髙比良くるま「流れ自体を表現することが、自分の個性なんじゃないかと思っています」。

Culture

『BREAK SHOT』で映画監督に初挑戦した髙比良くるま。「僕はクリエイターじゃない」と言い切る彼だが、その背景には、出会いや流れの中で生まれたものを自分というフィルターを通して形にしていく、くるまならではの創作哲学があった。映画という新たな表現に挑んだからこそ見えてきたもの、そして自身が考える「ものづくり」について聞いた。

――『BREAK SHOT』を振り返ると、くるまさんにとってどんな存在になりましたか。

短編とはいえ映画作り、ひいては映画業界そのものを知る機会になった、初めての体験でしたね。何の知識もない状態で監督をやることになったので、「全部自分で考えました」とは到底できなくて。「こういうアイデアがあって、こういう流れにしたいんです」と相談すると、撮影部の方が「じゃあこう撮ったらいいんじゃないですか」と提案してくださったり、照明部の方がアイデアを出してくださったり、プロデューサーがスタジオを探してくださったり。いろんな人の知恵が集まって、やっとひとつの作品になったんです。だから、今回は「映画を作る体験」そのものだったなと思います。

――発想そのものは、漫才を作るのと近い感覚だったのでしょうか。

振り返ると、おっしゃる通りで、作り方としては漫才を考えるのとあまり変わらなかったかもしれません。最初は「ライブの幕間で流す映像を考えよう」というところから始まった取り組みだったので、映画に“ありそう”な映像を作ろう、と思って。画角に特徴があるものとかどうかなと、ちょうど「アドレセンス」が話題だったので、「ワンカットとか、そういうやつね」と答え合わせをしていって。その要素を自分なりに組み合わせて行きました。

――作品の大きな特徴でもある、ドライブレコーダーという着想はどこから生まれましたか? くるまというご自身の名前との関係は?

芸名はまったく関係ないんです(笑)。普段、自分のことを「くるま」だと思ってなくて(笑)。だから「いつもアクセル全開ですね」とか言われても、後から「あ、くるまだからそう言ったんだ」と気づくくらい。

今回のきっかけは、北野武さんの『その男、凶暴につき』を改めて観たことでした。後部座席から運転席を映したカットがあるんですけど、それを見た瞬間、「いま見るとドラレコ映像っぽいな」と思ったんですよ。当時はドラレコなんてなかったから、もちろんそういう意図ではないと思うのですが、いまの僕らは、あの画角を見ると夕方のニュースで流れる事故映像を連想する。時代が変わったことで見え方まで変わるんだな、と。それがすごく面白くて調べてみたら、ドラレコを使ったホラーはたくさんあるけれど、コメディはあまりない。だったら、外向きではなく、内向きの会話劇を作ろう、と考えていきました。今回はまず、「映画ってどうやって生まれるんだろう」というところから考え始めた作品だったんです。

――キャストも非常に豪華ですが、オダギリさんはYouTube『くるまの助手席』の最初のゲストでもありましたよね。あのときは「不思議な組み合わせだな」と思っていましたが、いまになって振り返ると、本作の伏線だったのかと思うのですが。

実はキャスティングのほうが少し先に決まっていて、そのあと同じタイミングで「YouTubeを始めませんか」という話が来たんです。だから、あの時点でオダギリさんに出演していただくことは決まっていましたが、まだお会いしたことはなかったんです。ご本人はご自身の作品のプロモーションで出てくださっていたのですが、オダギリさんがすぐに『BREAK SHOT』の話をしちゃうんですよ。だから「まだですよ、まだですよ」って、その部分はめちゃくちゃカットしました(笑)。

――(笑)出演のオファーも、ご自身の言葉で届けたそうですね。

脚本もまだ完成していなかったし、普通のメールだけでは伝わらない気がしたんです。ちょうどその頃、『チルド』でご一緒していた染谷将太さんに「俳優さんへのオファーってどういうパターンがあるんですか」と聞いたら、「熱い人は直筆の手紙を書いたりしますよ」と教えてくださって。でも僕は筆で手紙を書くタイプでもない(笑)。だったら、自分はしゃべる仕事をしている人間なんだから、動画で自分の言葉でお願いするのが一番誠実なんじゃないかと思って、ビデオレターを送りました。森川(葵)だけはもともと友達だったのでLINEでお願いしましたけど、オダギリさんをはじめ、何人かにはそういう形でお願いしました。もちろんスケジュールが合わなかった方もいましたが、そのやり取りをきっかけに交流が深まった方もいます。高良(健吾)さんはプロデューサーがつないでくれました。

