「理想が崩壊しても、まだ恋し続けられる?」映画『ドラマなふたり』が描く恋愛という不思議な世界。

Culture

クリストファー・ボルグリ/映画監督・脚本家

Kristoffer Borgli/クリストファー・ボルグリ
映画監督・脚本家
1985年、ノルウェー・オスロ生まれ。長編第2作『シック・オブ・マイセルフ』(2022年)が第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品、注目を集める。『ドリーム・シナリオ』(23年)ではニコラス・ケイジが主演、アリ・アスターが製作総指揮を担当した。

恋愛とは、自身が生んだ物語を愛しているだけなのではないか?

「自分の恋人のことを、本当に知っていると言えるのだろうか?」クリストファー・ボルグリ監督の最新作『ドラマなふたり』を観ていると、観客は心の中でこう自問するだろう。結婚式まで1週間。未来を約束したチャーリーとエマは、友人たちとの食事会で語られたエマのある過去の告白をきっかけに、互いへの信頼を少しずつ失っていく。ロマンティックコメディのように幕を開けながら、やがて心理スリラーへと姿を変える本作は、恋愛を描いた作品というより「他者を理解することは可能なのか」という哲学的な問いを投げかける作品だ。

「私が興味を持っていたのは、“人は相手そのものではなく、自分が思い描いた相手のイメージに恋をしているのではないか”ということです」

このひと言は、ボルグリ作品を貫くテーマそのものでもある。『シック・オブ・マイセルフ』(2022年)では、他者から注目されたいという欲望が暴走し、『ドリーム・シナリオ』(23年)では他人の夢に現れることで、本人の意思とは無関係に社会的イメージだけが独り歩きしていく。そして『ドラマなふたり』では、婚約者に抱いていた理想像が崩れた時、人はなお愛し続けることができるのかという深淵なる問いへと辿り着く。

「私の作品に共通しているのは、“他者の眼差しによって決まる人間の価値”というテーマです」

SNSによって他者の評価が可視化される現代において、人は自分自身を生きているようでいて、常に誰かの視線を意識しながら役割を演じている。監督は「人生そのものが舞台のようなもの」と表現したが、その世界では恋愛ですら、相手ではなく、自分が作り上げた物語を愛しているに過ぎないのかもしれない。

本作の鍵となる、エマの過去にまつわるある事件は決してショッキングな仕掛けではない。ノルウェーからアメリカへ移住したボルグリにとって、そのアクシデントは毎日のニュースとして生活の中へ入り込み、身近な問題として受けとめられている。その感覚が、愛と倫理の境界を問う物語へと結び付いた。

脚本執筆では、事件に関する資料を読み込む一方、友人たちに「人生の中で行ったいちばん酷いこととは?」と尋ねて回ったという。その答えが、劇中で登場人物たちが過去を告白する印象的な場面へと繋がっている。アメリカでの公開後、作品はSNSを中心に大きな議論を呼んだ。それは監督にとって予想以上でありながら、最も望んでいた反応でもあった。

「映画は本来、人々の会話を生み出すものだと思っています」

他者を理解したいという欲望と、その不可能性。そのあいだで揺れ続ける現代人の姿を、ボルグリはユーモアと不穏さを交えながら見つめ続けている。

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結婚式を1週間後に控えたチャーリーとエマ。しかし友人夫婦との食事会で「最悪の過ち」を告白し合うゲームをきっかけに、エマが封印してきた秘密が明らかに……。●『ドラマなふたり』はTOHOシネマズ 日比谷ほかにて8月21日から全国で公開。

  • text: Atsuko Tatsuta

*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