カンヌで女優賞受賞! 濱口竜介監督&ヴィルジニー・エフィラ&岡本多緒の鼎談インタビュー。

Culture

文・立田敦子

カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映された、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』。病や死を巡る物語でありながら、それ以上に、人は他者とどのように関わりながら生きるのかを問いかける作品である。原作は、哲学者の宮野真生子と文化人類学者の磯野真穂による往復書簡『急に具合が悪くなる』だ。病を抱えながら生きる身体とそれを見つめる他者との対話を記録した書籍の精神は、本作にも深く息づいている。

パリ郊外の介護施設で施設運営に理想を掲げる女性マリー=ルーと、末期がんを患いながら演劇と向き合う日本人演出家・真理。彼女たちの出会いを軸に描かれる196分は、濱口監督のフィルモグラフィの中でも穏やかでありながら、新たな挑戦となる力強い作品だ。ヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が演じるふたりの女性の関係性には、友情や恋愛といった既存の枠組みでは捉えきれないケアと共感を軸にした特有の親密さがあり、それが高い評価を得た大きな要素となった。カンヌという大きな舞台で、女優賞を同時受賞したヴィルジニーと多緒、そして濱口監督に話を聞いた。

カンヌ映画祭でフォトコールに登場した3人。(c)KazukoWAKAYAMA

授賞式で、女優賞を受賞するまでの時間。

――まずは、女優賞受賞おめでとうございます。本当に素晴らしかったです。授賞式で名前を呼ばれて登壇される様子を見ていましたが、本当に驚いた様子で、見ている側にとっても感動的な瞬間でした。まったく予想されていなかったのでしょうか?

ヴィルジニー ある種の劇的な流れがありました。審査員が評議している間、私たちは情報をもらえないので、(受賞に関して)何も知らないんです。私にとって重要だったのは、私個人というより私たち全員のためという意味ですが、この映画チーム自体が授賞式に呼ばれたということでした。(コンペティション部門には)22もの作品が出品されていますが、9人の審査員の主観によって賞が決まるのです。私はこの映画に強い愛着を持っていますし、できるだけ多くの人に観てもらいたいと心から願っていたので、どうか何かの賞に入ってほしいとずっと思っていました。だから、私たちが賞をいただけると知った瞬間、勝った、やり遂げた!という気持ちになりました。それ以上のことは求めていませんでした。どんな賞であれ、素晴らしいことだと思っていましたから。授賞式当日の午後、(映画祭総代表の)ティエリー・フレモーから出席の依頼電話がかかってきて、「女優賞ではないだろう、パルムドールでもないだろう」と言われたんです。私は「全然、問題ないですよ。どんな賞であれ、うれしいものですから」と答えました。ですから、実際に私たちの名前を聞いた時は、彼らが間違えたのではないかと思ったほどでした。

多緒 授賞式で続々と賞が発表されていく中で、いつ、何の賞で私たちの作品タイトルが読み上げられるのだろうか?と、ただそわそわしていました。だから、本当に自分たちが(女優賞を)受賞するとは夢にも思ってもいなかったんです。それに、女優賞の前に男優賞の発表があり、すでにエマニュエル・マッキアさんとヴァレンティン・カンパーニュさんがペアで受賞された。それもあって、続けてのW受賞はないだろうと思い込んでいました。だから、スピーチなんて全く考えていなくて。壇上でスムーズに話せず、後でちょっと反省しました(笑)。

――濱口さんは、受賞の瞬間をどのように受け止められましたか?

濱口 授賞式に呼ばれた時点で、ふたりが考えていたよりはずっと女優賞があり得ると思っていました(笑)。なので、本当に嬉しかったです。この映画は、このふたりをずっと見ている映画でもある。原作となった往復書簡の著者である宮野真生子さんと磯野真穂さんという、ふたりの女性のやり取りや関係性から作り上げてきた映画であるし、女優賞こそ、この映画にふさわしい賞ではないかと思います。ふたりの努力や能力が正当に評価をされたし、それを通じて私たちの仕事もまた認められたのだと勝手に思っています。

女優賞を受賞したヴィルジニーと多緒。©Kate Green Getty Images Entertainment :ゲッティイメージズ提供

キャスティングで大事にしていたこと。

――あらためまして、ふたりをキャスティングした決め手を教えていただけますか。

濱口 共通して言えるのは、知性、そして人間性だと思います。原作では学者ですが、そのふたりをモデルとしているマリー=ルーと真理という女性を演じてもらう上で、そのふたつの要素が必要な要素だと感じていました。実際にキャスティングをしている時、ふたりからそれを直に感じることができました。ふたりとも脚本を読んだ上でキャスティングに来てくださったのですが、脚本に対しても並々ならぬ情熱を見せてくれた。ふたりのこれまでの仕事も存じてましたし、この方々と一緒に仕事をしない理由はないと思いました。

