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クラフトの新たな地平を切り開くロエベ財団 クラフトプライズ 2026が、シンガポールで開催。

Culture

9回目を迎えたロエベ財団 クラフトプライズ。会場となったのは東南アジア最大の近現代美術館、ナショナル・ギャラリー・シンガポールだ。5,100組以上の応募者の中から選出された30組のファイナリストが一堂に会した授賞式の様子をリポートする。


1846年、数人の革職人による工房としてスタートしたロエベ。その起源に敬意を示すべく、2016年ロエベ財団によって創設されたのがクラフトプライズだ。現代クラフトにおける革新性、卓越性、芸術的価値を称えるこの賞は、ファッションとカルチャー、クラフトが交流する場として、世界中から注目されている。

会場には様々な素材を用いた個性豊かな作品が展示された。

「今年は、歴代で最も困難な審査のひとつとなりました。クラフトはどこまで広がりうるのか、そして未来においてどのような可能性を持ちうるのかを深く議論する機会となりました。12年前、この賞の構想を立ち上げたとき、アートとデザイン、クラフトの間には明確なヒエラルキーがありましたが、時代は変わりました。私たちはクラフトを最高のレベルにまで高めたいと思っているのです」と話すのは財団の代表であり審査員長を務めるシーラ・ロエベだ。20の国や地域を代表する作家たちの作品はじつに多彩で、陶芸、木工、テキスタイル、家具、製本、ガラス、金属、ジュエリー、漆などの伝統的な手法が、現代的な文脈や協働によって再解釈された。

左は漆作家の田中信行による『Inner side-Outer side 2021 N』。2メートルを超える漆のオブジェは圧巻。ほかにも日本からはタペストリー作家の中平美紗子、ガラス作家の吉積彩乃がファイナリストとして出展。

大賞を受賞したのは韓国のジョンジン・パクによる陶芸作品『Strata of Illusion』。彩色した磁土を数千枚ものキッチンペーパーに塗布し、積み重ね、長方形の器に形成したのち窯で焼成。高熱により紙は燃え尽き、自らの重みによって沈み歪みながら、最終的なフォルムへと導かれた。

大賞を受賞したジョンジン・パクの作品。『Strata of Illusion』2025年 磁器、紙、染料、釉薬 750×450×560mm

「私のアイデンティティは伝統的な陶器の作り方に根ざしていますが、一方でセラミックの持つ限界について深く考えてきました。割れてしまった陶器はなぜ不完全なものとみなされるのか? 焼き上がった陶器に手を加えることはできないのだろうか?と」

パクは窯から取り出した作品に電子工具を使って最後の仕上げを施した。「窯の中で起こることは予測不能ですが、焼き上がった形を見ながら私は大工が木を彫るように彫刻していきます。この作品を見て、みなさんが素材や工法について疑問や驚きを感じてもらえたら嬉しいです。好奇心がきっかけとなって、私が旅した制作工程を追体験していただきたい」

審査員のひとりであるルーブル美術館装飾美術部門ディレクターのオリヴィエ・ガベは、次のように語った。「14人の審査員は世代や性別、職業も異なり、それぞれに専門的・文化的背景を持っていますが、パクが独自の方法に挑戦したことに、多くのメンバーが惹きつけられました。偉大な工芸の伝統を尊重しつつもそれを変革し、新しい道を探求すること。それがこのクラフトプライズのコンセプトでもあるのです」

特別賞に輝いたのはイタリアのグラツィアーノ・ビジンティンによるジュエリー『Collier』、スペインのアルバロ・カタラン・デ・オコンとガーナのクラフト集団、ババ・ツリー・マスター・ウィーバーズによる協働作品『Frafra Tapestry』だ。

特別賞はグラツィアーノ・ビジンティンによるジュエリー。『Collier』2025年  金、ニエロ

ビジンティンの作るネックレスは、薄い金板で構成された極小の立方体に、古代の金工技法であるニエロで装飾したもの。「ニエロとは硫黄、銅、銀、鉛から成る合金の装飾技術です。私は故郷パドヴァの学校で金細工や金属加工に関するあらゆる技術を習得し、そこで40年以上教鞭を取りました」とビジンティン。

