壮麗な劇場を舞台に——映画『オペラ座の怪人』がフランスで甦る。
L’Adaptation
Cinématographique
パリ・オペラ座を舞台にした名作が、この秋アレクサンドル・カスタネッティ監督によって映画化。現代人に向けた創作への思い、ガルニエ宮での貴重な撮影の舞台裏についてインタビュー。

作家、ガストン・ルルーにより1909年に発表されたゴシック小説の古典『オペラ座の怪人』は、これまで世界中で何度も映画化されているものの、不思議なことに、お膝元のフランスで製作されたことはなかった。だが出版から1世紀以上も経た今日、遂にフランスで、ガルニエ宮の装飾のなかで撮影された作品が生まれることになった。メガホンを握ったのは、イタリア人の両親を持ち、オペラ歌手である父親に付いて幼い頃からオペラの世界を垣間見てきたアレクサンドル・カスタネッティ監督だ。本作の映画化は子どもの頃からの夢だったという。
現代を舞台に、ゴシック小説を甦らせた理由。
「父の影響で、自分は魔法に満ちた寓話のような世界を観ながら育ちました。『オペラ座の怪人』は中学生の時に読んで魅了され、いつか映画にしたいと思っていたのですが、実際に監督になってからはしばらく忘れていました。でも、ある時ふと思い出し、脚本を自分で書き始めた。それから2カ月後、偶然にもプロデューサーからこの企画をやらないかと話があったのです。何か数奇な縁を感じました」
もっとも、本作は舞台を現代に置き換えている。オリジナルに描かれている、怪人と彼が恋をする女性の関係を保ちつつ、怪人は元作曲家(ジュリアン・ドゥ・サン・ジャン)で、ヒロインはルーマニアからパリにやってくるバレエダンサー(ディーヴァ・カッセル)という設定だ。そこにバレエ団を仕切る振付家(ロマン・デュリス)が絡んでくる。

「現代を舞台にしたのは、いまの若い人たちに訴求する新しい息吹をもたらしたかったからです。というのも、この物語にはいまの世にも通じる普遍的な要素、恋愛とプロフェッショナルな生き方の両立というテーマがあるからです。私自身、コンセルヴァトワールでピアノを学んだ経験から、権威的な世界のなかで自分自身の表現を見つけるのがいかに難しいかを経験してきました。それは今日、芸術の道を目指す若者にとって変わらない試練だと思います。そんな世界のなかで現実と幻想の境界が徐々に曖昧になる。ちょっと『ブラック・スワン』(2010年)を彷彿させるかもしれません。本作ではオペラでもクラシックバレエでもなく、モダンダンスの世界を描きます。映画のためにまったく新しいモダンな演目を創作し、音楽も一から作曲し直しました。あらゆるパートがオリジナルな、とてもクリエイティブな作品になっています」

本物の装飾のなかで展開する、オリジナルなダンスと音楽。
カスタネッティ監督がこだわったのは、実際のガルニエ宮で撮影することだった。
「『オペラ座の怪人』なのに、これまで実際にガルニエ宮を使って撮影された映画はありませんでしたから。今回それが叶ったことをとても誇りに思います。映画の70〜80%がオペラ座で撮影されたものです。ステージと観客席を使用したのはもちろん、有名な大階段や大休憩室、屋上、円窓に囲まれたリハーサル室などでも撮影しました。貯水槽がある地下のスペースだけは天井が低く、いまでも水が溜まるので、スタジオにセットを作り直しましたが、とても壮麗なビジュアルになっています。オペラ座側も、とても喜んでくれました。今回あらためてガルニエ宮のなかを仔細にリサーチして、その豪華さはもちろん、本当にミステリアスで迷宮のような造りに驚かされました。ドアがいくつもあり、クーポールの下はまるでエッフェル塔を思わせるような鉄を使用した内装です。屋上は周囲の建物に比べてかなり高くなっているので、エッフェル塔をはじめパリの屋根が見渡せます。ただし毎日観光客がたくさん訪れますから、撮影は複雑でした。閉館したあと一気に機材を運んで夜に撮影し、終わったら翌朝までに撤去するということの繰り返し。リハーサル室などは、8月のヴァカンスシーズンを利用して使わせてもらったところもあります」

絢爛な舞台装飾とともに、オペラ座エトワールのダンサーも起用した斬新なキャストも話題だ。
「エトワールのギヨーム・ディオップとドロテ・ジルベールが参加しています。ギヨームはバレエ団のリーダー格の役柄なので、かなりシーンも多い。ふたりともふだんのクラシックなバレエから離れて、モダンな創作ダンスを踊ることにとてもエキサイトしてくれました。怪人役は、フランスで成功を収めた『モンテ・クリスト伯』(24年)で脚光を浴びた若手俳優、ジュリアン・ドゥ・サン・ジャンが演じています。彼の奥深く強い眼差しやエネルギーにはカリスマ性が感じられ、ファントムの役柄にぴったりだと思いました。彼に愛されるダンサー役にはディーヴァ・カッセル。彼女はクラシカルな美しさとともに現代的な雰囲気があり、そのエレガンスは定義し難い独特のものがあります。ふたりとも、新しい世代のアイコンと言えると思います」
ファンタジーやミステリーはそのままに、ロマンティックな恋愛ドラマと現代的なテーマを押し出した新生『オペラ座の怪人』。ガルニエ宮の魅力をふんだんにちりばめた本作を目にする機会が、いまから待ちきれない。
『Le Fantôme de l’Opéra』(原題)
現在のパリ。オペラ座のバレエ団に入りルーマニアからやってきたアナスタシアは、なじめずに孤独を抱えていた。そんなある日、彼女の前にミステリアスなピアニストが現れる。バレエ団の振付家の権威的な姿勢に疑問を感じていたアナスタシアは、次第に彼に惹かれていくが、彼女のまわりで不可思議なことが起こり始める……。
●監督・共同脚本/アレクサンドル・カスタネッティ
●出演/ディーヴァ・カッセル、ロマン・デュリス、ジュリアン・ドゥ・サン・ジャン、ギヨーム・ディオップ、ドロテ・ジルベールほか
●2026年、フランス映画
●10月28日よりフランス公開予定、日本公開未定

アレクサンドル・カスタネッティ
Alexandre Castagnetti
イタリア、トリノ生まれ。パリのコンセルヴァトワールでピアノを学ぶ。自ら創作、主演したコメディ番組シリーズが人気となり、監督、俳優、脚本家として活躍する。代表的な監督作に『恋のときめき乱気流』(2012年)。
- supervision: Mariko Omura
- text: Kuriko Sato
*「フィガロジャポン」2026年9月号より抜粋