――ヴィルジニーさんと多緒さんは、濱口さんのこれまでの作品をどのようにご覧になっていたのですか。そしてオファーが来た時はどのように感じられたのか、教えていただけますか。

ヴィルジニー まず、濱口さんの脚本が送られてくると知った時、私はまだ『ドライブ・マイ・カー』しか観ていませんでした。それから脚本を読んだのですが、非常に強い感情と同時にある種の出来事が自分の中で起こりました。脚本を読んだ少し後、第一助監督に初めてお会いした時、私はおかしなことを言ったと思います。「この脚本を読んでから、自分が以前より優しい人間になったような気がする。この感覚が終わってしまうのが怖い。この感情が逃げていってしまうのが怖い」と。なぜそう言ったのかは自分でも分かりません。とにかく、この脚本は理論的かつ実践的であり、感情がどのように循環しているかについて理解するためにも、本当に並外れたものだと感じました。物理的な次元で起こる何かがありました。そして、この役を演じるのは私でなければならない、と確信しました。その後、濱口さんとの面談がありました。まだ彼が私を選ぶかどうかは分かりませんでしたが、その時の私自身の状態をよく覚えています。私はストレスをコントロールするため、ある店で2時間ほどかけてひとりで食事をしていました。面談では、自分自身をどう表現すべきか分からなくなるようなコントロールできない瞬間がありますから、落ち着きたかったんです。でも彼に会った時、言葉のやり取りがとてもスムーズに進んだので、もしこれが実現する運命にあるなら、起こるべきことが起こるだろうと感じました。

多緒 当時はアメリカにいたので情報が遅かったんですが、『寝ても覚めても』が初めて観た作品でした。最初は何より脚本の緻密さに惹かれて、現地で観られる限りの濱口監督の過去作を漁っていった。特に男女の恋愛や結婚についての会話が怖いほどリアルで、監督の実体験なのかなって勝手に想像していたんですけど。でもつい最近、「あれって何を基に書いているんですか」と聞いたら、「取材です」と、おっしゃっていた。初めて観た作品との出会いから数年後に、まさか自分が演じる側でご一緒できるとは思っていなかった。ファンだったというところから始まっているので、濱口作品の中に飛び込めたというのは、純粋にとても幸運なことだと思っています。

レッドカーペットにて。(C) KAZUKO WAKAYAMA

言葉によるコミュニケーションの不完全さを超えて。

――『ドライブ・マイ・カー』だけでなく、濱口監督の作品には、言葉による人間のコミュニケーションの不完全さが通じているように思います。否定的に描くのではなく、むしろ、それを超えたコミュニケーションがあるんだという希望も感じさせる。この作品が体現する、人と人とのコミュニケーションをどう捉えられましたか?

ヴィルジニー この質問と先ほどの質問を関連付けると、私が大好きな濱口さんの映画『偶然と想像』が浮かんできます。3番目の物語『もう一度』は、お互いがかつての同級生だと思い込んで時間をともにするけれど、実はそうではなかった、お互いになりすましていただけだった、というふたりの女性の出会いを描いています。そこには、私たちが今回の作品で行ったこと、つまり眼差しやふたりが共有するもの、彼女たちを結びつけるものの純粋さといった要素がすでに響き合っていると感じています。私にはその響き合いがとてもよく見えました。彼女たちの間には、すでに身体的なレベルで起こる何かがありました。そして今回、まさに同じ言語を話さないという困難があることによって、かえって身体言語への注意が呼び覚まされ、ジェスチャーを加えたり、言葉では語られないすべてのものに目を向けたりすることになりました。ですから、最終的にはこの言葉が通じないことが、かえってお互いの理解を深めることに繋がっています。それに、数式化できないもの、言葉で明確に表現できないものの素晴らしさもありました。これは、私と濱口さんの間、あるいは私と多緒さんが持っているものかもしれませんが、同じ言語を話さないからこそさまざまなサインを解読し、色々なものを受け取っています。そして、その慎み深さの中には、あえて言葉で埋めたくないと感じるほどのとても美しい空間が存在しているのです。

多緒 監督の意図は計りかねますが、私は言葉の不完全さのようなものについて、脚本を読んでいてあまり感じませんでした。むしろ無駄のなさに感服しています。ただ、そういう不完全さというのは人間らしさのようなところに通ずるのかな、と思います。