中世から受け継がれてきた技術を、次世代につなぐビジンティンの作品について、メトロポリタン美術館キュレーターのエーブラハム・トーマス審査員は言う。「クラフトの本質は手作りであることですが、何世紀にもわたって培われてきた技術が、素材の限界や伝統を常に押し広げたり覆したりしてアップデートされてきました。ニエロは中世の金属象嵌技法です。彼はそれを昔のような具象的なデザインではなく、非常に絵画的で象徴的な表現方法として用いています。伝統的な技法が新鮮な形でよみがえった良い例です」

もうひとつの特別賞は、スペインとガーナのコラボレーションによるテキスタイル作品。『Frafra Tapestry』 2024年 天然色および黒染めのエレファントグラス 10×3700×3600mm

『Frafra Tapestry』は、ガーナ・グルンシ地方の伝統的な集落を空撮した写真をもとにデザイナーのオコンが図面を描き、ガーナのババ・ツリー・マスター・ウィーバーズによるかご編み技法でテキスタイルとして制作されたもの。「工芸品の価値は、それが生まれた土地に深く根ざしていることだと思います。ひとつのものを作るためには、先祖代々受け継がれたさまざまな知識が連携しているのです」とオコンは言う。

今回審査員のメンバーとして初参加したロエベのクリエイティブ ディレクター、ジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスは審査を振り返って次のように語った。「クラフトは非常に幅広いテーマで、アートでもデザインでもない。装飾的なのか、機能的なのか、人それぞれで考え方や視点は異なります。ある人は制作過程や素材の特性を、ある人は文化的な側面を、ある人は物語性を重視します。作品を見る前に資料を読んだり制作過程を調べることも必要だけれど、僕たちはただそれを見て感じることを大切にしている。そこで心を掴まれたらもっと深く知りたいと思う。一枚ずつ層を剥がしていくように理解を深めたいんだ」

ものづくりの技法や形態は多くのインスピレーションに満ちていて、彼ら自身の仕事にもつながっていくことを確信したという。「単に技術や人物からインスピレーションを得るだけでなく、そのプロセスを応用するという形での協業にも興味があります。協働は僕たちの仕事の根幹にあるもので、そこにクラフトの世界を招き入れることも非常に興味深いです。ここには本当に素晴らしい才能の源があるのですから」

審査員には財団の代表であるシーラ・ロエベ(前列右から2番目)をはじめ、クリエイティブ ディレクターのジャック・マッコロー&ラザロ・ヘルナンデス(2列目奥)、昨年の大賞受賞者である青木邦眞(前列奥から2番目)、デザイナーで日本民藝館館長を務める深澤直人(前列奥)、ルーヴル美術館装飾美術部門ディレクターのオリヴィエ・ガベ(3列目右から2番目)、建築家のミンスク・チョ(3列目奥から2番目)ほか多彩な顔ぶれが揃った。

180年以上続くブランドの根幹を成すものづくりの精神を、クラフトプライズという形で今一度見つめ直しているロエベ。スペイン特有の人生に対する喜びや情熱、そして家族のような温かい雰囲気に包まれながら、ファイナリストたちは互いにその作品を称え合い、クラフトプライズは幕を閉じた。30の作品は2026年6月14日(日)までナショナル・ギャラリー・シンガポールにて展示されるほか、オンラインでも公開中だ。

展覧会と授賞式の会場になったナショナル・ギャラリー・シンガポール。

LOEWE FOUNDATION Craft Prize 2026
ロエベ財団 クラフトプライズ 2026
会期:開催中〜6/14
National Gallery Singapore
1st Andrew’s Road, Singapore 178957
開)10:00〜19:00
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  • Interview&text: Junko Kubodera
  • Translation: Reiko Kasai