「ワインを本来あるべき姿に」ナチュラルワインの生産者となった元ノーマのソムリエの著書、日本語訳が登場!【インタビュー】
今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ……。美しいワインがどのように育まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。
今回はソムリエ、シェフとしてレストランを運営したのち、南仏に渡ってナチュラルワインの生産者となったアンダース・フレデリック・スティーンにインタビュー! グラスをともに傾けながら、彼が語った言葉とは?
ナチュラルワインが本格的に日本に輸入されるようになってから、20年ほどが経つのだという。専門店はとても多くなったし、飲食店で見かけることも増えた。日本ワインの生産者でもナチュラル志向の造り手は多いし、フィガロワインクラブとしても世界のナチュラルワイン生産者が集う国際的イベント「RAW WINE TOKYO」を2年前の初開催からずっと追っている。
そんな折、南仏でナチュラルワインを手がける元ソムリエ、アンダース・フレデリック・スティーン(以下アンダース)の著書『Poetry Is Growing in Our Garden』の日本語訳が出版、著者が来日すると聞き、Ginza Sony Parkで行われたイベント「KANPAI NATURAL WINE FES vol.1」に向かった。
アンダース・フレデリック・スティーン。首に結んだスカーフがこの上なく似合っていて素敵。
アンダースはソムリエとしてキャリアをスタート、コペンハーゲンのレストラン「ノーマ(Noma)」のソムリエとして勤務、その後はシェフ/ソムリエとして「レレ(Relæ)」「マンフレッズ(Manfreds)」といった飲食店をオープンさせながら、ナチュラルワインへの興味を深めていった。
2013年からは南フランスでワインメーカーとして活躍し始め、南フランス、アルザスのブドウを使用してワイン生産に着手。同時に日記をつけ始め、2020年まで自身が思ったこと、フードとのペアリング、ワインのテイスティングに向き合いながら感じたことを率直に書き綴ってきた。本著はその内容を隠すことなく示した一冊になっている。
「ワインとともに、私自身もどのように変化したかを知ることができる」
——本文中にも「目的はなんなのか、誰も読まない、自分だけだし、自分は内容を知っている」とあります。2013年に書き始めた当初、この日記を発表するつもりはなかったのだと思いますが、具体的に発売の話が出たのはいつのことでしょう?
当初、出版されるとは全く思っておらず、自分用にメモを書いていたんです。ワイン造りを始めた当時、私はすでにシェフでありソムリエでもあり、たくさんのワインの本や料理の本を読んできたのですが、内容が少しばかり重複し始めているような気がしていたんです。
料理本はどれも似たり寄ったりで、ワインの本も「最高のワインについて」や「ジャーナリストがフランスを旅してワイン生産者を訪ねる」といった内容ばかり。 しかし私自身の学習のために必要だったのは、ワインそのものだけでなく、そのワインを生み出した醸造家の感情、考察、思想といった「ラベルの裏側にあるものを教えてくれる本」でした。
そこで、私は自分へのメモとしてあらゆることを書き留めておこうと考えたんです。そうすれば何度も読み返して、自分の指針として活用できる。長年にわたりメモを書き続けました。そして偶然、別の件で出版社と話をしていた際に、こうしたメモがたくさんあることを話したところ、その出版社はそれを出版することに興味を持ってくれました。
ヨーロッパに続き、英語版、そして日本でも出版することが決まりました。コペンハーゲンでは5月に、2020年から現在に至るまでの第2巻が出版される予定です。いずれは英語版、日本語版も続編が発売できるといいですね。
アンダースが生み出すボトルのキュヴェ名は、まさに「詩(Poetry)」のよう。テイスティングしたワインの味わいをインスピレーション源に文章を紡いでいる。
——ワインについて文章を書く時、私自身はかなり読者を意識して記事を書きますが、同時に自分が飲んだワインがどのようなものであったのか、具体的に留めるために書いている感覚もあります。ところがボトルごとにも味が異なったり、熟成・時間の経過によってもワインは変化し続け、同じものなど2度とないのでは、と思うこともあります。あなたはソムリエとして、そして現在はワインメーカーとして「ワインを表現すること」はどのようなことだと思っていますか?
ワインを記述することは、そのワインの瞬間を捉えることに繋がります。私は人生のほんの一瞬を切り取って記録し、それが将来の人生における指針となるのです。その瞬間に何か壮大なものを書こうとしているわけではありません。忘れないように、そしてまたそのワインを味わったり、ノートを読み返したりできる可能性を残しておくために書いているのです。
ですからワインや体験、あるいは感情など、何について書くにせよ、それは自分の成長の軌跡をたどるという目的も兼ねて行っているのです。たとえば今日あるワインを味わい、2年後に同じワインを味わったとしましょう。そうすれば、ワインがどのように変化したかだけでなく、私自身もどのように変化したかを見ることができます。何が気に入ったか、何が気に入らなかったか、ワインがどのように表現されていたか、といったことです。だからこそ、こうしたメモは興味深いのだと思います。
「必要なことは植物や自然が教えてくれる」
——本文内にラ・グランド・コリーヌの大岡弘武さんのワインがよく登場し、またご本人とテイスティングしている様子、岡山の彼のワイナリーを訪れる様子が登場します。大岡さんのワインとの出合いや、その魅力を教えてください。
彼とは数年前から知り合いです。彼がまだフランスでワイン造りをしていた頃、私は彼のドメーヌを訪ねました。彼は輸入会社ヴォルテックスの代表立野直紀さんとともに私のところへ来てくれましたし、たとえば、ミシェル・ギニエなど他のワイン生産者たちとの集まりでも彼と顔を合わせました。頻繁に顔を合わせるうちに、一緒に昼食をとったり、彼とは気楽に話せる関係になりました。彼は膨大な知識を持つワインメーカーで、議論するのがとても楽しい相手でもあります。意見が一致するか否かに関わらず、彼の意見は常に非常に的確に、そして極めて知的な観点から述べられているんです。
会場内でファンからのサインに応えるアンダース。
——日本酒、シードルの魅力に気付き、ペアリングメニューをそれらでカバーしていくという発想がとてもおもしろかったです。最近、日本のソムリエもコースに日本酒やシードル、さらにお茶やノンアルコールを取り入れることもありますが、このような多様性についてどう思っていますか?