言葉が通じないことが、かえってお互いの理解を深めたという。© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

――言葉が通じないことがかえってお互いの理解を深めたということですが、濱口さん自身はどうでしょう。今回はフランスで撮られたということで、やっぱり日本で撮っているより、言葉のコミュニケーションの難しさに直面することがあったのではないかと思うのですが。

濱口 そうですね。もちろん、言葉や文化の問題っていうのはある。別に、日本語でもそれほどわかりやすいことを言っているわけではないんです(笑)。でも、言語や文化の問題でわからないのだと解釈するから、フランスのキャストやスタッフはその真意をより探りたくなったりすると思うんですよ。いや、そんなに考えなくてもいいことを私は言ってるんですよね、と思いながら、やっていたところはあります。ちなみに、共同脚本家であり現場通訳をしてくれたのは、ルディムナ玲亜さんという、是枝裕和監督の通訳もされている日仏通訳の第一人者です。私もずっと通訳として信頼していた方で、この方のおかげで言語的なコミュニケーションにはそれほど問題ありませんでした。こちらの言ったことが伝わらなかったとしても、それはそもそも日本語としての不明瞭さだったり、そういうものが問題であることが多かったように思います。でも本読みをしている時は非常にシンプルでした。脚本に書かれているセリフの意味自体は確認しているので、結局、俳優の声そのものに集中すれば多くのことが理解できた気がしています。それは撮影本番でも同様でした。

フランスの映画現場とは異なる、濱口監督の本読み。

――濱口監督が撮影の準備段階で行っている本読みは特徴的だと思うのですが、今回、その本読みはどのような体験でしたか?

多緒 このような本読みは初めての経験だったので、最初はこれがどういう結果をもたらすんだろうかという疑問があり、それを探ろうとした自分もいました。ただ純粋に毎回本当に楽しいし、声が良くなっていると言われると素直に嬉しいし(笑)。そういう準備期間を重ねた後にヴィルジニーと合流した。その前もフランスのキャストの方と読み合わせをしていましたが、本番に近づくにつれて温めてきたものが解放される喜びに繋がっていきました。

ヴィルジニー 最初は少し怖かったんです。というのも、私はこのプロジェクトに参加したのが遅かったから。まず、テキスト(セリフ)を覚えなければならなかったのですが、私にとって本読みという行為はセリフを暗記するためのものではありませんでした。本読みとは、セリフを身体に染み込ませるためのものです。だから、私は「喜んでやりますが、覚えるための時間をください」と言いました。2カ月ほどしか時間がなかったのですが、その後、素晴らしい発見をしました。相手との響き合いを感じ、相手の親密さや相手の声の音域に近づいていく感覚です。言葉の持つ音楽性が自分の中に入ってくるプロセスは、本当に興味深いものでした。

それから濱口さんは、映画の中には存在しないシーンを使った、ある種のワークショップのような本読みも用意してくれていました。それは、まるで役としての思い出のようなもので、私たちが頭の中で活用できるものでした。たとえば、私の介護施設の同僚とのシーンなど、過去に属する出来事を実際に演じてみることで、後から頭の中でひとつの記憶として参照できるようになったのです。

もう一点、この本読みというアプローチについて、フランスでの仕事の進め方と比較すると興味深い違いがあります。フランスでは、文化的な遺産や即興劇、ヌーヴェルヴァーグの名残、あるいは私たちフランス人が単に怠け者なだけかもしれませんが(笑)、撮影現場に入ったにもかかわらず、俳優たちが自分のセリフをすべて覚えていないということが時に起こります。私自身も気を付けてはいますが、そうした経験はあります。しかし、濱口監督のもとでは単に脚本を読むだけでなく、かなり早い段階から台本を見ない状態での本読みを行います。フランスでは現場に来て、よし、少し直感でやってみようとなって、現場が混乱することもありますが、濱口さんの現場ではそんなことは絶対に起こりません。このようにかなり早い段階から深くテキストを知るというのは、とても興味深い経験でした。

『急に具合が悪くなる』
⚫︎監督・脚本/濱口竜介
⚫︎出演/ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代ほか
⚫︎2026年、フランス・日本・ドイツ・ベルギー映画
⚫︎196分
⚫︎配給/ビターズ・エンド
⚫︎6月19日より、TOHO シネマズ日比谷ほか、全国にて公開

>>立田敦子のカンヌ国際映画祭レポート2026

  • text: Atsuko Tatsuta
  • editing: Momoko Suzuki