【旅と美しいもの vol.3】パリの街の自由なテンポに染まる。

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ガールズバンドSILENT SIRENのドラマーや声優としての活動を終え、現在はジェットセッターとして世界を巡る梅村妃奈子。彼女が旅先で見てきたことや、体験したこと、感じたことを綴る連載「旅と美しいもの」がスタート。第3回は、パリの街が持つリズムとその心地よさについて。


パリに住みたい。
私はまさに、暮らすような旅をしたいと思ってパリへ飛んだ。
帰国後も白Tにデニム、大きめのカゴバッグ。
どうも私は旅先に影響されやすい。ハワイから帰れば港区でもビーサンを履き、アロハマインドこそロコの証だと胸を張っていたくせに、たかが4泊のパリで今度はジェーン・バーキン気取りである。

パリには5、6回行ったことがある。
文字通り『行ったことがある』だけである。
今年の8月、『暮らすように』をテーマに、ひとりノープランパリ旅を敢行した。
シャンゼリゼ通りの思い出は2つ。
高校生の時にマクドナルドとスターバックスに寄ったこと。もうひとつは2年前、空き時間の5分で小走りでセフォラに行き、自動決済機でお会計したらうまくできていなかったのか、入り口でピーピーと警報音が鳴り、小走りだったことも相まって怪しまれ警備員に囲まれたこと。
アメックスはEU圏では使えないところが多く、mastercardかvisaが主流なんだと身を以て体感した瞬間である。
わたしのシャンゼリゼ通りの記憶は紛れもなく以上。凱旋門も車内からしか見たことがないし、パリが右岸と左岸に分かれていることも知らなかった。エッフェル塔に登ったことももちろんない。

好きなメゾンブランドは大体Made in Franceだ。アライア、クロエ、シャネル、エルメス……伊勢丹で買ったほうがポイントが貯まるなんていう邪念を振り払い、今回は心の赴くままにフランス文化に敬意を払いながら現地でお買い物をしようと決めていた。パリでMade in Franceのお洋服を買うということは、お肉屋さんで出来立てのコロッケを買えることに匹敵する贅沢だ。アライアでデニムを試着して丈が長かった時に、モゾモゾしていたら「2、3時間でお直し出せるから夕方にはあなたのホテルに届けることができるよ」と言われハッとした。わたしの好きなメゾンの本場はここなんだ……出来立てのコロッケがまさに目の前で揚げられている……!

フランス人は冷たい。
そのイメージを覆したフランス人の夫婦がいる。年に2回ほどファーストクラスで日本に遊びに来るというセレブ夫婦だ。以前、南フランスで会った際には、私たちがこのあとドイツへ行くと聞いて「Nice! 行きたい!」と同じ飛行機に乗り、帰りはGOアプリでも使うような気軽さでプライベートジェットをチャーターして帰っていった。
そんな規格外の彼らだが、とにかく人懐っこい。「Hehehe Hina〜!」とサンタクロースのような笑顔でハグをし、両頬に大袈裟な音を立ててキスをしてくれる。頬を出す方向を間違えたら、うっかり唇にキスしてしまうのではないか……毎回そんなことを高速で考えているので、わたしの腕はきっといつも硬直しているのだろう。こんなんじゃパリジェンヌへの道はまだまだ遠い。
真っ白なコットンを貼り付けたような眉毛の彼は、フランスの高田純次さながらのお調子者だ。キャバレーで働いていた50年前の写真を何度も見せてくれるので、わたしも毎回「ハリウッド俳優みたい!」と初見のリアクションをする。おそらく6回は見せていただいている。日本もフランスも、可愛いおじさんというのは母性をくすぐられるものである。

10年ほどお世話になっている年上の女性が「パリに信頼できる友達がいるから紹介するわ! 会ってき〜!」と唐突にLINEグループを作ってくれた。「ひなやで! よろしく!」とメッセージが飛んだ。まだ東京にいるのにパリに知り合いができた。
彼女はいつだって愛情表現が豪快で手短だ。

