ムンジウが2度目のパルムドール、岡本多緒が女優賞を共同受賞の快挙。
文・立田敦子
第79回カンヌ国際映画祭は、近年のカンヌの中でもハリウッド大作やスター主導型作品の存在感は例年より薄く、その代わりに世界各国の作家たちによる内省的で政治性を帯びた作品群がコンペティションを占めた。現地の批評家の間では突出した一強が存在しない、審査員にとっては極めて難しい年だと言われていた。テーマ的には欧州の分断、移民、戦後のドイツ、孤独といった主題が展開され、分断された世界の中で他者とどう向き合うかを問う作品が強く印象を残す年となった。
保守とリベラルの価値観の衝突を描いた作品。
最高賞パルムドールに輝いたのは、ルーマニアのクリスティアン・ムンジウ監督による『Fjord』。ノルウェー・フィヨルド沿いの村に暮らす敬虔なクリスチャンのルーマニア系一家を通して、子育てや宗教観、保守とリベラルの価値観の衝突を描いた作品で、ムンジウにとっては2007年の『4ヶ月、3週と2日』以来、2度目のパルムドール受賞となった。審査員長のパク・チャヌクは、授賞式後の記者会見で同作が異なる価値観への理解を芸術的に見事な方法で示したと評価した。受賞後、ムンジウも唯一の真実など存在しないと語り、価値観の異なる他者と共存するための対話の必要性を強調した。

グランプリは、ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督『Minotaur(英題)』。監督は受賞後、ロシア人映画作家として現在の危機に沈黙することはできなかったと述べた。審査員賞はドイツのヴァレスカ・グリーゼバッハ監督『The Dreamed Adventure(英題)』。欧州の分断や戦争の気配を背景にした作品が上位賞に並び、今年のカンヌが世界情勢への応答を強く意識していたことを示す結果となった。


監督賞はスペインのハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシ監督『La Bola Negra』と、ポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ監督『Fatherland』が分け合った。ハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシはMVなどポップカルチャーシーンで活躍する若手デュオだが、『La Bola Negra』はフェデリコ・ガルシア・ロルカの未完成の作品を題材に3つの時代をまたぐ壮大なスケールで描く大作だ。パルムドールの最有力候補といわれていたパブリコフスキの『Fatherland』は、戦後、文豪トーマス・マンと娘エリカが祖国ドイツを横断する中で戦争の傷跡と向き合うロードムービー。パブリコフスキは『COLD WAR あの歌、2つの心』に続き、2度目の監督賞受賞となった。


女優賞と男優賞は、それぞれふたりに授与。
下馬評で高い評価を得ていた濱口竜介監督『急に具合が悪くなる』は、主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が女優賞をともに受賞した。授賞式で名前が呼ばれると、驚いた様子で涙を拭いながら登壇。受賞後の公式会見で、エフィラは「画面外で起こることが、画面内で起こることと同じくらい重要だとこれほど深く理解した撮影はなかった」と語り、岡本も「最初に脚本を読んだ時はこの役にどう挑めばいいかわからなかったが、ふたりの間に生まれた繋がりやケミストリーが脚本を生きたものにしてくれた」と語った。


また審査員会見では、クロエ・ジャオが男女の演技賞をいずれもふたりに授与した理由について「孤独が広がる時代に、映画の中に描かれた関係性の優しさに心を動かされた」と説明。『急に具合が悪くなる』の受賞も、個々の演技だけでなく、ふたりの関係性そのものが評価された結果といえるだろう。
脚本賞はエマニュエル・マール監督『A Man of His Time(英題)』。監督の曽祖父にあたるカンヌ出身の実在の行政官をモデルにした伝記映画で、フランス人の観客やジャーナリストにとりわけ人気が高かった。『落下の解剖学』で人気となったスワン・アルローが主演しているが、公式上映後で驚くスタンディングオベーションで彼が感涙していた姿が印象的だった。

受賞結果
- パルムドール 『Fjord』クリスティアン・ムンジウ(ルーマニア)
- グランプリ 『Minotaur(英題)』アンドレイ・ズビャギンツェフ(ロシア)
- 監督賞(2作品) ハビエル・カルボ&ハビエル・アンブロッシ『La Bola Negra』(スペイン)、パヴェウ・パヴリコフスキ『Fatherland』(ポーランド)
- 脚本賞 エマニュエル・マール『A Man of His Time(英題)』(フランス)
- 審査員賞 『The Dreamed Adventure(英題)』ヴァレスカ・グリーゼバッハ(ドイツ)
- 女優賞 ヴィルジニー・エフィラ(フランス)、岡本多緒(日本)『急に具合が悪くなる』(濱口竜介監督)
- 男優賞 エマニュエル・マッキア(ベルギー)、ヴァランタン・カンパーニュ(ベルギー)『Coward』(ルーカス・ドン監督)
- text: Atsuko Tatsuta
- editing: Momoko Suzuki