いままでの価値観に縛られなくていい。女性たちの気付きとは?

インタビュー

これまで地方出身の女性を主人公に、自分らしい生き方探しを描いてきた山内マリコにとって『あのこは貴族』は東京生まれ、東京育ちの生粋のお嬢さまを描いた新境地と言える作品だった。どんな境遇、どんな生き方の女性も、既存の価値観に縛られなくていい。私らしい幸せの見つけ方とは。映画化にあたって作品に込めた深い想いをあらためて語ってもらった。

「ああ、この人は自由だ」って風を感じるのが好きです。女の幸せじゃなく、わたしの幸せを描いていきたい

――まずは原作者として、映画をご覧になって、いかがでしたか。

自分の作品の映画化なのを抜きにしても、本当に心から好きな映画でした。監督の作品への愛をすごく感じますし、とても丁寧にこだわって作られています。見どころは、なんと言っても俳優さんたちの演技。冒頭の華子(門脇麦)が家族と会食するシーンから、全員の役に魂が吹き込まれていて、これはすごいなと。監督の演出センスが素晴らしく、それに俳優さんたちが見事に応えていて、見終わってすぐもう1回観たい!と思いました。

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原作者の山内マリコ。1980年生まれ、富山県出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。2012年、連作短編集『ここは退屈迎えに来て』で各界から称賛を浴びる。その他の著作に『アズミ・ハルコは行方不明』『さみしくなったら名前を呼んで』『パリ行ったことないの』(フィガロジャポンにて連載)『かわいい結婚』『東京23話』『メガネと放蕩娘』『選んだ孤独はよい孤独』『あたしたちよくやってる』など。

――小説でも重要なファクターになっている「東京」について、山内さんはどう感じてきましたか。

東京はやっぱり自由な街かな。わたしは25歳で上京しているので、そこで1度リセットされているんですね。昔の自分を知る人がいないから、誰にはばからずいまの自分で勝負できるし、人の多さに紛れられて匿名性が高い。それが心地いいですね。いろんな街に住んだけど、東京の居心地の良さは断トツだと思います。
ただ、わたしはずっとそういう、上京者の視点しか持っていなかったのですが、『あのこは貴族』の取材を進めるうちに、巧妙にセグメントされた街の顔が見えてきました。東京出身の人にとっては“地元”ですし、とりわけ、わたしがこの作品で描いているような階層の人たちは、ものすごく狭いテリトリーとコミュニティで生きていて、同じ街でも、見えているものはまったく違う。自分に見えていた東京はあくまで一面でしかなくて、実際はとても複雑で多面的な街なんだと思うようになりました。

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――『あのこは貴族』を執筆するにあたって、2年間にわたってリサーチをされたということですが、最も印象的なエピソードは?

まだほんの構想段階の時に担当編集さんと、ちょっといいカフェで、これから誰にどうやって取材していこうか相談していたんです。そしたら、隣のテーブルにひとりでいらっしゃったマダムが横で聞かれていたようで、居ても立ってもいられず「わたしはそっち側の人間だけど」と割って入ってこられて、ひとしきり喋っていかれたことがありました。資料が少ないし、取材先を探すのも大変だろう、みんな口が堅そうだしなぁ……と懸念していたのに、初っ端から頼んでもいないのに話し出してくれて(笑)。
東京の代々お金持ちの家の人は、同じような人同士でつるむので、感覚としては「うちは普通」なんですね。そして、家柄自慢や金持ち自慢みたいな、下品なことはしないように躾けられていて、堅実で控えめ。だけど、やっぱりみんな話したいんだなと折々で感じました。うちは普通っていう建前と、自分はほかとは違うっていうプライドが混ざりあっていて、きっかけさえあればあふれ出す。他の方も、質問しても何も話してくれない、ということはまったくなかったです。

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――地方出身の美紀(水原希子)と生粋のお嬢さまの華子(門脇麦)。ひとりの男性、幸一郎(高良健吾)を巡って対立してもおかしくない対照的なふたりの出会いを描こうと思ったのは、なぜですか。

