気球だけじゃない! トルコ・カッパドキアに魅せられて。

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予備知識を持たずに降り立ったトルコ・カッパドキア。そこで待っていたのは、異次元のような奇岩群をゆく乗馬や、洞窟レストランで味わう歴史深い美味、そして静寂の中で紡がれる祈りの回転旋舞「セマー」の幻想的な空間。気球観光が有名なこの地で、あえて地上から五感をひらき、太古の歴史と風土に触れた旅。どこか神秘的で奥深い、カッパドキアの知られざる魅力を巡った。


太古の景観を全身で体感、乗馬で巡るアナトリアの秘境ルート。

旅で訪れる地についてあえて何も調べずに旅立つことがある。予備知識を持たないからこそ出会える、まっさらな体験を味わうためだ。トルコ・カッパドキアがまさにそうだった。事前に知っていたのは「気球観光で知られる世界遺産」ということだけ。イスタンブールから国内線で約1時間半、到着したネヴシェヒル・カッパドキア空港に降り立ち、車を走らせた先の光景には言葉を失った。

高さ86メートルの巨大な一枚岩をくりぬいて作られた自然から生まれた要塞「オルタヒサル城」。
火山活動によって形成された凝灰岩が浸食されることによって生じたキノコ岩。

大地から生え出た異次元のキノコのような奇岩群、岩肌に刻まれた無数の洞窟集落。まるで『スター・ウォーズ』やジブリの映画に出てくるSFやファンタジーの只中に迷い込んだかのような錯覚を覚える。先史時代から紀元後数世紀にかけて使用されていたという洞窟住居には、いまなお太古の息遣いがそのまま残されているかのよう。

ギョレメ村の美しい馬たち。

今回、そんな奇岩の景観で知られるギョレメ村の秘境ルートを乗馬で巡ることになった。

「カッパドキア」という地名は、古代ペルシャ語の“美しい馬の土地”とされる「Katpatuka」に由来すると言われている。紀元前1650年〜1200年頃のヒッタイト帝国の時代から、この地域では質の高い馬が脈々と飼育されてきたそうだ。

まるで絵のような、奇岩群と美しい馬。

先頭と最後尾をしっかり見守る2人のスタッフのおかげで、乗馬に慣れていなくても安心して身を委ねることができる。馬たちも終始穏やかで、静かに1列になり足取りを進めていく。間近に迫るのは奇岩や洞窟群のダイナミックな造形美。車や徒歩では味わえないこの臨場感こそ、乗馬ならではの醍醐味といえる。

岩肌を吹き抜ける風と、馬の温かな息遣い。昔の旅人たちもこうして馬に乗り、この道を歩いたのだろう。千年の時を超えてなお変わらぬ景観のなか、馬の体温と鼓動を感じながら進み、ただ五感を開き、太古の風と一体になる。どこまでも静寂で、何にも代えがたい時間だった。

時を超えた奇岩群の間を、白馬と静かに進む。

Görkem Horse Ranch
ギョルケム・ホース・ランチ
住所:İsali – Gaferli – Avcılar, Çavuşin Köyü Yolu, 50500 Çavuşin,Avanos,Nevşehir
営)5:00~20:00
料)1時間 15ユーロ、2時間 20ユーロ、サンセットツアー(2時間)25ユーロ、サンライズツアー(2時間)30ユーロ
https://www.instagram.com/gorkemhorseranch

絶景レストラン「ミルロカル」で味わう伝統の美食。

窓側が特等席。夕方になるとほぼ席は満席に。

馬から下り、夕刻の風に包まれながら向かったのは、ウチヒサール地区の高台に佇む「Millocal(ミルロカル)」だ。ラグジュアリーホテル「Millstone Cave Suites(ミルストーン・ケイブ・スイーツ)」に併設されたこのレストランは、石と木を基調としたモダンな空間でありながら、窓の外には息をのむような奇岩群のパノラマビューが広がっている。

「ミルロカル」から眺められる、パノラマな風景。
メゼとサラダ。中下が赤パプリカとざくろのシロップを混ぜたクルミのディップ、左下がフムス。ともに550トルコリラ。
ジューシーな炭火の肉串焼き料理「シャシリク」1900トルコリラ

