1月27日まで『アルフォンス・ミュシャ』展を開催しているリュクサンブール美術館。展覧会を見ない人も利用できるアンジェリーナのティールームが美術館の左手にある。『ミュシャ』展の会期中だけの限定パティスリーがあるので、まず先にこれを紹介しよう。名前はRêverie(レーヴリィ)。ミュシャの1897年の作品のタイトルからとったもので、夢という意味だ。彼の作品に漂う雰囲気にぴったりの命名というだけでなく、食べた時に口の中で儚く消えてしまいそうな柔らかい食感も、まさに夢のよう。展覧会を見てから食べるか、食べてから見るか……。テイクアウトも可能だ。

さくさくともっちりが混ざり合った不思議なおいしさの小さなビスキュイがベースで、上にラズベリー色した華奢なガラス玉が乗っているよう。その中は中央がいちごとフランボワーズのペーストでその周囲を包むのはふわふわの純白のクリーム。花が描かれたチョコレートの裏にも、フランボワーズがひと粒隠されている。イートイン9.20ユーロ、テイクアウト7.50ユーロ。

温かい飲み物(カフェ、ティーあるいはショコラ)とレーヴリィの14ユーロのセットも。サラダほか、軽食もとれる。営業時間は美術館と同じ。
では肝心の『アルフォンス・ミュシャ』展へ。35歳の時に突然有名人となったアルフォンス・ミュシャ(1860〜1939)。アールヌーヴォー期を代表する女優であるサラ・ベルナールが主演する舞台『ジスモンダ』のポスターが、1894年に彼に任されたおかげである。植物と女性が一体化し、美しさと力強さが共存する装飾性の高いポスターが好評を博し、彼はポスター作家としての立場を一気に確立したのだ。女優自身に気に入られたのはもちろんで、その後も『椿姫』『トスカ』などのポスターをサラ・ベルナールは彼に依頼している。
展覧会ではパッケージデザイン、彫刻、写真、ジュエリーデザインなど彼の仕事を幅広く紹介。1900年の世界万博ではボスニア・ヘルツェゴビナのパビリオンの内装も任されている。第1室は1887年に始まる「パリのボヘミアン」、第2室は1896年に印刷アトリエのF.シャンプノワとの契約でポスター作家として名を上げた彼の仕事を見せる「大衆画の草分け」、第3室は「ミュシャ、コスモポリタン」と題して彼の海外での活躍を紹介。このあたりから、見慣れたミュシャ様式とは異なる彼の作品が増えてゆく。そして第4室「ミュシャ、神秘主義者」、第5室「ミュシャ、愛国主義者」と続き、最後の第6室「芸術家で哲学者」で終わる展覧会だ。シカゴの富豪であるシャルル・リチャード・クレーンの金銭援助のおかげで制作が可能となった有名な『スラブ叙事詩』については、第5室で見ることができる。
会期:開催中〜2019年1月27日
会場:Musée du Luxembourg
19, rue de Vaugirard
75006 Paris
開)10:30〜19:00(金 〜22:00、12月24日・31日 〜18:00)
休)12月25日
https://museeduluxembourg.fr/
1860年、現代の チェコのイヴァンチツェに生まれたアルフォンス・ミュシャ。この写真は1882年に、パリ6区のアトリエで撮影された。©Mucha Trust 2018
サラ・ベルナールの舞台『ジスモンダ』のポスター。1894年。©Mucha Trust 2018
ミュシャによるポスターを楽しめる第2室。
会場構成はAtelier Maciej Fiszerが担当。左の壁を覆うのは、1900年世界万博のミュシャによる内装のパビリオンの写真だ。© Rmn-Grand Palais / Photo Didier Plowy
第3室「ミュシャ、コスモポリタン」に展示されているチェーン。ミュシャがデザインし、ジュエラーのジョルジュ・フーケが制作した。ミュシャはフーケのブティックの室内装飾も手がけた。©Mucha Trust 2018
Savon Mucha Violetteの包装紙。1906年。©Mucha Trust 2018
第3室から第4室へ。© Rmn-Grand Palais / Photo Didier Plowy
第4室「ミュシャ、神秘主義者」に展示されている『Nuit sainte』(1900年頃)。©Mucha Trust 2018
第5室「ミュシャ、愛国主義者」に展示されている『アメリカのクリスマス』(1919年)©Mucha Trust 2018
最後の部屋「芸術家と哲学者」に展示されている聖ヴィート大聖堂のステンドグラスのためのデッサン(1931年)。©Mucha Trust 2018
réalisation:MARIKO OMURA