コーヒーショップで涙がこぼれた。シエナ・スパイロから始まるUKネオ・ソウル最前線。
最旬トレンドといっても過言ではない、英国のシンガーソングライターたちによる“ソウル”。ブルージーなトーン、フォークやジャズのエッセンス、R&Bの旋律を、静かなる憂いと力強さで解き放つ。そんなニュータイプの歌姫の現在地とは。エディターの三谷徹が解説。

やはり、年中続く曇り空がそうさせるのだろうか。USメイドのわかりやすいグルーブとは異なり、どこかアンニュイで静かな気配。ジャズ、ブルース、ソウルの源流を感じるレトロなタッチ。そこへこれまで培ってきた自らの思想を言葉として重ねていく――UK出身、ルーツの女性シンガーによる新しいソウルがいま、胸を打つ。楽曲提供に頼らず、能動的に音楽を生むディーヴァが台頭し、“UKネオ・ソウル”としてひとつのジャンルを確立している。
シーンを牽引しているのは、2026年のグラミー賞において最優秀新人賞を受賞したオリヴィア・ディーン。その後を追うスーパールーキーで、注目の存在がシンガーソングライターのシエナ・スパイロだ。昨年「Die On This Hill」(25年)を近所のコーヒーショップで初めて聴いた時、思わず涙がこぼれ落ちてきて驚いた。

Sienna Spiro|シエナ・スパイロ
2005年、ロンドン生まれ。SNSに投稿したフランク・シナトラなどのカバー動画が拡散され、シングル「Need Me」で24年にデビュー。シングル「Die On This Hill」(25年)では、自身初となる全英シングルチャートTOP 10入りを達成した。26年3月からはツアー、The Visitor Tour 2026を開催中。スモーキーで深い歌声と憂いある詩の世界観が特徴。 @siennaspiro
★ Listen to it! ★
涙腺を心地よく刺激する、輝きを秘めたハスキーボイス。
さながら、ゆっくり溶ろけていくビターチョコレート。スローなピアノのリズムに煌めきを抱えたスモーキーな歌声が折り重なり、ずっと耳に入れておきたくなる。「あなたが一冊の本を書いたから、私は1ページだけ取り出した」、つまり、自分の願いはたったひとつ。不毛になろうが自身の想いを貫く気持ちを、繊細なストリングに乗せた一曲を聴き終わる頃には、シエナの虜になっていた。
BTSの最新作『Arirang』(26年)にも参加しテイラー・スウィフトも手がける音楽プロデューサー、ライアン・テダーが「アデル以来の最高の歌声」と評し、英BBC Radio1 による「百万人にひとりの逸材」という強烈なコピーは、世界中を駆け巡る。
「父がマーヴィン・ゲイ、アレサ・フランクリン、ニーナ・シモン(中略)ら、偉大な歌手たちの音楽を聴かせてくれた。それが音楽への愛の始まりです」(2025年、15 Questions より)と語り、フォーク、ソウルを栄養にして育ち、10歳の時から楽曲制作を始めた。「Butterfly Effect」(25年)を聴くとわかるが、哀愁を蓄える上品なピアノの伴奏のループに、流れ込むようなメロディラインを組み合わせる……など、どの曲も単なる懐古主義ではない新しさ。懐かしさを嗅ぎとりつつも新鮮に耳に反射され、じんわりと感性を刺激してくる。
また、1960年代を彷彿とさせるファッションやビューティで自らを彩り、エイミー・ワインハウス(彼は50年代風だった)が打ち出してきたような、過去と手を繋ぎつつ「個」を際立たせるというスタイルにも注目したい。今年2月にはフェンディのキャンペーンに起用されるなど、ファッションシーンでもその存在が知られるようになった。クリストファー・ノーラン監督による映画『インセプション』(10年)からインスパイアされ楽曲を作る(「Dream Police」25年)など、彼女のクリエイティビティは未知なる可能性を秘めている。来年のグラミー賞にノミネートされることは確実だろう。
ソーシャルから火をつけ、インスタントで終わらせない。
そもそも彼女は、この令和においてベターな“TikTok売れ”で知名度を上げたアーティスト。ワンフレーズで興味を抱かせ音楽の本拠地へと誘導するルートではあるが、一曲一曲の濃度がすこぶる高く、インスタントに消費されない点が新しい。シエナと同様に、クロイドン出身のローラ・ヤングもTikTokを通過している。ミッドテンポなリズム、小刻みなギターリフに、自らを卑下しながらも肯定的に突き進むメッセージをのせた「Messy」(24年)は、モデルのソフィア・リッチーが楽曲に合わせ踊った動画を投稿したことで注目され、今年のグラミー賞において最優秀ポップ・パフォーマンスを受賞した。