前菜はフムスや赤パプリカとクルミを合わせたペーストのメゼとサラダから。トルコの旅の間、いろんなお店でメゼは出てきたが、この店のものは食材や調味料の鮮度の良さが感じられる繊細な味わいだ。この夜のメインディッシュは、ジューシーな炭火の肉串焼き料理「シャシリク」に加え、カッパドキア名物「壺焼きケバブ」。素焼きの土壺に肉や野菜、スパイスを封じ込め、窯でじっくりと焼き上げた一品で、運ばれてきた土壺の首を、サービスの女性が目の前で割り開いていく。その瞬間、立ち上る湯気とともに立ち込める芳醇な香り。ホロホロと解ける肉の柔らかさと凝縮された旨味は、バターの風味が広がるピラフとの相性も抜群で、どこか懐かしさすら覚える深い味わいだ。

「壺焼きケバブ」は小麦粉と水で練ったパン生地で覆って密閉されて窯で蒸されるため、ナイフなどでカットして皿に盛り付ける。
カッパドキア名物「壺焼きケバブ」1700トルコリラ。濃厚なシチューのような味わい。
カッパドキアのKOCABAĞ(コジャバー)ワイナリーの赤ワイン。地ブドウ、オキュズギョズが使われている。

これらの料理を引き立てるのは、紀元前2000年のヒッタイト時代から脈々と作られてきたカッパドキアワイン。火山灰土壌と厳しい寒暖差が育んだブドウは、年間を通して一定の室温が保たれる洞窟セラーの中で静かに熟成を深める。

ザクロやプラムを思わせる爽やかな酸味の地ブドウ「オキュズギョズ」や、力強いタンニンが印象的な「ボアズケレ」。おすすめされたのは、まさにレストランのあるこの地で造られた「ウチヒサール」という名のワイン。太古から受け継がれてきた大地の恵みをグラスに注ぎ、洗練された郷土料理とともに噛みしめる。それはまさに、この土地の記憶そのものに触れる贅沢なひとときといえる。

Millocal Restaurant Kapadokya
ミルロカル・レストラン・カッパドキア
住所:Tekelli, Karlık Sk. No:28, 50240 Uçhisar, Nevşehir Merkez, Nevşehir
Tel:+90 384 219 22 88 / +90 535 100 19 25
https://www.millocalrestaurant.com/

シルクロードの要塞で紡がれる、神秘的な「セマー」の夜。

1249年のセルジューク朝時代に建てられた、シルクロードの旅籠「サルハン・ケルバンサライ」。

トルコに来たら、どうしてもこの目で確かめたかったもののひとつに、祈りの儀式である伝統旋舞の「セマ―」がある。男性たちが白い衣の裾を優美に広げてひたすら回り続ける幻想的な姿は、古くから数々の映画や写真作品の題材としても人々を魅了してきた。

かつては交易や品物の売買、物流の拠点として活発に使われていたという中庭。

そのセマーの公演がカッパドキア郊外であると聞き、向かったのはカッパドキア郊外に立つ「サルハン・ケルバンサライ」。1249年のセルジューク朝時代、シルクロードを行き交う商人たちの旅籠(キャラバンサライ)として建てられた歴史ある遺構だ。要塞のように堅牢な石造りの門を潜ると中庭が広がり、建物に入ると当時の面影を残す石彫刻の空間は多くの観客で埋め尽くされていた。

左に建つのが「セマ―ゼン」という旋舞手。黒いマントを脱いで、白い衣装になる。

やがて場内の照明が落とされ、静寂の中に詩の朗読と深い笛の音が響き渡る。「セマー」の本質は、ひたすらに回転を繰り返すことで自分という存在(エゴ)を小さくしていき、無我の境地で神とひとつになること。音楽の高まりとともに、黒いマントを脱ぎ捨てた「セマ―ゼン」と呼ばれる旋舞手たちが静かに回り始める。

宗教的・精神的な修練を積んだ者だけが舞うことを許される。

身につける衣装にも、静かな祈りが込められている。頭にかぶる高い帽子は「自分自身の墓標」、脱ぎ捨てた黒いマントは「墓」、そして現れる純白の衣装は「生み出されたまっさらな魂」を象徴しているそうだ。