まさに私たちが必要としている、素晴らしい取り組みです。10年以上前、私がソムリエとして自分のレストランを経営していた頃や、他のレストランで働いていた頃から、ワイン以外の飲み物として日本酒やシードル、その他多くの飲み物を料理とのペアリングに使ってきました。
日本酒について私が非常に魅力的だと感じるのは、さまざまなスタイルのワインの間の隙間を埋めてくれる点です。もちろんワインには白、ロゼ、赤、スパークリングなどあらゆるカテゴリーがありますが、日本酒の味わいは非常に独特であり、他のワインでは難しい料理とのペアリングをソムリエが実現するのに役立つのです。私にとって日本酒の風味は、トウモロコシや米といった穀物、生のキノコ、そしてキャベツや干しキャベツ、生肉に見られるようなほろ苦い塩味と非常に相性が良いと思っています。
——「ブドウ以上のワインは生まれない」という記述にとても惹かれました。「カレンダーではなく畑を見ている」とも書いていますが、最も大事にしていることは?
畑で大事にしているのは、ブドウが熟したタイミングで収穫するということです。ブドウ造りは直感的なもので、そこに知識を組み合わせるわけです。ですから、ブドウを収穫するためには、ブドウ畑でやらなければならないことがいくつかあります。それは当然のことです。しかし、多くの人はブドウを育てる際、厳格にカレンダーに従う傾向がありますが、ヴィンテージごとに状況は異なります。必要な時に必要なことを行えばよく、それらは畑で植物が教えてくれます。ですから、単に自分の直感に従い、植物や自然を観察すればよいのです。
他の花はいつ咲いているか? 鳥たちはいつ特定の行動をとっているか? それらは、ブドウの木がどうなっていくか、そしてブドウの木に対して何をするべきかについて合図を与えてくれます。収穫についても同じことが言えます。収穫に決まった日などありません。ブドウをワインにするための、決まったアルコール度数や糖度などというものは存在しないのです。重要なのは、ブドウを実際に味わうこと。自分のブドウ畑を観察し、ブドウの成長を見守り、そして味わうのです。そうすることで、ブドウが本来持つ魅力を最大限に引き出すことができる。偉大なワインは、十分に熟したブドウから造られるということだけが真実です。
「ブドウを解放し、果汁を解放し、ワインが本来あるべき姿になるように」
——ワインメーカーとして経験を重ねて変わったこと、変わらないことはなんだと思いますか?
原料であるブドウに対する敬意が深まっただけでなく、ヴィンテージごとの変化に対する敬意も深まりました。以前はワイン造りの素晴らしい点のひとつは「同じワインを何度も繰り返し造れること」だと考えていたかもしれません。しかし現在、私は決してそうは思いません。
私はかつて抱いていたあらゆる固定観念を手放し、毎年新しいワイン、新しい表現を生み出しています。それは「創造性」として解釈されるかもしれませんが、私はそれをブドウが提示する風味、そしてブドウそのものだけに専心し、ブドウに干渉しすぎないよう配慮することだと捉えています。
その姿勢こそが、私の中で変化した点です。私にとってワイン造りを始めたことは、ブドウを解放し、果汁を解放し、ワインが本来あるべき姿になるよう解放すること。そしてワインメーカーとしてのエゴを持つ者として、私は少しばかり一歩引いた立場に立つようになりました。つまりワインにもっと重きをおき、ワインの風味にもっとフォーカスし、逆に私という人間への注目は減らしていきたいと思っているんです。
キュヴェ名にもなっている「海にプラスティックを捨てないで」のメッセージは、彼が韓国を訪れた時に海上に捨てられたゴミが島となって浮いているのを見た衝撃から名付けたもの。
——改めて、あなたにとって「ワイン」とは?
答えはいくつかありますが、私個人としては、ワインは人々と対話するための媒体です。私にとって味わいとは一種の言語であり、たとえばあなたが普段日本語を話し、私がデンマーク語やフランス語を話しても、私たちはいまここで、英語で会話して、考えを共有していますよね?
同じようにワインの味わいもまた、共通の言語なのです。あなたがワインを味わい、私がワインを味わう時、私たちは、味という言語によって同じように語りかけられるのです。私にとって、それは音楽のレコードを作ったり、人々に本を見せたり、絵を描いたりするようなものです。ワインを造るということは、コミュニケーションの手段なのです。そのようにして、私は妻のアンとともに造るワインを通じて、伝えたいことを表現することができるのです。
『Poetry Is Growing in Our Garden』
アンダース・フレデリック・スティーン著 トゥエルブブックス刊 ¥4,950
※3色で展開。オンラインでの購入の場合、色指定不可。
https://twelve-books.com/products/poetry-is-growing-in-our-garden-by-anders-frederik-steen-japanese-edition