「もう一度日本一を獲りたい!」ケガから復帰後初優勝。輝き続ける森且行の人生哲学。
オートレーサー森且行が、ケガから復帰後初優勝! 「もう一度日本一を獲りたい!」と語ったフィガロジャポンの独占インタビューを振り返る。香取慎吾からお祝いのメッセージも到着。
【香取慎吾からのメッセージ】
森くん、大きな怪我からの復活優勝、本当におめでとうございます。5年9ヶ月ぶりという長い時間、諦めずに上を目指し、前を向き続けた森くんの優勝に、勇気をもらいました!これからも、がんばってください。僕も、がんばります! 香取慎吾
「僕は本当に運がいい」。 森且行を創る屈強な精神

「いまも身体にボルトが十数本入っているんですよ」と、インタビュー現場に颯爽と現れ、飾らない言葉で飄々と語り出す。森且行――SMAPの一員として国民的な人気を博していたさなか、22歳でオートレースの道へと進んだ幻のアイドル。ドキュメンタリー映画『オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版』では、死と隣り合わせで生きる森の壮絶なオートレーサーとしての姿が描かれている。映画冒頭で「プロのオートレーサーとして誇りを持っているから、いつ死んでもいいと思ってる」と言わしめるほど、オートレースに人生をかける。その“生きざま”について、赤裸々に語ってくれた。
内緒で試験を受けに行った――オートレースに魅せられた人生。


オートレースについて語る時、森の大きな瞳はまるで少年のように一層キラキラと輝き出す。「プロになって28年経ったいまでも、レース場にいるとワクワクするし、走っていても見ていても楽しい。レーサーが走っている姿はみんなかっこよく見えちゃう。ヘルメットを脱ぐとオヤジばっかりなんだけどね(笑)」と笑顔を見せる。
初めてレースに魅せられたのは幼稚園の頃だった。「色とりどりの服で走っているレーサーを見た瞬間、『ゴレンジャーが走ってる!』って夢中になって。エンジン音を聞きたい、オイルの匂いが嗅ぎたい、レースが見たい……五感で好きになった感じです。
自分もそこで走る人になりたい、といつしか夢を抱くように。しかし、10代になった彼が歩んだのはアイドルの道だった。「僕自身は、芸能界にまったく興味のない人間で。兄がオーディションに行きたい、けど、ひとりじゃ嫌だって(笑)。僕は付き添いでした。でも、3カ月後には僕だけが雑誌に出るようになって。アイドルをやりたいわけじゃないけど、辞めたら兄貴に申し訳ないし……と続けているうちに、SMAPになって5人といるのが楽しくなってきたんです。中学生だったので、一緒に遊んだり地方や海外に行ったりするうちに、楽しいと思ってきて」
身体能力が高く、長い手足を生かしたしなやかで華のあるパフォーマンスに定評があった森は「運動系の番組なんかでも、いちばんできていたのは僕だったかもしれないですね。ただ、バク転は最初はできなかったんですよ。木村(拓哉)くんとかツヨポン(草彅剛)は器械体操部とかだったので、簡単にできていましたけど、僕は入ってから覚えたので……。あと、宝塚(歌劇)が好きで結構通っていましたね。勉強のために連れていってもらってからハマって。階段の下り方とか立ち居振る舞いなんかは勉強になったし、宝塚の方々の持つ雰囲気やスター性には学ぶものがありました」 と、当時を振り返る。
ただ、森の中でオートレーサーへの夢が消えたわけではなかった。「諦めたくなかったけど、当時、試験の身長制限が170で、僕は175センチ。この夢はもう無理かな、と思いながら、芸能界で全力で楽しく頑張っていました」
アイドルとして生きていこうと前進していた森に“運命のいたずら”であり“希望の光”が訪れたのは22歳の時。森は、自らの決断で人生を変えた。「年齢制限の最後の年(23歳)に、身長制限が175センチに引き上げられたんです。聞いた瞬間、すぐ親父と兄貴に連絡しました、『僕、行くよ』って。年齢的にもラストチャンスだし、受けなかったら後悔すると思いました。休みがなくて東京の試験は受けられず、浜松の試験日に休みをもらって受けに行ったんです。合格発表されたらすぐ、スポーツ紙一面に載ってしまって。それはもう大騒ぎになりました。受からなかった時の保険もかけて内緒で受けていたから、『本当に申し訳ありません』と言うしかなくて。迷惑がかかるのはわかっていたし、芸能界が嫌いになったわけじゃない。でも、レーサーになりたいという子どもの頃からの夢が勝っちゃったんです。運命というか、巡り合わせかな。タイミングがずれていたら僕はレーサーになれていないと思うから」
SMAP時代に紡がれた特別な絆に支えられている。