右手を天へ向け、左手を地へ向けて回転を続ける独特のポーズには、「神から授かった恵みや愛を、自分を素通りさせてそのまま地上へと届ける」という意味がある。左足を軸に、反時計回りにただひたすら回り続けるその所作は、自我を手放し、神の愛と一体になり、そして再び現実の世界へと戻ってくる精神の旅そのものだ。

どれほど回転しても軸のぶれない舞は、やがて世界そのものと溶け合うかのような幻想的な円運動となって、観る者の心を引き込んでいく。神秘的な音楽が静かに止み、彼らがゆっくりと回転を終えたとき、石造りの空間には言葉を超えた静寂と、深い余韻が残されていた。

Saruhan Caravanserai
サルハン・キャラバンサライ
住所:Cumhuriyet, Konya Aksaray Yolu, 68000 Sultanhan
公演)18:00~19:00、21:00~22:00(1日2回)
料)1,680トルコリラ
https://saruhan1249.com/

ミシュランが認めた、洞窟で出合える上質な郷土フュージョン。

カッパドキアのモダン・ガストロノミーを牽引するドゥラン・オズデミルシェフ。

最終日の夜、この旅の締めくくりとして向かったのは一軒のレストラン。2026年版のミシュランガイドにおいて、カッパドキアが新たに評価対象エリアへ加わり、唯一「一つ星」の栄誉に輝いたガストロノミーレストラン「Revithia(リヴィティア)」だ。

レストランが位置するのは、ラグジュアリー洞窟ホテル「Kayakapı Premium Caves(カヤカプ・プレミアム・ケイブ)」の敷地内。わずか25席ほどの静かな空間は、洞窟ならではの温もりと洗練された叙情に満ちている。

壁面や天井にはカッパドキアならではの凝灰岩の質感がそのまま残されており、洞窟特有の重厚で幻想的な雰囲気。

料理長ドゥラン・オズデミル率いるチームが探求するのは、カッパドキアとその周辺で受け継がれてきたトルコ、ギリシャ、アルメニアの古民俗的レシピや、忘れ去られかけていた郷土の味覚だ。伝統的な食材に現代的な解釈と繊細な技術を宿らせるその独創性こそ、ミシュランが高く評価した真価と言える。

「パストゥルマ(牛肉のスパイス漬け乾燥肉)のマリネ」

たとえば、干し肉の凝縮した旨味を根セロリの滑らかなピューレで優しく包み込んだ「パストゥルマ(牛肉のスパイス漬け)のマリネ」。あるいは、希少な羊のリードヴォーのコクと香ばしい炒め玉ねぎを調和させ、伝統パン「バズラマ」で挟んだ「オズデン」など、郷土の記憶を鮮やかに現代へと蘇らせていく。

羊のリードヴォーとカラメル状の玉ねぎが口のなかでとろける「オズデン」。5皿のコース料理は4,950トルコリラ。8皿は5,950トルコリラ。

3グラスで1,000トルコリラという地元産ワインのペアリングも実に良心的。食材本来のやさしい味わいを活かした料理の数々には、古の土地に対する深い敬意と洗練された技が美しく息づいている。日本の地方ガストロノミーの広がりにも通じるその取り組みは、カッパドキアの郷土の魅力を未来へ繋ぐ確かな一手と言えるだろう。

Revithia
リヴィティア
住所:Temenni Mahallesi, Eski Kayakapı Mahallesi, Davut Aga Sokak No:1, Ürgüp 50400, Turkey (「Kayakapi Premium Caves – Cappadocia」敷地内)
Tel:+90 384 341 88 77
https://www.kayakapi.com/revithia

空港に向かう途中で見た気球。下から見ても圧巻。

この旅に出る前、唯一カッパドキアについて知っていたのが「気球観光」だったが、今回の滞在中、あいにくの悪天候により、搭乗を断念することに。

ところが帰国の朝、空港へ向かう車中で「今日は飛ぶらしい」と連絡が入り、車を止めて空を見上げると、朝日が射し始めた大空へ、100個以上のカラフルな気球が一斉に舞い上がっていくところだった。

空一面に幾重にも気球が浮かぶ景観は、圧巻のひとこと。──旅の目的は、すべて達成されないくらいがちょうどいい。またこの地を訪れるための理由ができたことが、ただうれしかった。

  • photography: Miho Kakuta
  • text: Yumiko Takayama

取材協力:トルコ共和国大使館 文化観光局、GoTürkiye、ターキッシュ エアラインズ