Lola Young|ローラ・ヤング
2001年、ロンドン生まれ。11歳から楽曲制作を始め、名門芸術校のブリット・スクールを卒業後、18歳でIsland Recordsと契約。19年、アルバム『Intro』でデビューを果たす。シングル「Conceited」(24年)を含むいくつかの楽曲はTikTok でバイラルヒットし、同年「Messy」で本格的にブレイク。Z世代が抱える不安定な心に響くポップでソウルフルな音楽性。@lolayounggg
★ Listen to it! ★
無頓着でありのままのオーラを醸すプラスサイズボディで、赤裸々な実体験を綴る姿に多くのファンが呼応。『Post Sex Clarity』(25年)では「私が絶頂に達したとしても私たちの関係は終わらない。ベッドに横たわり、セックスの後のすがすがしさを感じながら、私はまだあなたを愛している」と綴り、性的欲求が果てた後でも愛が継続するピュアな気持ちをクリアに表現している。さらに、高い音楽性を持ちながらも、TikTok向けのコンテンツも華麗に操るシンガーとして、レイが挙げられる。この系譜を決定的なものにした存在だ。23年にアルバム『My 21st Century Blues』を発表した際には、「過去7年間の人生で壊れてしまったガラスの破片によって形成された、醜くて複雑で美しい私のモザイクです」(23年、The Orchard Japanのリリースより)と語り、自身の身体醜形障害や依存、男尊女卑問題や性的虐待について踏み込み、音楽というアートとして一枚に綴った。

Raye|レイ
1997年、ロンドン生まれ。教会で歌う母と音楽監督の父との間で育ち、12歳の頃から楽曲制作を開始。2014年に自主制作EP『Welcome To The Winter』をデジタル配信し、その後はメジャーのレーベルでダンスチューンを発信。音楽性の相違を感じ再びインディーに戻り、アルバム『My 21st Century Blues』(23年)で、独自のネオ・ソウルを掲げ、世界的に高い評価を得る。@raye
★ Listen to it! ★
ジャズやR&B、クラシカルな弦楽器にハウスやダンスを掛け算して、独自のコンテンポラリーな音楽性を築いた彼女。映画『DUNE/ デューン 砂の惑星』(21年)などを手がける音楽プロデュースの巨匠、ハンス・ジマーとの新譜「Click Clack Symphony.」(26年)ではオーケストラのハーモニーを大胆に取り入れ、抑揚ある音のコントラストも手伝い、非常にドラマティックなソウルに仕上がっている。澄んだ歌声と聴く側に力が宿るような発声方法、そのギャップもたまらない。一曲を聴き終わる時、一冊の本を読み終えたくらいの聴了感を味わえるのである。
現代UK歌姫たちの、美しい共通コード。
それにしても彼女たちは稀有である。「ルック・アット・ミー!」な波動を感じないのに、聴き、観て、味わってみて必ずこのハートに爪痕が残る。言うなれば、(過去から引き継がれる)女性性をある種素直にアウトプットし、キャッチーなメロディや恋愛の情緒を権力の誇示とともに届けるUSの系譜とは真逆。ピアノを用いたバラードで実直に歌と向き合い続けるアデル(08年デビュー)、ダブステップを取り込みコンテンポラリーなR&Bを牽引してきたFKAツイッグス(12年デビュー)――この両極端な2軸でUKの女性シンガーはトレンドを構築してきた。そして現在は、それぞれが交差し、ネオ・ソウルとして「洒脱でどこかダンサブル。そのうえ、しっかりと歌詞にも陶酔でき、音楽を堪能できる」という欲張りなジャンルとして台頭してきた。それは、かつて世界を席巻したUKのディーヴァ、シャーデー・アデュ(1984年デビュー)の塩梅とも似ている。当時は珍しいイケドン(イケイケドンドンの略)ではない引き算式のシンセサイザーやモダンなトラック、ソウルフルなウィスパーヴォイスの掛け合わせ……まさにいまっぽいヴァイヴだ。