「チャンスの神様は前髪しかない」とはまさにこういうことだろう。——来た瞬間つかまないと、通り過ぎてしまう。すぐに走り出す直感力、決断力、勇気。森は弱冠22歳であれほどの地位を築きながら、迷わず行動した。森にとって、夢がどれだけの原動力になっていたかがわかる。
いまも5人の活躍が森の励みに。「映画をやっていれば観に行くし、テレビに出ていれば見ます。みんなが第一線で活躍しているからこそ、僕も諦めちゃいけないと思うし、頑張れる。負けず嫌いなので、違う業種だけどみんながトップに立っているのだから、僕もトップでいたいと思う。本当に刺激になっています」
5人との絆は、ヘルメットに6色の星としてデザインされている。SMAP脱退時に5人と交わした“日本一になる”という約束を、森が叶えたのは2020年。見事、日本選手権初優勝を果たしたが、わずか82日後、レース中の落車により大怪我を負った。手術とリハビリの日々を経て、23年に復帰。
いまは、再び優勝するため、高みを目指し続けている。その過酷な約3年は映画に描かれているので割愛するが、どんなに心身がボロボロになる状況でも、森は絶望することなく、ポジティブなマインドで前を見る。なんて強靭で、意志が強い人なのだろう。「僕は運がいいんですよ。小さい時の育てられ方もあるし、芸能界にいたから大変な思いもしたし、(96年の)養成所での事故もあったし。いろいろなことを経験しすぎて、これ以上辛いことはないだろう、って思考しているのかも。マイナスな言葉どころかデカいことばかり言っちゃうから、そっちに気を付けています(笑)。もう一度日本一を獲りたい! とかね。ほぼ叶えられない夢かもしれないけど、夢に近づけるよう言葉に出して自分を追い込んでいくんです」
目指すゴールは“優勝”。だから森は1秒たりとも時間を無駄にしない。リハビリも、レース後の入念な整備も。ストイックな性格ですよね? と問うと、「そうなのかな? でも、もっとストイックな選手もいますし、結果を出すためにはストイックじゃないといけないので。仕事場では1秒を大切にしていますが、家に帰ったら基本、ずっと寝てますよ(笑)。レースのためには1秒たりとも無駄にしたくないけど、プライベートはのんびり」 と、答えた。
本作では、波乱万丈の生い立ちについて語られるとともに、幼少期からふたりで助け合って生きてきた兄(森久典)との関係も印象的だ。「めちゃくちゃ仲いいですし、兄貴には本当に感謝しかないです。僕に足りないところを指摘してくれるし、困った時はいつも助けてくれる。自分以上に僕のことを思ってくれていると感じます。1歳差なので友だちのようでもあるけれど、やっぱり頼れる兄ですね。芸能界に憧れていたぐらいだし出たがりなところもあるから、映画にもいっぱい出演してくれました(笑)。性格は僕と真逆なんです」
現在、森は50歳。年齢に対する不安や焦りは、あまり感じていないと話す。「40代の頃は衰えを感じた瞬間があったけど、いまはもう通り過ぎたかな。老眼になっても眼鏡があれば大丈夫だし、75歳で現役でバリバリ走っている選手もいるし。僕もできる限り走り続けたいので励みになりますね。あとは、この身体がどこまで持つか……まだボルトが入っているので、次にデカい落車をしたらどうなるかは考えてなきゃいけない。でも、身体が元気で自信があるうちは、レーサーとして盛り上げていきたいと思っています」
もう一度日本一を獲りたい! 言葉に出して自分を追い込んでいくんです

周囲に対して抱く、真の「ありがとう」の気持ち。

なぜドキュメンタリーを残そうと?
「とにかく森且行を映画として残したい、という監督のしつこさ(笑)と熱意に負けました。でも、映画として記録してくれて、しかもファンが喜んでくれるならこんないい機会はないですよね。監督は、ずっと追いかけてくれているんですよ。地方のイベントでも、レース場でも。レース直前はプレッシャーもあるので今日は後ろに下がっていてください、とお願いする時もありますけど、基本的に空気のようにずっといます(笑)。いまでも、優勝戦は毎回来てくれるんですが、復帰してからまだ優勝していなくて。優勝した姿を収めたいだろうと思うから、申し訳ないなって」
劇中、兄や医師、仲間、ファンへの感謝や恩返し、という言葉が何度も出てくる。インタビューは、森がメディアに出るのを心待ちにしているファンへの大きな感謝で締めくくられた。
「怪我してから2年3カ月、まったくレースができない中、ファンの方たちが『復帰を待っています』と言ってくれていて。そのおかげで、ここまで来られたと思っています。28年分の僕の生きざまを見て、何かを感じてもらえたらうれしいです。いつも応援してくれて、本当にありがとう。感謝しかないです」

映画『オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版』
トップアイドルから夢だったオートレーサーへ──。日本中の注目を集めた電撃の転向から28年。ヘルメットの下に隠されていた森且行のオートレーサーとしての生きざまを追ったドキュメンタリー。●監督・撮影/穂坂友紀 ●出演/森且行ほか ●ナレーション/萩原聖人 ●2024年、日本映画 ●94分 ●配給/KADOKAWA
Katsuyuki Mori
1974年生まれ、東京都出身。川口オートレース所属。アイドルグループ、SMAPのメンバーとして活動し、96年にオートレーサーへと転身。97年のデビュー戦で勝利し、着実にグレードレースを制覇。2020年11月にはSG日本選手権で優勝し、悲願の日本一を達成する。
マディソンブルー
03-6434-9133
https://madisonblue.net/
- photography: Mai Kise
- styling: Masaru Kato
- hair & makeup: Enatsu
- interview & text: Naho Sasaki
*「フィガロジャポン」2025年1月号より抜粋