『LOVE ファッション−私を着がえるとき』を巡り、小説家・千早 茜が旅をする。

Culture 2024.09.20

現在、京都にて大規模なファッション展が開催中だ。
作家の千早 茜が特別に書き下ろしたエッセイとともに展覧会の魅力を紐解いてゆく。

こちらの展覧会チケットを特別に読者プレゼントいたします。詳細は記事最後のご案内をご覧ください。
>>>ご応募はこちらから。


18世紀の衣装から最新ランウェイコレクション、そしてアートを交えて5つのテーマで考察する『LOVE ファッションー私を着がえるとき』展。人間の服への欲望を、さまざまな角度から展示する。本展覧会を開催する京都服飾文化研究財団(KCI)を題材にした小説『クローゼット』の著者、千早茜がKCIキュレーター石関亮を取材。壮大な物語に誘われ、感じたこととはーー? 想いを綴ってくれた。

 服は旅に似ている。

 未知の景色を思わせるような服に出会うと息を呑む。

それは時代も性別も超えることができる遥かな旅だ。けれど、どんなに奇抜でも、どんなに豪奢でも、どんなに華麗でも、その旅は人の身体の延長線上にある。

 獣毛や色鮮やかな羽根をまとい、この地球上には存在しないような生き物になる。コルセットで腰を細く細く締め、鳥籠のようなクリノリンで絹のスカートをふんわりと膨らませて扇を片手に華やかな社交界にでる。スーラの絵の中に迷い込んだようなバッスル・スタイルで日傘をさして公園を散歩する......過去の誰かの服は、もしかしたら自分のための服だったかもしれない。原始の自然への渇望や過去の美意識は、現代のファッションに残り、欲望の火花を瞬かせているのを感じる。

 かと思えば、本来の人間の身体とは違う形状への変身、極限まで削られたシルエット、樹脂でできたカラフルな素材を全身にまとうといった、未来への旅のような服にも惹かれる。新しさはいつだって目をひく。

 服によって、私は私の身体の範囲をひろげることができる。体型を忘れたり、身体の新しい魅力を発見したり、違う自分になれたりする。人の身体の延長線上に未知の美しさが眠っている期待に震える。服は人の身体の見果てぬ夢を具現化してくれるものだ。KCI(京都服飾文化研究財団)の展示を見るたびに思う。

 初めてKCIを訪れた時、一万三千点を超える収蔵品が眠る真っ白な部屋で気を失いそうになった。人のいない静かな収蔵室にある膨大なすべてが、人の身体を飾るものであることに圧倒されたのだ。おびただしい数のドレス、ショール、ジャケット、ベスト、補正下着、靴、帽子......どう装着するのかわからないものもたくさんあった。中でも印象的だったのが、十八世紀フランス革命前の宮廷服だった。三百年以上前のものとは思えないほど鮮やかな色をしており、びっしりと花の刺繍に覆われていた。釦のひとつひとつまで花の刺繍が施されたそれは男性服であった。「これが男性の服ですか」と驚いて、花柄は女性のための装飾だと思っていたことに気づかされた。男らしさも、女らしさも、時代によって変わることを私は服によって教えられた。

 何百年前の服が、着ていた人の生の輝きを残したままであることにも感動した。その輝きは展示の時に一層増す。補修士の気が遠くなるような地道な補修作業と、その服が生きてきた時代を再現するような着せつけによるものであることを、私は取材を通じて知った。取材を終えて家に帰ると、いつも熱がでた。たくさんの人の手と意思がもの言わぬ服に命を与えていて、その美しい鼓動が静かに伝わってくるのだ。

 私たちは遥か昔から装ってきた。これからも着飾るのをやめられないだろう。

 なぜ? なんのために? 『LOVE ファッション―私を着がえるとき』は、その問いを探す旅にでるような展示だと思う。

 時代を駆ける服を眺めながら、私たちは自らの身体で旅をする。

文:千早 茜

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自然にかえりたい

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1810年頃に作られたコートとウエストコートのセットアップ。コートは黒いウールのブロードクロスに草花柄の刺繍が施され、くるみボタンがあしらわれている。中に着たウエストコートは白い絹サテンに草花柄と小花が連続模様の小花刺繍が。©京都服飾文化研究財団  photography: 小暮徹

「花の刺繍に覆われた男性の宮廷服を初めて見た瞬間は忘れられない。草花でびっしりと埋め尽くされた上着もベストも、胸元を飾る豪奢なレースも、華美に咲くことを少しも恐れていない。まるで自然の景色のように」(千早)。

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1907年頃の帽子はストロー製。黒い絹ベルベットのリボンが巻かれ、マミジロアジサシの頭部とギンケイの両翼と背の羽根を合体させた鳥が飾られている。©京都服飾文化研究財団  photography: 広川泰士 

「別種の鳥のパーツを繋げて作られた、この世には存在しないキメラの剝製を美しいと言ってしまうのには躊躇いが生ずるが、この帽子が人目をひくのは理解できてしまう。人の、着飾るという欲望を体現している」(千早)。 

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ジャン=シャルル・ド・カステルバジャックのコート、1988年秋冬。オフホワイトの化学繊維製のフェイクファーで作られた32体のテディベアで仕立てられた。©京都服飾文化研究財団  photography: 来田猛

「たとえ偽物でも毛皮をまといたい。フェイクファーが生まれた背景にはそんな人の渇望が存在したのだろうか。偽物ならば、いっそぬいぐるみを。そんな皮肉と可笑しみとひらきなおった可愛らしさを感じさせる」(千早)。

