刺激的な体験を映画館で。『シラート』はじめ、6月公開の新作4選。

Culture

2025年、カンヌ国際映画祭で審査員賞はじめ4冠を獲得した『シラート』。極上の音響と映像美はもちろん、劇中で優れた演技を披露した犬に贈られる“パルムドッグ賞”を受賞したジャック・ラッセル・テリアのピパの名演も見逃せない。この作品はじめ、6月公開のおすすめ映画4作をご紹介。


01. 『シラート』

文:藪前知子 東京都現代美術館学芸員

地球の一点みたいな匿名性を帯びた砂漠の中で催される、流れ者たちのレイブパーティ。そこを起点にして思いがけない事件や事故が……。試練の旅の不穏さと渇きの底から、始原の律動が湧き起こるよう。カンヌ国際映画祭で審査員賞ほかを受賞。
© 2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL, S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4

砂漠と音楽が体感させる、切ないほどの自由の希求。

イマーシブ(没入型)という言葉がエンターテインメントの分野で盛んに使われるようになってしばらく経つ。隙間時間にスマホで配信を見る時代。音や映像の中に閉じ込め、他のことを考えられないくらいに拘束しない限り、人々を作品の世界観に誘うことは難しい。しかしこの『シラート』は、それとは全く異なるやり方で、観客を突然映画の中に「没入」させる。

家に長い間帰らず、砂漠のどこかで場所を変えて行われるレイブパーティに参加している娘を探す父と息子。彼女が家族を忘れるほど何に「没入」しているのかを、ふたりは社会からはみ出し砂漠を彷徨う娘の同族たちと行動を共にする中で理解していく。ここまではよくあるヒューマンドラマなのだが、しかしある瞬間から、この映画は全く違う様相を帯び始める。「シラート」とは、天国と地獄を結ぶ細い道のことだという。観客はいつの間にか映画という虚構を超えて、自分自身がそこを歩いている感覚に襲われる。砂漠に突き立てられたサウンドシステムから放たれる低音のビート。それに身を委ねながら、観客たちもまた、音楽がこの世の地獄をいっときだけでも忘れさせるものであることを真に体感させられるのだ。この映画は、ストーリーだけを辿れば、救い難いほど向こう見ずで、愚かな人間たちの物語である。しかし映画が終わり我に返った後でも、私は彼らを愚かであるとは決して感じなかった。その代わりに残るのは、音楽を通して自由を求める、人間の普遍的な本性に対する切ない思いである。ここに、VRも4DXも使わず、オーソドックスな映画の話法のみで虚構を超えるこの映画の凄さがある。安全圏にとどまって手軽に「没入」の刺激を楽しもうという世間に、鋭くナイフを突き立てる映画である。

『シラート』
●監督・共同脚本/オリベル・ラシェ
●出演/セルジ・ロペス、ブルーノ・ヌニェス・アルホナほか
●2025年、スペイン・フランス映画
●115分 ●配給/トランスフォーマー
●6月5日より、新宿ピカデリーほか全国にて順次公開
https://transformer.co.jp/m/sirat/

Tomoko Yabumae
東京都現代美術館(2004~22年、24年~)では山口小夜子、石岡瑛子、岡﨑乾二郎等の展覧会を、東京都美術館(22~23年)では『マティス展』ほかを担当。近・現代美術の寄稿多数。

02. 『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』

© 2025 Refugee The Film.LLC

戦火の群像劇の先に開ける、遥かなる水平線。

独裁的なアサド体制下、シリア内戦が2011年から24年まで続いた。戦火の都市アレッポにあって政権支持勢力・反体制派の垣根を越え、人道的で現場肌の医師アミラはひっきりなしに戦傷者を助け続ける。疲れ果てて帰宅すると、娘から誕生日ケーキの不意打ちを食らう。刹那の爆音。そんな衝撃のエピソードを第1話に、市民を犠牲にすることに疑念を抱く若い兵士とその父、難民を相手に荒稼ぎする密航ブローカーほか、主役を次々交代し、全5話の家族群像劇が綴られる。瓦礫から生還した第1話の母娘の行方を各話とさりげなく交差させながら、内戦の渦中からその荒波を受けて海域へと視野を広げる遠大な構想力。船長とその息子を中心に据えた最終話の“救出劇”の余情が格別だ。

『アイ・ワズ・ア・ストレンジャー』
●監督・脚本/ブラント・アンダーセン
●2024年、アメリカ・ヨルダン・パレスチナ映画
●104分 ●配給/ハーク
●6月19日より、TOHOシネマズシャンテほか全国にて順次公開
https://hark3.com/stranger/

text: Takashi Goto

03. 『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』

© 2025 DIE MY LOVE, LLC.

幸せの頂点と壊れやすさにまつわる愛の彷徨。

作家グレースは叔父が遺した田舎町の一軒家に引っ越して出産。赤ん坊を溺愛するが、心身に変調をきたしていく。作家活動の停滞。子育てばかりか性生活にも淡白になる夫への不満。「産後うつ」の症状といえばひと言で済む。けれど、ジェニファー・ローレンスが血を通わせるグレースの反動は尋常じゃない。母という役割が彼女の時間を占めると、娘時代以来のワイルドで創造的な資質が捌け口を失う。狂気じみた壊れ方でありつつ、新たに踏み出すべき着地点を模索しているような勇敢さがそこに潜む。彼女のパッションを夢うつつの境に描き出す、リン・ラムジーの異才が冴える。愛妻家のいい奴だが、一切に及び腰のダメな奴でもある夫役ロバート・パティンソンも見逃せない。

『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』
●監督・共同脚本/リン・ラムジー
●2025年、アメリカ・イギリス映画
●118分 ●配給/クロックワークス
●6月12日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開
https://klockworx.com/diemylove

text: Takashi Goto

04. 『アダムの原罪』

© DRAGONS FILMS ‒ LES FILMS DU FLEUVE ‒ LES FILMS DE PIERRE – LUNANIME ‒ FRANCE 3 CINÉMA ‒ BE TV & ORANGE ‒ PROXIMUS ‒ RTBF (TÉLÉVISION BELGE) ‒ SHELTER PROD

職責と情愛と倫理に裂かれた看護師の判断力。

4歳のアダムは腕を骨折して小児病棟に入院。アナマリア・ヴァルトロメイ好演の母親が、かいがいしく坊やに付き添う。だが、愛情深い母レベッカこそ“偏食”によって彼の骨を脆くした元凶だと、練達の看護師長ルシーの視点から見えてくる。小学校を舞台にした学園映画の逸品『Playground/校庭』(2021年)のベルギーの監督は、八面六臂のルシーの仕事ぶりを縦横なカメラワークで追いながら、密着度の高い母子が巻き起こす事件に焦点化。薬や病院食を嫌い「家に帰りたい」という我が子の願望に応じてしまう母の計らいが、アダムを生死の危険に晒す。病院も司法もレベッカを母親失格と断定する中、自らもシングルマザーのルシーが咄嗟に打って出る緊迫の局面に心を揺さぶられる。

『アダムの原罪』
●監督・脚本/ローラ・ワンデル
●2025年、ベルギー・フランス映画 ●79分
●配給/スターキャットアルバトロス・フィルム
●6月5日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
https://adam-film.com/

text: Takashi Goto

*「フィガロジャポン」2026年7月号より抜粋