松茸ご飯も栗ご飯も美しく映える。塗師・西村圭功さんの漆の麺鉢。【オーセンティックな香り】

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翻訳家、作家、ジャーナリストの村上香住子が、これまでの人生で出会ってきた“オーセンティック”なモノ・コトを綴る連載。身近にありながら忘れかけていた香りや旅の記憶、そして本物の贈り物——日常を豊かにするエッセンスをお届けします。


Photography: Wakana Baba

美しい黒い漆の麺鉢にうっとりしてしまった。この中に松茸ご飯や栗ご飯、または極細の冷麺を入れて、ミョウガを散らしたら、どんなに素敵だろう。想像しただけでうれしくなる。そっと両手で持ち上げてみると、あたたかい樹木の感触が伝わってきた。

Photography: Wakana Baba

土から生まれた漆の木の樹液を塗ったうつわは、私たちの日常生活に華やぎを添えながら、使い終わったあとは、静かにまた土に帰っていく。

プラスチックの容器とは異なり、持ち上げても火傷をしそうになるほど熱くならないし、地球温暖化などで、自然環境破壊が懸念されるいまの時代、オーセンティックな佇まいで凛とした風格なのだ。

縄文弥生時代の頃から日々の生活の中で、人々に寄り添ってきた漆のうつわだが、そうした脈々とした歴史が途絶えることなく、21世紀の現在まで続いたのも、そこにアルティザンの職人さんたちがいて、大事な伝統を支えてくれていたからに違いない。

今回京都滞在中に、私が出会った西村圭功さんは、祖父の代から受け継いだ三代目の漆の塗師で、いまでは京都や東京などで個展を開き注目を集めている存在だという。

オーセンティックなうつわを扱う問屋「東屋」では、そんな西村圭功さんの工房とコラボをして、「烏丸麺鉢」と名付けられた、見事に調和の取れた朱色や黒色の漆の鉢を出している。それは次世代の若い職人たちの育成を目的として、生まれたものだそうだ。

塗るといっても、一回だけでなく、何度もの上塗りが必要だというし、そうした伝統工芸の道に熱情を注ぐ若い人たちの数は、どうやら年々先細りらしい。

アトリエを見学に行くと、まだその道に入って2年目の若い職人さんが、熱心に刷毛を手にうつわに色を塗っている。一人前になるには、5年の修業が必要だそうだ。

漆の保存のため、湿気に満ちた工房には、どこかノスタルジックな植物の香りが充満していた。

塗師・西村さんに、塗りの回数について聞いてみた。

「私が用いている『京都の本堅地』という技法では、木地を中心にはさみ、表側7層、内側7層、合計14層で仕上げております。工程数としては、30工程ございます」

気が遠くなるように緻密な作業だということが伝わってくる。

西村さんのご自宅を訪れて、すぐに目に飛び込んできたのは、縁側近くに置かれた少し歪つになった楕円形の、ゴールドと黒の見事な大きなうつわだった。これにザクロやラ・フランス、八朔などを飾ってみたらどうだろう。そんなことを考えながら、それらうつわの制作期間は、どのくらいだったのかを西村さんにきいてみた。

「木地に下地を施してから、約半年間乾燥させて、その後研ぎを入れ、塗りあがるまでさらに半年を要します」

1年がかりの作業だと聞いて、伝統工芸の世界の、その奥の深さに驚嘆する。

テクノロジー万能の時代、大概のことはAIで瞬時に解決することができる現代に、こうしてひとつひとつを積み重ねて、伝統という領域に、並々ならない熱情を捧げている人たちがいるということを知るだけでも、何か心あたたまるものを感じた。スペシャルな記念日に、食卓に朱色の椀が置かれていたら、それは幸せの徴にちがいない。

子供の頃から、本物の漆器を大切に扱っている家庭で育ったら、大人になっても伝統工芸を愛しむ心が育まれるかもしれない。

西村圭功漆工房
https://keikou.jp/

東屋
https://azmaya.co.jp/
※烏丸麺鉢についての詳細はこちら>>


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村上 香住子

翻訳家/作家/ジャーナリスト

訳書としてはアンリ・トロワイヤのロシア文豪伝三部作『ドストエフスキー伝』『ゴーゴリ伝』『チェーホフ伝』(すべて中央公論新社)を翻訳する。その他、ボリス・ヴィアンの『ぼくはくたばりたくない』(早川書房)など。1985年よりマガジンハウス、1994年より「フィガロジャポン」のパリ支局長に。20年間のパリ生活のエッセーやパリ文壇との交流記『反記憶』(幻冬舎)など多数。近著は2024年の『ジェーン・バーキンと娘たち』(白水社)。最新刊は『おしゃれなマナーAtoZ パリで暮らして知ったミューズたちの素顔』(CEメディアハウス、2026年)。バーキン、サガン、サンローランなど、本物のパリセレブとの知られざるエピソードと、目の当たりにした本物のマナーの数々を紹介。