小説からペットとの写真集まで。雨の日も満たされる、とっておきの5冊。

Culture

自費出版で累計1万部を超える異例のヒットを記録した『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』の著者、小原 晩による初の小説集が発売。この作品はじめ、心が整う小説から愛おしいペットとの写真集まで、梅雨の時期におすすめの5冊をご紹介。


01.『風を飼う方法』

小原 晩著 河出書房新社刊 ¥1,650

平凡で退屈な日々を命がけで生きている。

文:穂村 弘 歌人

波乱万丈のストーリーの最後に複雑な伏線が回収されるような物語を読み終えて、「ああ、面白かった」と本を閉じる。その後で、目の前の現実の平凡さにがっかりすることがある。昨日とよく似た今日、今日とよく似た明日、自分の生活はこの物語に較べてずっと退屈だ、と。

だが、『風を飼う方法』の面白さは、そのような劇的な物語とはまったく異質なものである。例えば、「耳を折りたたんだまま眠ってしまったせいで、右の耳がじんじんとする」(「けだるいわあ」)という一文。物語の本筋とは無関係に見える。でも、云われてみれば自分にも覚えがある。この「じんじん」に命の味を感じるのだ。平凡で退屈な日常の細部に入ってゆくことでひりひりと伝わってくるものがある。

波乱万丈に作られた物語には本筋がある。では、我々の命の本筋はどこにあるのか。そんなものは実はどこにもなくて、強いて云えば生きている一瞬一瞬こそが本筋なんじゃないか。「あの夜は小雨で、傘をささなくてもよいほどの小雨で、というより雨は、わたしが家を出たときにはまだ雨は降っていなかった」(「カリフラワー」)という一文にも、「雨」を書いていながら「雨」以上の味がする。

「耳」や「雨」でさえこうなのだから、本書における人間同士の交わりは凄まじい。それは命と命のぶつかり合いになるからだ。「テレビを見たままの山彦さんが指をからませ、しっかりと手をつないでくれる。とても心ぼそい」(「風を飼う方法」)。

現実には始まりも終わりもない。伏線も回収もない。偶然といえばすべてが偶然。必然といえばすべてが必然。何もかも思い通りにいかず、すべてが思いがけない。そのことの凄みが一つ一つの言葉の裏側に張り付いている。私たちは平凡で退屈な日々を命がけで生きているのだ。『風を飼う方法』を読み進むうちに、この一瞬一瞬をどのように生きて死んでも自由なのだ、という勇気が心の奥から湧いてくる。

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穂村 弘|Hiroshi Homura
歌人
1962年、北海道生まれ。90年に歌集『シンジケート』(講談社刊)でデビュー。エッセイ、絵本、翻訳、作詞も手がける。新刊に『短歌の話は長くなる』(NHK 出版刊)、『短歌ください 反対に回して篇』(KADOKAWA刊)など。累計1万部を超える異例のヒットを記録

02.『野山花花図譜』

梨木香歩著 波多野 光絵 淡交社刊 ¥2,860

ひっそりと可憐な野の花に想いを寄せた美しい花図鑑。

季節ごとに編まれた野の花の個性が伝わる絵と植物に造詣が深い著者の文章が響き合う。ウグイスカグラ、チゴユリ、オタカラコウ……初めて名前を知る花も多い。華やかというよりひっそりと可憐で、でも生きる場所を自ら決めるたくましさを秘めている。淡交社は茶の湯を軸にした京都の美術図書の出版社。千利休の「花は野にあるように」という言葉を思い起こす。一輪の花に心を寄せることで心の在り方まで整うような美しい一冊。

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03.『タイム・シェルター』

ゲオルギ・ゴスポディノフ著 寺島憲治訳 早川書房刊 ¥3,960

過去への賛美に警鐘を鳴らす、ディストピア小説の傑作。

謎めいた男ガウスティンが開設した〈過去のためのクリニック〉では、認知症患者をその人が幸せだった時代を再現した部屋で治療する。やがて若く健康な人々までが過去に逃避するためこの施設にやってくる。歴史の予兆はほんの細部にも宿ることをこの小説は教えてくれる。あの頃は良かったとノスタルジーが席巻するようになったら、現実に不穏な影が射していることの裏返しなのだ。ブッカー賞を受賞したディストピア小説の傑作。

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04. 『世界の果ての本屋さん』

ルース・ショー著 清水由貴子訳 晶文社刊 ¥2,310

自分だけの物語を描くように、波乱の人生を生き抜いた実話。

ニュージーランドの最南端マナポウリ湖のほとりで夫と小さな本屋を経営する著者は、波乱万丈な人生を送ってきた。2度の逮捕、3度の結婚、海賊に遭遇したこともある。養豚業、違法な賭博師、航海士、シェフ、職業も住む場所も転々としてきた。17歳の時に性的暴行を受け、妊娠。過酷な体験から逃れるために始まった冒険の旅。彼女を支えてくれた本と最愛の人に辿り着くまでの軌跡は、切なくも温かなエピソードに満ちている。

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05. 『Advanced Pets 成熟した大人たちのファッションとペット』

アリ・セス・コーエン著 村井理子訳 大和書房刊 ¥3,520

人生を支えてくれるペットは、かけがえのない存在。

ニューヨークのシニア女性たちを撮影した『Advanced Style』は日本でも7万部のベストセラーに。本書に登場するのは、オシャレで自立した人々の人生の相棒だ。犬や猫だけじゃない。鶏、牛、豚、亀、ロバと実にバラエティに富んでいて、皆誇らしげだ。彼らがそばにいない人生なんて考えられない。写真とコメントから放たれる多幸感にノックアウトされる、エンパワーメントな写真集。

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  • text: Harumi Taki

*「フィガロジャポン」2026年7月号より抜粋