――ご自身を「クリエイターではない」と表現されていますが、くるまさんにとって「ものづくり」とはどのようなものなのでしょうか。

僕にとってものを作ることは、ゼロからイチを生み出すことではないんです。あるものを組み合わせて、自分というフィルターを通して発信すること。それが自分のやっていることだと思っています。

――その過程で、くるまさんが最も面白いと感じる瞬間はどこにありますか。

やっぱり僕はクリエイターじゃないからこそ、なんですよね。クリエイターの方って、「アイデアが降ってきて、それを形にしている時間が一番興奮する」とおっしゃる方が多いと思うんです。でも僕はそうじゃない。

今回で言うと、「時間が空いて映像作品を作れるかもしれない」となったときに、たまたま映画プロデューサーの友達がいて、そこから企画が動き始めた。そういう偶然というか、「流れ」ができる瞬間が一番好き。もちろん、自分の能力を分析して最適なチームを探し、0.1ミリでも高みを目指すやり方もあると思います。でも、それは純粋なクリエイターの仕事だと思うんです。僕は、人との縁とか運とか出会いとか、そういうものがひとつの仕事に向かって流れていく。その流れ自体を表現することが、自分の個性なんじゃないかと思っています。

――映画制作もそうですが、海外へ目を向けるなど、興味の広がり方にも、その考え方が表れている気がします。

僕、めちゃくちゃミーハーなんです。全部のことが面白いし、全部好きなんです。でも、すべてにカロリーを使うべきじゃないとも思っていて。だから、自分に縁ができたジャンルだけを深く掘るようにしています。海外へ行ったことがなかった頃も、海外が嫌いだったわけじゃなくて、「行ってみたいな」「好きだな」とは思っていました。でも、自分に何の縁もないのに、急にジャンプアップする行為が嫌なんです。何の脈絡もなく海外へ行きたくはない。例えば、M-1期間中に無理やり休みを取って海外へ行くとかも、「なんで急にそれやるの? 関係なかったじゃん」と思ってしまう。だから全部に興味はあるけれど、自分が近づいたジャンルだけを摂取する。近づきさえすれば何でも好きになるんですよ。でも全部追いかけ始めたら、生活が成り立たなくなるから(笑)。好きだからこそ、意識的に自分を制御している感覚ですね。

今回は、「映画を撮る」という出来事があったから映画をたくさん観直しました。北野武さん、劇団ひとりさん、バカリズムさん、松本人志さんの作品を改めて観て、「この人はこう考えているんだな」と、自分なりに整理していきました。

――映画作りを経験したことで、その先も見えてきたのでしょうか。

「もっと撮りたい」と感じたのは、完成してからというより、プロットを書いていた去年の夏前くらいでした。その頃、ちょうど一緒に映画の会社をやってくれる人と出会ったんです。いまは「KURUMADE(クルメイド)」という会社を立ち上げて、その人と一緒にやっていこうという気持ちが固まりました。『BREAK SHOT』で映画を撮るチャンスをいただいたこと。そして、本当は出演するはずだった映画があって、その監督から「これを観ておいて」と宿題のように渡された映画があったこと。さらに、「映画の会社をやろうよ」と声を掛けてくれた人がいたこと。その3つが重なったときに、自分の中で答えが出たんです。映画を作る過程の前にもう流れは始まっていて、その方向へ自然と動いていた感じ。振り返ると、それもやっぱり自分らしいんですよね。何かひとつの決意だけで進むんじゃなくて、人との縁や出来事が重なって、その流れの中で次へ進んでいく。たぶん、これからもそうやってものを作っていくんだと思います。

Kuruma Takahira
1994年生まれ。2018年に松井ケムリと「令和ロマン」を結成。『M-1グランプリ 2023』『M-1グランプリ 2024』、第45回ABCお笑いグランプリ王者。映像制作会社「KURUMADE」を立ち上げ、初監督映画『BREAK SHOT』を発表し、シンガポールの映画祭で3冠を達成。個人ではポッドキャスト番組『サンゼロゼロサン』のMC、『漫才過剰考察』の執筆など、活動は多岐にわたる。

短編映画『BREAK SHOT』
●2026年7月31日(金) より、渋谷シネクイントほか全国順次公開
●監督・脚本/くるま(令和ロマン)
●出演/児玉智洋、高良健吾、森川葵、前田旺志郎、高橋侃、遠藤雄斗、くるま、松井ケムリ、浅野千鶴、楠田悠人、神保悟志、オダギリジョー
https://www.instagram.com/breakshot_film

  • photography: Elaine Lam
  • text: Rieko Shibazaki