「初めまして、ユウスケさんですか?」
マッチングアプリでもしていない限りなかなか出てこない言葉を口にした自分にびっくりする。
パリでヘアメイクをしているユウスケさんと、同じくパリでビーガン弁当を作っているヒロコさんと合流して、パリと言えば、のCafé de Floreでお茶をした。仲良しのお2人に混ぜてもらい、初めましてのわたしは野暮だなと思いながらも「いつからパリに?」「どうしてパリに?」といった、彼らが何度もされてきたであろう質問を目の前のミルフィーユのように重ねた。
コロナ禍の日本はトイレットペーパーがスーパーから消えたが、パリではお酒とチーズとバターが消えたらしい。家に篭るということ=食卓を充実させるという発想がさすが美食の国。
パリで暮らす人たちの話を聞いていると、自分の心地よさを大切にする姿勢が印象に残った。バカンスで仕事を堂々とがっつり休むという文化も素敵だ。人生を楽しむことに、一切遠慮がないように見える。

それぞれが違う理由でパリに辿り着き、それぞれの人生を生きている。わたしにとっては旅先でしかなかったこの街が、誰かにとっては人生そのものなのだ。そう思うと、道行く人たちがそれぞれ違う映画の主人公に見えてきた。パリという街は、そんな無数の映画が同時上映されている巨大な映画館のようだった。
パリでお土産買うならここ、いまイケてるのはここ、とお散歩しながら色々教えてもらった。

ひとり行動が好きだ。とにかく団体行動に向かない。動物占いは狼です。許してください。
思いつくままに目の前の美術館に入ったり、さっきも飲んだのにまたコーヒーを飲んだり、それにより頻尿に拍車がかかりトイレ休憩が増えたり、買おうか迷ってる靴のためにお店に何度も戻ったり、そんなことに人を付き合わせられない。申し訳なさすぎて行きたいお店を提案できずに終わってしまう。
ノープランの旅は「次どうする?」と誰にも気を遣わない。せっかちなわたしは停車地を逆算して歩きながらUberを呼ぶ。
アラームをかけずに起きて、今日は何をしよう?と考える。歩いてみて素敵なお店があれば入る。疲れたら座る。お腹が空いたら食べる。歩き疲れたら一度帰る。思い立ってひとりで深夜にストリップショーに行く。モンサンミッシェルも前日にツアーを予約した。前日割で安くなってて最高だ。
パリでは誰も私を待っていない。
わたしは自由なパリが好きなのではなく、パリで自由にしている自分が好きなのかもしれない。
街には街のテンポがある。
カフェでは隣の席との距離がやたら近い。お買い物をすれば、後ろに人が並んでいても店員さんとの雑談が始まる。道を歩けば、急いでいる人もいれば昼間からテラスでワインを飲んでいる人もいる。
最初はそのすべてを「パリっぽい」と外側から眺めていたのに、いつからか自分もその中にいた。メトロノームは、違うテンポで動くものをいくつ並べても、同じ台の上に置いておくと少しずつリズムが揃っていくことがあるという。
気づいたらわたしもパリのメトロノームにテンポを合わせていた。

パリに住みたい。
帰りの飛行機では、本気でそう思っていた。
でも帰国してしばらく経ったいま、少しだけ違う気もしている。
わたしはパリが好きになったのか。
それとも、パリにいる時の自分を好きになったのか。
誰にも急かされず、行きたいところへ行って、知らない人と話して、疲れたらカフェに入り、また歩く。
予定通りにいかないことすら予定に入っているような毎日だった。
暮らすように旅がしたい、と思ってパリへ行った。そして東京に帰ってきた今も、あの街のリズムがまだ少し身体に残っている。
だから今日も白Tにデニム、大きなカゴバッグで出かける。

パリに住みたいのかどうかは、もう少し考えてみることにする。

Profile
梅村妃奈子 Hinako Umemura
東京で生まれ、小〜中学生時代をインドネシアのジャカルタで過ごす。帰国後、高校時代から読者モデルやバンド活動を始め、2010年〜21年、ガールズバンドSILENT SIRENのドラマー兼リーダーを務めた。
Instagram:@hinaofficial0313