自分のパーソナリティとはかけ離れた、東京ならではの世界を描いてみたいという気持ちが最初にありました。けれどストーリーを詰めるうちに、対立してもおかしくない女性同士をあえて対立させないで描くというのが、まさにテーマになっていって。ちょっと露悪的なのですが、自分に似たタイプの美紀と、正反対のお嬢さまという組み合わせになっていきました。
そのアイデアの種になったのが、男性が無意識でしている女の分断。幸一郎みたいな男性が結婚相手に選ぶのは、家柄のつり合いがとれた、扱いやすい女性と最初から決まっています。一方、男として惹かれるのは別のタイプ。古今東西、こういう男性が罪悪感ゼロでしている行動で、女性はさんざん傷ついて、分断されてきたわけで。
幸一郎は女性を分断する象徴としての権威主義的な男性ではありますが、日本社会全体に、女性に対してそういう傾向があるんじゃないかと。女の敵は女みたいな言説の源泉も、この構図にあるんじゃないかと思いました。
三角関係というと、誰もが思い浮かべるストーリーは、女同士のドロドロ展開です。でもそれって、これまで主に男性的な価値観で描かれ、さんざんくり返されてきたパターンでしかない。定型化した、女性にとって有害な物語を壊したくて、女性が傷つけ合わない、新しいストーリーを模索しました。

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東京の名門私立大学に入学してきた美紀。

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高層ホテルのラウンジでお茶する時に初めて出会う門脇麦演じる華子と、水原希子演じる美紀。

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――古い物語のパターンを壊して、その先に行くために必要なものって何だと思いますか。

古い物語を壊していいんだと気づかせてくれたのが、『ETERNAL CHIKAMATSU -近松門左衛門「心中天網島」より-』という舞台でした。上演された2016年は、古典を否定するってものすごくラジカルに思えて、「やっていいんだ!」と勇気をもらいました。
たった数年ですが、いまやそれが普通になりつつあって、男性に偏りすぎていたものさしが刷新され、新しい物語の開拓がいろんなジャンルで進んでいる気がします。人は物語を模倣して演じる生き物なので、これまでにない物語を描くことは世界の可能性を広げることでもある。大仰なものである必要はなく、凝り固まった価値観に気持ちのいい風を通してくれるようなものでも充分だと思います。
そういう“風”は、知らない街を旅行することで感じられたりもするし、自由な価値観を持っている人から薫ってくることもある。『あのこは貴族』では、ヴァイオリニストの逸子のキャラクターにかなり託しました。演じる石橋静河さんは留学経験があって逸子の経歴と重なるところがあり、彼女が話すと絶妙な抜け感があって素晴らしかった。広い世界を知っている、自由な精神の持ち主だけが醸す空気というか。個人的にも、ああ、この人は自由だ~っていう風を感じるのが好きです。

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リベラルな考え方の逸子(石橋静河)が人と人との架け橋的な存在に。

――そんな山内さんにとって、いま追いかけずにはいられない気になる人は?

……石田ゆり子さんのインスタでしょうか(笑)。完全にオリジナルな幸福世界を築き上げてらっしゃいますよね。愛するわんちゃん猫ちゃんがいて、好きなものに囲まれて。自分が好きなものを知っているし、それを手に入れる力もあるし、流されず自分らしく生きていたら、いつの間にかあんな王国ができていたという。いわゆる“女の幸せ”ではなく、“わたしの幸せ”ですよね。ご本人は意図しているわけではないと思うのですが、「それけっこうフェミニズムですよ!」という生き方になっていて、素敵だなぁと憧れます。憧れるというか、美しいものを見させてもらってるなぁという感じ。

――黒柳徹子さんも、そうかも。

まさにですね。「 ザ・プロフェッショナル 仕事の流儀 」で、結婚しなかったことや子どもがいないことについて後悔はあるかと聞かれて、「ごめんなさいね、これっぽっちもないわ」と答えていた、あの言い方といい、間といい、最高でした。“女の幸せ”から自分を解放してあげて、“わたしの幸せ”にちゃんとたどり着くこと。これは『あのこは貴族』のテーマでもありますね。
小説を書く時、ハッピーエンドにしなきゃとは思わないのですが、主人公の女性には絶対幸せになってもらいたい。物語のなかでこれまで、女性は不幸になることで感動を喚起させる、供物のような役割をずっと押し付けられてきましたから。それはそのまま、現実で起こってきたことでもある。なので、幸せになりようがない設定だったとしても、なんとしても幸せにたどり着かせる。そういう物語を書くことが、いまは“わたしの幸せ”かな。

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『あのこは貴族』
東京生まれ、東京育ち、お金持ちの令嬢である華子(門脇麦)。富山生まれ、東京の名門大学に入学するも中退、東京で働き続ける美紀(水原希子)。幸一郎(高良健吾)を介してふたりは出会い、いままでとは違う人生に気付き始める……。
●監督・脚本/岨手由貴子 
●出演/門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ 
●原作/山内マリコ『あのこは貴族』(集英社文庫) 
●2020年、日本映画 
●124分 
●配給/東京テアトル、バンダイナムコアーツ 
●2/26(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか、全国にて公開 https://anokohakizoku-movie.com 
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

interview et texte : HARUMI TAKI

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