松たか子&石橋静河、『ナギダイアリー』で描いた誰かとともにいる時間。

Culture

文・立田敦子

第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された深田晃司監督作『ナギダイアリー』は、岡山県奈義町をモデルにした架空の町ナギを舞台にした群像劇だ。企画の原点には、平田オリザの戯曲『東京ノート』を奈義町で映画化する構想があったという。しかし奈義町と出合ったことで、単なる翻案にとどまらず、土地そのものの記憶や矛盾を取り込んだ深田監督独自の物語へと育っていった。陸上自衛隊の日本原駐屯地を抱えながら、アートや子育て支援の町としても知られる奈義町。その複層的な風土の中で、木を彫る彫刻家・寄子、東京と台湾を行き来してきた建築家・友梨の交流を中心に、寄子の幼なじみで妻を亡くした好浩、そして好浩の息子・春樹と親友・圭太の物語が絡まり合い、紡がれていく。血縁でも恋愛でも制度でも名付けきれない関係がもたらす日常の揺らぎ。カンヌ国際映画祭への初めての参加となった松たか子と石橋静河が、深田監督作品への参加、役へのアプローチ、そして奈義町で過ごした時間について語った。

カンヌにて、松たか子&石橋静河の対談インタビューを敢行。松たか子は、ドレスとフェザーネックレスともにルメール。石橋静河は、シャツとスカートがともにハルノブムラタ、ネックレスとピアスがメシカ。©Atsuko Tatsuta

深田監督が語った奈義町の魅力。

——深田晃司監督作品への参加を決めた理由から教えてください。

 深田監督とご一緒するのは初めてだったんですけど、ひとつのモチーフを映画へと膨らませていく、すごく丁寧な方なんだろうなと思っていて。奈義町という場所に惹かれた監督ってどんな方なんだろう、という興味がありました。お会いして奈義町という場所の魅力についていろいろお話を聞いて、そこから始まりました。

石橋 脚本を読んだ時に、自衛隊の駐屯地があることや家父長制のことなど、いろいろな社会問題が組み込まれている作品だなと思いました。でもそういうシビアな問題がありつつも、すごく爽やかで前向きな何かが見えている脚本で、それがとても心地よかったです。深田さんの作品に自分も参加してみたいと思いました。

——松さんは、彫刻家である寄子という女性をどのように捉えていましたか?

松 私は彫刻を見るのは好きなんです。仏像とか(笑)。時間が経つことで表情や艶が変わっていく、そのおもしろさみたいなものは前から感じていました。でも寄子は誰が作ったのかわからないものでありたい、ただ朽ちていきたい、という感覚がある人で、それにはすごく共感できました。一瞬、山の中でひとり制作を突き詰めている孤高の人みたいにも見えるけれど、わりと流れを受け入れて生きている人でもある。作品さえ作れていればいいという根っからのアーティストというより、ちゃんと生活していくために肉体労働もしている。理想主義というより、現実的な目線のある人なのかなと思いました。

彫刻家である寄子役を演じる松たか子。© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

——石橋さんは、かつて寄子の弟と結婚していた女性という設定です。建築家として台湾や東京で活躍している建築家でもある友梨というキャラクターをどう組み立てていきましたか?

石橋 描かれていない部分がとても多かったので難しかったです。台湾でどういう生活をしていたのか、東京ではどうだったのかなど。でも自分の中で物語を作り上げすぎても、それが外に出ていなかったら自己満足になってしまうので、意味がないなと思って。だからあまりストーリーを作りすぎずに、脚本にある言葉やセリフそのものと向き合うことのほうが大事だなと思いました。

建築家の友梨が奈義町を訪れるところから物語が始まる。© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

——元・義姉妹だけれど、依然として交流がある寄子と友梨の関係性をお互いどう解釈したのでしょうか?

石橋 寄子さんは友梨にはないものをたくさん持っている人でした。ひとりで生きていく強さだったり、自分がやりたいことを選ぶ強さだったり。その時の友梨が求めているものを持っている人という印象でした。

 自分にないものを持っている存在に惹かれるのって、すごく自然なことだと思うんです。でもある瞬間に、あ、この人も人だって思う(笑)。その人の弱さだったり、矛盾だったり、自分に近い部分を見つけた時にがっかりとは違う、この人も生きてるんだっていう感覚になる。それがまた自分が少し踏み出す力になるのかなって。何をしてくれるとか、何を言ってくれるとかじゃなくて、ただ一緒にいたことが友梨にとって背中を押してくれる何かになったんじゃないかなと思います。

キャラクターの環境や関係性に想いを馳せて。

——作品にはクィアの登場人物も描かれています。深田監督とはどんな話をされましたか?

 寄子というキャラクターとしては、その要素を前面に押し出したいわけではない、という話をされました。もちろん関係ないと言ってしまうのは乱暴で、ただ寄子の置かれた境遇や環境を考えると、無責任にいいよ、いいよと言うのも違う。その受け取り方、表現の仕方もは難しいなと思いました。友梨は動揺しながらも、寄子に向き合っているんですよね。寄り添おうとしている、その気持ちが大事なんだなと思いました。

石橋 中学生の少年たちから相談された時の友梨の返し方が、とても丁寧だなと思ったんです。自分だったらもっと浅はかに返してしまうかもしれない。何気なく言った言葉が、悩んでいる人にとっては傷になることもある。だから、自分はいままでどういう発言をしてきたんだろうってドキッとしました。

中学生の少年たちとの関係性も見どころ。© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

——奈義町での撮影はいかがでしたか?

松 不思議な場所でしたね。最初、本当に寒くて(笑)。厳しい自然に抗わず、その中で暮らしている町の方々はすごく逞しかったです。美術館の中にある図書館もすごく素敵で。ひょこっとモダンな建物があったりして、アートが生活の中に自然にある感じがしました。

石橋 地元のお母さんたちが毎日ご飯を作ってくださって、それが本当に美味しかったです。食べきれなかったお米をどう使うかとか、いろんな工夫を教えてもらって。あるもので暮らす知恵をたくさん学ばせていただきました。あと、コテージから見た景色が忘れられなくて。畑が広がっていて、その下に雲が見えるんです。本当に夢の中みたいでした。

レッドカーペットに登場した松たか子、深田監督、石橋静河。(c)Kazuko WAKAYAMA

『ナギダイアリー』
⚫︎監督・脚本/深田晃司
⚫︎出演/松たか子、石橋静河、松山ケンイチほか
⚫︎2026年、日本・フランス・シンガポール・フィリピン映画
⚫︎110分
⚫︎配給/スターサンズ 
⚫︎9月25日より、新宿ピカデリー、ユーロスペースほか全国にて公開



>>立田敦子のカンヌ国際映画祭レポート2026

立田 敦子

映画ジャーナリスト

映画ジャーナリスト/評論家/モデレーター/コンサルタント 
雑誌、新聞、ウェッブサイトなどの多数メディアに映画批評、映画祭レポート、インタビューを寄稿。トークイベントにやメディア出演も。著書に『おしゃれも人生も映画から』(共著/中央公論新社)。ほかゴールデン・グローブ賞インターナショナル・ヴォーター。エンターテイメントメディア「Fan’s Voice」主宰。
  • text: Atsuko Tatsuta
  • editing: Momoko Suzuki