Sade Adu|シャーデー・アデュ
1959年、ナイジェリア生まれ。幼少期にロンドンへ移住。セントラル・セント・マーチンズで音楽を学んだ後、83年にバンド、シャーデーを結成した。ファーストアルバム『Diamond Life』(84年)がUK、US でヒット。86年のグラミー賞で最優秀新人賞を受賞し、一躍スターに。ミステリアスかつポップなメロディラインで、日本でも有名なアーティストとなった。@sade
© Sony Music Labels Inc. Photo by Ellen von Unwerth 1993
そして、忘れてはいけないのが、エイミー・ワインハウス。彼女特有の嘘のないダイレクトな言葉選びとソウルフルな歌唱法は、いまのUKネオ・ソウルを構築するアーティストたちと重なる。実際、彼女に影響を受けてきたアーティストは多く、サウスイーストロンドンで育った新星、スカイ・ニューマンもそのひとり。エイミーに加えアデルやエミネムに影響を受け、叔母がジャズシンガーというバックグラウンドを持つ22歳だ。今年はBBC Radio1によるサウンドオブ2026で1位をマークし、「楽曲はまさに私の人生の物語。話すことのできなかったトラウマや痛みを吐き出すための手段でした」と述べている。肩肘を張らないスモーキーボイスと音数を抑えたミニマムでジャジーなトラックで、人気を集めている。

Amy Winehouse|エイミー・ワインハウス
1983年、ロンドン生まれ。2011年、27歳という若さで死去。2008年にはアルバム『Back To Black』とシングル「Rehab」(ともに06年)でグラミー賞5部門を受賞した。たった2枚のアルバムだけを残しつつもレジェンダリーな存在で、2000年代を代表する女性のシンガーソングライター。写真は、27歳という若さで急逝したエイミーの半生を綴った映画『Back to Black エイミーのすべて』のサウンドトラック。『Back to Black エイミーのすべて<オリジナル・サウンドトラック>』¥4,400(ユニバーサル)@amywinehouse

Skye Newman|スカイ・ニューマン
2003年、ロンドン生まれ。歌手である叔母からの影響を受け音楽を志し、インディー活動を経てシングル「Hairdresser」(25年)でデビュー。その後、セカンドシングル「Family Matters」が自身初の全英トップ10ヒットを記録し、瞬く間に注目を集める。しゃがれたハスキーな声、自分の感情をありのままに写す歌詞を含め若者から愛され始めた。@skyenewman__
★ Listen to it! ★
新人だけではない。すでに10年選手となったエラ・メイも、歳を追うごとにいい意味でポップさがほどけ、じっくりと楽曲と向き合わせてくれる存在となった。最新アルバム『Do You Still Love Me?』(26年)にはケンドリック・ラマーらを手がけたプロデューサー、マスタードが参加。収録曲「100」の「愛は50:50じゃない」「あなたが20で私が80でも」という、測ることのできない愛の分量感の推測は、きっとどんな人にも刺さるはずだ。実人生を覗き見しながら、耳触りのいい、なめらかなで飾らないソウルを堪能できるだろう。

