【旅と美しいもの vol.1】故郷インドネシア、バリ島へ。
ガールズバンドSILENT SIRENのドラマーや声優としての活動を終え、いまはジェットセッターとして世界を巡る梅村妃奈子。彼女が旅先で見てきたことや、体験したこと、感じたことを綴る連載「旅と美しいもの」がスタート。第1回は、小4から中学卒業までを過ごしたインドネシアのジャカルタと、バリ島について。

美しいものに気づくのは、意外と時間が経ってからだ。
何年も経ったある日、ふと「あぁ、あれって美しかったな」と思う瞬間がある。
「うつくしいもの」ってなんだろう。何年も旅をしてきて思うのは、それは目の前に広がる絶景だけじゃないということ。
道に迷ったからこそ出会えた景色。勇気を出して食べてみた、見たことのない果物。
店員さんの“Have a nice day!”にこなれた感じで“You too!”と気取って返してなんだか照れ臭くなったスーパーの帰り道。
この連載では、私が旅先で出会ってきた記憶に残る「うつくしいもの」を紹介していきたい。

まずは僭越ながら簡単な自己紹介を。
私は中学を卒業するまで、インドネシアの首都ジャカルタで育った。
中学受験を見据えて日能研に通っていたのに、小4でジャカルタ行きが決まり、受験しないんかーい!と幼いながらに絶望した記憶がある。
父は商社勤めで転勤三昧。
幼稚園の3年は全てちがう場所。
……幼馴染ってなに?
25年前のジャカルタでは、信号で車が止まるたび、物乞いの子どもたちが窓を叩いた。貧富の差、という言葉を日々肌で感じていた。
通っていた学校にはたびたび爆破テロの予告が入り、日本のテレビはNHKだけ。親戚が毎月送ってくれるファッション誌は船便で2カ月遅れ。
赤道直下で憧れる冬のアウターコーデ。
体育の授業で骨折したら、優良な医療施設がないので即シンガポール。
言い出したらキリがないほど不満だらけの思春期。
どうして私だけ、こんな場所に……。
父の転勤を、何度も恨んだ。
でも今思えば、あの街で過ごした時間は、私から何かを奪っただけではなかった。
同じように異国で育った日本人学校の友人たちとは、25年経った今でも、不思議なくらい強い繋がりがある。
あの頃は、その美しさに気づけなかった。

美しいものは、いつもその場ですぐに美しいとは限らない。時間が経ったある日、ふいに「あぁ、あれは美しかったんだ」と、その輪郭が見えてくる。
私にとって、ジャカルタがそうだった。
だから私は、旅が好きなのだと思う。
いつか未来の自分が、「あれは美しかった」と思える日が、きっと来るから。
私は20代の全てをバンドに費やした。
ガールズバンドのドラム、というなかなかパンクな職業に誇りを持っていた。
年間半分くらいはライブをして、ツアーやフェスで日本全国、たまにアジアやアメリカでライブも。
この頃から旅が好きで、新しい場所に行って新しい人に会うことが何よりも楽しかった。
故郷のインドネシアでも凱旋ライブをさせてもらったことがあり、見ず知らずのインドネシア人のファンたちが『おかえり!』と言ってくれた。
わたし日本人なのに?
あ、国籍とかじゃなくていいんだ。
インドネシアは私の育った故郷だ。
私の帰る場所はインドネシアなのだと実感した。
自己紹介が長くなりましたが、そんな故郷でもあるインドネシアのバリ島に、2026年は2回も帰った。
ここでは敢えて『行った』ではなく『帰った』と言わせてもらいたい。

バリ島といえば海のイメージが強いが、私は森の中のウブドエリアが大好き。
空港から1時間以上かかるので、近場のビーチエリアを優先する方が多いが、私はウブドエリアを強く推したい。
渋滞のクラクションよりも、鳥の囀りが大きく聞こえてきたらもうそこはウブド。
今回宿泊したのはアマンダリ。
世界中に36あるアマンの中でも、2番目に誕生したホテルだという。36年前にできたそうでほぼ私と同い年。
アマンが好きな理由は、「暮らすように泊まる」という考え方。
派手なラグジュアリーではなく、静かで、その土地に溶け込むような心地よさがある。
アマンダリも、ホテルというより、バリの山あいの小さな村におじゃましているような場所だった。
夜になると、バリダンスを見ながら食事ができる。
でも、踊っているのは遠くから派遣されたプロのダンサーではない。さっきまで近所で遊んでいたんじゃないかと思うくらいの小さな女の子たちが、お母さんに連れられてやってくる。
その姿は、舞台というより習い事の発表会みたいで、思わずかわいい〜と親戚面してしまう。
「ホテルのショーを観ている」というより、「村のみんなに迎えてもらっている」。
そんな心地の良い距離感。

ランチしながら、ホテルスタッフと何気なく話していた。
「テンペとタフゴレンが好き。上品な感じじゃなくて、油も何回目か使い回しのワルンで出てくるようなやつ」
ただの雑談のつもりだった。
すると、「オッケー!」と笑って、その日のうちにメニューにはないテンペとタフゴレンを用意してくれた。
しかも、ちゃんと私が好きなローカルテイストのもの。綺麗なホテルのお皿にローカルな揚げ物が乗っていて笑ってしまった。

ホテルのサービスが素晴らしかった、という話ではない。
私がうれしかったのは、「お客様の要望に応えた」という仕事ではなく、一人の人が、もう一人の人を喜ばせようとしてくれたこと。
そのあたたかさは、日本に帰ってきた今でも、料理の味と一緒にちゃんと覚えている。
きっと何年か経ったあとも、私が思い出すのはホテルの部屋ではなく、あの日のテンペと「オッケー!」と笑ったスタッフの顔なんだろう。

Profile
梅村妃奈子 Hinako Umemura
東京で生まれ、小〜中学生時代をインドネシアのジャカルタで過ごす。帰国後、高校時代から読者モデルやバンド活動を始め、2010年〜21年、ガールズバンドSILENT SIRENのドラマー兼リーダーを務めた。
Instagram:@hinaofficial0313