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ジョナサン・アンダーソンがデザインしたロエベのミュール、2022年春夏。黒いミュールのヒールに赤い造花のバラ。©京都服飾文化研究財団 photography: 来田猛

「華奢なピンヒールが一輪の赤い薔薇に替わる。萼まで本物のようにリアルだ。花を踏みつけて歩く姿は、ガラスの靴を履いたシンデレラとどちらが危ういだろうか。しかし、あんがい美しい花は逞しそうである」(千早)。

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ありのままでいたい

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ヘルムート・ラングのショルダーストラップ。白は2002年春夏、黒と青は03年春夏。上:灰色がかった白の綿ニットのホルターネックのストラップとヒップバンドがドッキング。 中央:黒い綿のテープと黒いプラスチックを用いたバックル。 下:ショルダーストラップは青い化学繊維のニット製 。©京都服飾文化研究財団、Helmut Lang寄贈 photography: 守屋友樹

「どうやって着るのだろう? とても服には見えない。そんな興味をそそられる服を見つけるとわくわくする。合わせると手持ちの服が違う顔を見せる。そんな服は最高だ。ミニマルなエスプリを感じさせるデザインに感嘆する」(千早)。

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自由になりたい

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川久保玲によるコム デ ギャルソンのトップとパンツ、2020年春夏。トップはピンクのポリエステルサテンで覆われ、その中をウールとナイロンの平織りに刺繍を施し立体感を出している。パンツは緑のポリエステルに花柄プリントを施し、全面をレースと造花のアップリケで装飾。 ©京都服飾文化研究財団 photography: 来田猛

「見たこともないシルエット、なめらかなピンクの繻子の下にふんだんに重ねられた刺繍の織物。服そのものが巨大な植物のようにも、壮大な物語のようにも見える。そして、いまにも羽ばたきそうな変容もはらんでいる」(千早)。

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綺麗になりたい

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1884年頃に作られたウォーキングドレス。濃紺の絹サテンと絹ファイユモアレを用い、後ろ腰にかけてドレープが寄せられたオーバースカート。裾に絹ファイユモアレのプリーツ加工の装飾が施されている。©京都服飾文化研究財団  photography: 来田猛
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コム デ ギャルソンのトップとスカート、1997年春夏。トップは赤と白、スカートはベージュと白のチェック柄で、ナイロンとポリウレタンジャージーを使用。背面の膨らみにフェザーとダウンのパッド入り。©京都服飾文化研究財団 photography: 畠山崇

「人の身体の輪郭にはない、1880年代の誇張、1990年代の誇張。どちらも私は美しいと感じる。どちらの身体にもなってみたいと思う。服によって提示される美の基準が変化し、多様化していくことは歓びである」(千早)。

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我を忘れたい

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©京都服飾文化研究財団 photography: 来田猛
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ジャン=フィリップ・ウォルトのドレス、1912年頃。ドレスはベージュの絹サテンと青の絹シフォンを使用。絹チュールにアップリケとビーズ刺繍で蝶の羽根の柄を表現。袖やウエスト、トレーンにはスパンコールを刺繍し、タッセルが飾られている。ドレスオーナメントには蝶の羽根を象った真鍮製のワイヤーに絹シフォンが装飾され、アップリケとビーズ刺繍があしらわれている。©京都服飾文化研究財団 photography: 来田猛 

「上流階級の仮装舞踏会用の衣装。お遊びのために作られたドレスの、手縫いのビーズ刺繍の細かさにため息がもれる。人の手によって生まれた幻想的で艶やかな蝶。ウォルトの服からはオートクチュールの豊かさを感じる」(千早)。

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ジョナサン・アンダーソンによるロエベのドレス、2022年秋冬。赤いレーヨンジャージードレスの前身頃に樹脂コーティングを成形し、すぼめた唇を装飾。©京都服飾文化研究財団 photography: 来田猛 

「着る人のそれよりはるかに大きな唇は、血に濡れた臓器のようで、一瞬ぎょっとしてしまった。けれど、ドレスのドレープは優雅で、たおやかに流れる波のようだ。シュールな斬新さと品を併せ持つ、赤い企み」(千早)。

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「今回の企画展はアート作品がテーマごとのアンサーでも問いでもあるかたちで展示されている。もしも、やどかりが私たちの服のように『やど』をとっかえひっかえしたらどうなるか。旅のように世界の都市が作られている」。京都国立近代美術館蔵、AKI INOMATA《やどかりに「やど」をわたしてみる ‒Border‒》2010/2019 年 ©AKI INOMATA  
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Akane Chihaya/千早 茜
1979年生まれ。2008年『魚神』(集英社刊)で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で09年に泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』(新潮社刊)で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』(集英社刊)で渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』(新潮社刊)で直木賞を受賞。ほかに『クローゼット』(新潮社刊)、最新刊『雷と走る』(河出書房新社刊)がある。

『LOVE ファッション― 私を着がえるとき』
会期:開催中~11/24 
京都国立近代美術館
075-761-4111
営)10:00~17:30 最終入場(金は19:30最終入場) 
休)月、9/24、10/15、11/5 ※ 9/23、10/14、11/4は開館 
料)一般¥1,700 
https://www.kci.or.jp/love/

今回、『LOVE ファッション― 私を着がえるとき』の展覧会チケットを抽選で5組10名様へプレゼント! 以下のボタンよりぜひご応募ください。

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※応募締切:2024年10月4日(金)23:59

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*「フィガロジャポン」2024年11月号より抜粋

text: Akane Chihaya

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