ジェルマン・ルーヴェ、舞台と日常の狭間で。
パリ・オペラ座バレエ団のエトワールに任命されて今年で10年。成熟した色香としなやかな余裕を携えたジェルマン・ルーヴェが、パリの街と自宅、ガルニエ宮を舞台にモードの物語を紡ぐ。
Germain Louvet

オペラ座で踊ること、纏うこと。
text: Mariko Omura
――あなたにとってガルニエ宮の魅力は?
ここでは1875年以来、メインの活動が中断することなく続き、とても活気に満ちています。僕が好きなのは建築や装飾といったことより、改装の積み重ねによる歴史が場所場所に見られること。たとえば僕の楽屋には暖炉があった時代の大理石が床に一部残っています。いまのような暖房装置がない時代、アーティストが暖を取っていたのでしょうね。木の床にしてもとても古い。一方、ルドルフ・ヌレエフが芸術監督時代に改装させたリハーサルスタジオは、いかにも80年代といった美しいデザイン。こうした時代の層の重なりは、経過した時代の証人。素晴らしいことだと思います。

――ガルニエの舞台で印象に残っている作品やエピソードはありますか?
つい最近踊った『椿姫』が挙げられます。これは1847年の物語で、時代的にもガルニエの建築と遠くなく歴史的再現の面もある。最初のシーンは劇場内なので、観客も作品の一部のような錯覚があります。また舞台脇の絨毯でのシーンはすぐ後ろのボックス席にも観客がいて……ああ、僕はガルニエにいるんだ、という実感がありました。ピナ・バウシュの『コンタクトホーフ』でも、ガルニエを体感しました。僕が観客に接近してゆく場面では、彼らは作品の一部なんです。この作品では舞踏会的であり実験室的な閉ざされた空間で社会のコードや因襲を語ります。暴力的、愛らしい、詩的といった種々のことをひとりひとりが試し、観客がその証人で僕たちは観客の鏡といった関係なので、ガルニエも作品の一部を担っていると感じました。

――今年の12月に任命から10年。エトワールとしてどのような段階にいると思いますか。
それは観客が決めることじゃないかな。僕がかなり興味深いと思うのは、とてもリラックスしている感じがあること。自分がこのメゾンの一員であり、護られている場所にいるって。10年前に比べてストレスをコントロールできるようになり、ここにいる正当性が感じられています。身体の老いを少し感じ始めてはいるけれど、まだすごく快調で、素晴らしい役を存分に満喫できる状態にある。いまが最高の時期? そうでしょうね。でも、僕はいつも自分が最高の時期にいると思っているんです。これから来る年月にも恐れを感じることなく、どんな時も素晴らしいということ。再演作品を踊るのも前とは異なる方法で接するなど、熱意を持って取り組めています。


――以前は踊らなかったタイプの役に挑戦したのは、心境の変化からですか。
『マイヤリング』ですね。この初演時、僕は27歳くらい。主役ルドルフは踊るのが難しい人物像と感じられて……。この役は僕向きではない、観客はこの役の僕はダメだって思うだろうって、立ち向かわずに一種自己検閲してしまった。昨シーズンに再演されると知った時、自分に似ていない役を踊る時期が来たのではないか、と思ったのです。自分が似ていまいが、観客が僕をどういったタイプの役に結びつけようが、役には近づけるもの。僕自身、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』のプリンス役に自分を結びつけていて、いまもこの手の役を踊るのは快適です。でも昨シーズンの『マイヤリング』の時に、僕の奥底のどこかにルドルフに似ている部分がある、こうした役を踊る準備ができている、と思ったわけです。これにはダンスというより演劇的な『コンタクトホーフ』の経験によって、助けられた面があります。この作品で自分であると同時に、それまで舞台で表現したことのない自分の一部を取り出し、ステージの可能性を探る仕事をしたことで、ルドルフ役に接する難しさが軽減されたのでしょう。他者を演じるという喜びを覚えたと言えます。


――今シーズン初めに行われたデフィレの3回目、いちばん後に行進したのはどのような体験でしたか。
とても奇妙な感じでした。最後に歩くのはいちばん古いエトワールと決まっています。でもそのマチアス・エイマンが休んだので僕が最後に。過ぎ去った時間に顔を一撃された、といった感じがありました。定年まで僕にはまだ何年も残っています。もし退団していなければマチアスより古いジョジュア・オファルトもいたはずで……いろいろな状況の重なりがあり、この晩は僕が最後となったのです。もちろん素晴らしく栄誉なこと。でも、ちょっと前は最初の1列目を歩いていた僕が、もう最後⁉と、少しノスタルジックな思いもありましたね。デフィレの時、出発点となる小さなフォワイエ・ドゥ・ラ・ダンスの中、最初は生徒と団員で250名くらいがぎっしり。それが徐々に減ってゆき、僕の前に歩く列のダンサーが出ると、そこに残るのは僕ひとり。感動的だけれど、不思議な感じ。あの晩は不在のマチアスにも思いを馳せました。