Ella Mai|エラ・メイ
1994年、ロンドン生まれ。ジャマイカ人の母とアイルランド人の父の間に生まれ、12歳から高校卒業までをニューヨークで過ごす。2014年からブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・モダン・ミュージック・インスティテュート・ロンドンで音楽を学び、18年、「Booʼd Up」でブレイク。翌年、グラミー賞にて最優秀R&B楽曲賞を受賞。@ellamai
★ Listen to it! ★
同じく、ロンドンを拠点とするセレステも30代となり、作品にブルージーな深みや煌めくヴィンテージ感が増してきた。「アレサ・フランクリンやビリー・ホリデイ、あとダイアナ・ロスが好きだった」(19年、英『NME』誌より)と、彼女もまたほかのアーティストたちと同様に、ソウルミュージックの源流を泳ぎながら大人になった。ロサンゼルスに生まれ、幼い頃にロンドンへと移住。きっと、英国という土地や文化がなければこのような音楽へとは辿り着いていないのではないだろうか。なぜなら、彼女たちの音楽からは、どこか“孤独”が見え隠れしている。

Celeste|セレステ
1994年、アメリカ・ロサンゼルス生まれ。3歳よりイギリス・ブライトンで生活を始める。16歳の時に自身初のオリジナル楽曲「Sirens」をYouTube にアップし、シンガーソングライターとしての活動を開始。2017年にEP『The Milk & The Honey』でデビュー。R&Bをベースにしながらもソウル、ブルースを独自のさじ加減で織り交ぜ、安定した人気を誇る。@celeste
★ Listen to it! ★
孤独や悲しみと向き合い、自分の歩幅で前に進む。
18年、イギリスでは世界で初めて国が孤独担当大臣というポストを作り、社会問題となっている“孤独”と向き合っている。毎年さまざまな自治体や団体がその孤独指数を調査しているが、過去には、「7人に1人が孤独を感じている」という結果も。もちろん淋しさや孤立の切なさは他者と明確な比較はできないけれど、イギリスという島国が抱えている問題としては大きいようだ。たとえば、英国出身のアンドリュー・ヘイ監督が、老夫婦に訪れる亀裂を“女性の自立”として描く『さざなみ』(15年)や、世の中を去っても悲しみどころか多幸感で満たす『異人たち』(23年)を創り出すように、孤独と悲しみと深く向き合っているからこそ描くことができる「輝き」は確かに存在する。ネオ・ソウルを奏でるUKのディーヴァたちは、そんな葛藤をベースにしながら音楽を表現しているのではないだろうか。そこに、クラシック音楽を重んじる文化や、1950年代からUKロックにも大きな影響をあたえたアートスクールの独創性などが加わって、英国ならではの上品でドラマティックな音楽が発展し、結果、独自のソウルを生み出しているのかもしれない。
「心のどこかでは、一時的な存在だとわかっている」と、いっときの愛のかたちについて考察した最新シングル「The Visitor」(26年)について、シエナ・スパイロはこう語っている。「私はこれまでの人生ずっと、自分を“訪問者”のように感じてきたんです。物事が終わること、誰かが去っていくこと、そんな儚さが怖くてたまらなかった。その感情にぴったりの言葉を見つけるのに、何年もかかりました」(26年『NME』より)
今作を9回も書き直したことを打ち明け、愛を繰り返す自らを“訪問者”と形容し、移ろいゆく恋愛を見事に言語化した。女性として生きてきたからこその視点と考察を真摯に紡ぐ、女性のシンガーソングライターによるUKネオ・ソウル。等身大のメッセージが心に寄り添い、優しく、時にアッパーに鼓舞する。能動的なエネルギーだからこそ宿るソウルフルな音楽だ。プリミティブで繊細なディーヴァたちの歌声は、今日もイヤホンを伝って私たちの背中を後押ししてくれる。
- text: Toru Mitani
*「フィガロジャポン」2026年6月号より抜粋