
●監督・脚本・製作/ヴァーツラフ・マルホウル
●出演/ペトル・コトラール、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キアーほか
●2019年、チェコ・スロヴァキア・ウクライナ映画
●169分
●配給/トランスフォーマー
●10月9日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開
www.transformer.co.jp/m/itannotori
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interview et texte : ATSUKO TATSUTA

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