――バレエ団の入団から早15年が経過しました。現在の夢は?
もともと僕の夢は階級など関係なしにダンサーになることでした。仕事を進める中で才能が見いだされたのでしょうか、ソリスト、そしてエトワールへとなって。でも僕の夢は昔からずっと同じ。踊って楽しみたいといつも夢見ていて、新しい体験はそれを毎回実現することなんです。さらに加えれば、小さい時から僕にとってダンスは集団の行為。一緒に強いものを作り上げる経験として、グループで踊るというのが大好きなんです。もちろん踊ることを職業とし、素晴らしい役に配役されるエトワールになることは夢見ました。でも集団で踊る喜び、楽しさはいまも失っていません。
――来シーズンの開幕ガラ(10月10日)で踊られるデュオの創作についての意気込みを語ってください。
振り付けはフリアノ・ニュネスで9月にクリエイションが始まります。とてもエキサイティング。何よりもユーゴ・マルシャンと一緒に踊れることがとても楽しみなんです。彼とは学校時代からの仲良しなので、本当にうれしい! 過去にオペラ座でモーリス・ベジャールの『さすらう若者の歌』を一緒に踊っています。また『オネーギン』では彼がオネーギン役の時、僕がレンスキー役という配役でした。

――来シーズン、12月にピナ・バウシュの『春の祭典』を踊ることを選んだと耳にしました。
はい。でもこれは僕にとってとても難しい選択でした。もともとこの時期はガルニエ宮でのルシンダ・チャイルズの創作に配役されていたのだけれど、プログラムの変更の結果オペラ・バスティーユで『春の祭典』が踊られることになって……。『春の祭典』を踊るのは子どもの頃からの僕の夢。入団以来すでに3回この公演があり、もし今回を逃すと僕は踊らずじまいとなってしまうかも、と。それでジョゼ・マルティネス芸術監督にお願いした次第なんです。過去に仕事をしたこともあるルシンダとの創作はすごくやりたかったけれど。


――あなたにとってオペラ座で踊ることの意味とは何でしょうか?
オペラ座のダンサーであること、オペラ座で踊るということ。それは伝統との絶妙なバランスというか……僕たちが生きているいまの時代との調和があって、伝統は存在できるもの。歴史ある素晴らしい建物の舞台に立ち、建物の外の出来事を描く作品を踊る。これが僕にとってオペラ座のダンスの美しさです。

――本日の撮影や着用した衣装について、感想をお願いします。
リハーサルがいくつも続く一日に比べれば、今日の撮影の疲れは少ないですね(笑)。ドリス ヴァン ノッテンやアニエスベーなど何かしらダンスに関係のあるブランドの服ばかりで、どのアンサンブルも美しく、調和があって……シックで真の優しさが感じられて、どことなく僕のパーソナリティのよう(笑)。着るのがとても快適でした。撮影ではミキモトのパールとダイヤモンドのジュエリーを着けました。パールのネックレスなど、僕は日常で身に着けることもあるんです。パールはとてもマスキュリンで好きですね。
――着用ブランドのひとつ、アランポールのショーにモデル出演したのは、若い時にバレエを習っていたデザイナーと知り合いだったことからでしょうか。

いいえ。今回の撮影であいにくと着るチャンスがなかったけれどWeinsantoのデザイナーのヴィクトール・ヴァインサントとは同世代で、10代の頃、夏のダンスの講習会で一緒だったことがあり仲良しです。アランポールのショーについては、デザイナーからコンタクトがありました。デザイン、ビジョン……彼の世界はすぐに気に入りました。僕の世界と一致します。つまり常にエレガント、でも気取りがなくて、必ずちょっと外しがあって、と。また決してこれ見よがしではなく、素材やクラフト的方法でといったダンスの世界の採り入れ方も好き。彼は人間的にもとても優しく、パートナーのルイスとともにとても知的で、とりわけ好奇心にあふれています。それこそ僕が彼らを評価している点ですね。

――身体表現としての舞台衣装の役割をどうお考えですか。
衣装は役柄に個性を与え、作品のイメージと美を生むことに役立っていて、観客を作品の世界へ引き入れます。僕にとっては動きの延長線上にあるものですが、同時に自分が演じる役をより理解するためのもの。コスチュームがあって、役柄に意味を与えられるのです。
――私服についてはいかがですか。
僕の私服は少しばかりダンサーという仕事、情熱に影響を受けていると思う。日常でも扮装っぽく装うのが好き。といっても他人に扮するのではなく、自分自身にですよ。僕にはマルチな面があるので(笑)。好きな服はストリートウエア的でジェンダーフルイド、そしてカッティングがモダンであることが大切です。色を纏うのも好き。いま履いているのはゴールドのスニーカーで、これはアディダスの「トーキョー」。シルエット的にはフィットとゆったりのミックスかな。ヴィンテージも大好きで、以前ニューヨークで見つけた古い革ジャンを今日は着てきました。ステージと同じように、外に出た時にどんな態度で、というのが装いによって自ずと決まってくるのです。

アニエスベー
0120-744800(フリーダイヤル)
https://www.agnesb.co.jp/
ザ・ウォール ショールーム
050-3802-5577
https://alainpaulstudio.com/
ドリス ヴァン ノッテン
03-6778-7975
https://www.driesvannoten.com/ja-jp
ミキモト カスタマーズ・サービスセンター
0120-868-254(フリーダイヤル)
https://www.mikimoto.com/jp_jp/
Ludovic de Saint Sernin
https://ludovicdesaintsernin.com/en-jp/
- photography: Valentin Hennequin
- visual direction & styling: Masaé Takanaka
- grooming: Go Miyuki
- edit: フィガロジャポン編集部
*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