バレエとファッションが融合した話題作『EOL』、CFCLによる衣装の制作秘話に迫る。

Culture 2025.06.16

ドイツやイタリア各地で上演され、賞賛を浴び続けている話題のネオクラシックバレエ『Echoes of Life』が、2025年5月に日本での初演を果たした。ハンブルクバレエ団でプリンシパルとして長年活躍する、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコ夫妻による、愛をテーマとするこのストーリーバレエは、恋人や親子、兄弟姉妹のさまざまな愛の輝きと喪失を、ピアノの生演奏に乗せてデュエットで綴っていく。

邦題を『EOL』 と掲げる日本公演では、クリエイティブディレクションを写真家の井上ユミコが務め、日本オリジナルの演出として東京バレエ団の二山治雄を迎え入れた。二山による新しいソロパートと3人で踊るシーンが挿入された本作は、日本でしか観られない特別なバージョンだったが、4公演全てソールドアウトの盛況ぶり。ダンサーの息遣いまで聞こえる至近距離での迫力の舞台体験は、多くのバレエファンを唸らせ、大好評のうちに幕を閉じた。

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研ぎ澄まされた踊りを披露するシルヴィア・アッツォーニと二山治雄。振付を担当するのは、ハンブルクバレエ団出身のクリスティーナ・パウリン、ティアゴ・ボルディン、マーク・ジュベテ。どこかノイマイヤーの作品を感じさせる、詩的で躍動的な踊りが全編で繰り広げられる。

3人で踊るパ・ド・トロワは日本オリジナルの演出。

新たにメンバーが加わったことに対し、オリジナルキャストのアレクサンドル・リアブコは、喜びをもってこの刺激的な化学変化を受け入れている。

「私たちの作品『Echoes of Life』は、新たな場所で上演するたびに進化してきました。今回は、ハルオ(二山治雄)が私たちの意図を汲んで、自然に表現してくれたおかげで、身体的な美だけでなく、感情的な美も高める新しい表現手段をこの作品に加えることができました。その創作過程は実に楽しいものでした」(リアブコ)

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ウクライナ出身のアレクサンドル・リアブコ。本作ではシルヴィアと、恋人同士だったり、ナルキッソス物語の双子の姉と弟だったりと、神話と寓話の世界を通してさまざまな愛の形が描かれる。

また、日本公演版のゲストダンサーとして迎えられた二山は、1年前からリハーサルを重ね、ふたりと対話を続けてきた。

「昨年4月にハンブルグに渡って、初めてふたりと一緒にクリエイション(新作振付)に参加しました。そこから1年を経て、日本で再会してからは本番まで1週間しかありませんでした。まず振付を合わせるところから始め、どういった感情を踊りに載せていくかを、丸1日かけて取り組みました。朝10時頃からウォーミングアップをして、18時頃までほぼノンストップ。長い時間を一緒に過ごしたので、踊りはもちろんですが、ふたりの性格や人間性に触れることができました。そこから生まれた感情が、今回の作品中に表現として反映されていると感じる部分もあります」(二山)

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ディレクターの井上ユミコは、二山について「バレエに対する献身と精神性が、シルヴィアとサーシャ(アレクサンドル)のそれと匹敵するように感じられる、無二の日本人ダンサー」と評する。

すでに作品として出来上がっている世界観の中に、新キャストとして参加することに難しさもあったにちがいない。二山は、どのような解釈をもって役作りに臨んだのだろうか?

「作品自体のストーリーもありますが、僕なりの解釈もあります。僕自身は、無音の中から登場して、最初のソロを踊ります。その後は3人で踊るパ・ド・トロワ、そして少し時間をおいて、ふたつ目のソロがあります。無音の状態の中で出てくる時は、ふたりのイメージの中にある存在である一方、ひとつ目のソロとパ・ド・トロワは現実です。パ・ド・トロワでは、彼らのことを両親だと思いながら踊っています。振付の中にもそのニュアンスが含まれていて、シルヴィアに抱きしめられたり、皆で一斉に揃ってポーズをとったりと、家族写真みたいな構図があったり。そして僕は常に彼らの子どもという意識でした。

その後に、黒い衣裳に着替えて踊るふたつ目のソロは、どちらかといえば思い出の中のイメージのような位置付けです。その後にまた(1曲目のソロと同じ)白い衣裳に着替えて、舞台の後方を歩きます。歩くだけなのですが、彼らの頭の中に描かれている存在であり、思い出として映し出されているような感じです。衣装は投影された時が白で、黒はリアルかな。とはいえ実際は、公演ごとに違った感情で踊っていましたね。リハーサルでこういう風にと言われていても、実際に衣裳やメイクをつけて舞台に立つと、また少し変わってくる。どう踊りたいかっていうのが自分の中にあったので、無理に全部を当てはめようとせず、その時々の感覚で踊るようにしました。おかげで毎回新鮮な気持ちで臨むことができました」(二山)

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90分間休憩なしでピアノを演奏するのは、ハンブルクバレエ団でも活躍するミハウ・ヤウク。ドビュッシー、ラヴェル、ラフマニノフ、バッハなど全15曲を情感たっぷりに奏でて、愛の物語に重層的な深みを与えた、もうひとりの立役者だ。

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日本のクリエイティブチームが、公演をサポート。

『EOL』のもうひとつの特徴として、日本のクリエイティブチームが結集し、日本公演独自の美を生み出した点にも注目したい。ロゴデザインや宣伝美術は石井勇一(OTUA)、ヘアメイクは資生堂、衣装制作にはCFCLが加わった。日本のクリエイターとのコラボレーションは、日本文化を敬愛するシルヴィアのかねてからの願いでもあったという。

「異なる芸術の世界から集まった皆さんが、ダンサーの視点から見た特有の要望を満たすバレエ公演という最終目標に向かっていくのは、なかなか興味深い挑戦でした。私はずっと日本生まれのカルチャーとコラボすることを夢見ていたので、『EOL』が、私たちが日本の観客に届けたい『Echoes of Life』のエッセンスを尊重しながら、私の夢を叶えてくれたことをとてもうれしく思っています」(アッツォーニ)

3Dコンピューター・ニッティングによる、シームレスな衣装。

コラボプロジェクトの中でも衣装制作は、作品の世界観を保ちつつ、動きやすさという実用性を求められるとあって、ひときわチャレンジングな試みとなったはずだ。バレエ衣装を今回初めて手がけることになったCFCLのクリエイティブディレクター高橋悠介氏が、バレエへの愛、そしてクリエイションについて想いを語ってくれた。

「私自身、バレエを含めた西洋のパフォーミングアーツが好きで、シアターとかコンサートホールに足を運ぶことが多く、いつかバレエの衣装を手がけてみたいと思っていました。バレエとファッションって親和性が高く、過去にはバレエ・リュスの時代のシャネルから始まり、スキャパレリがいて、そしてイッセイミヤケがフォーサイスのために衣装を作りました。コム デ ギャルソンのドレスもマース・カニングハムの舞踊で採用されています。初めて自分でチケットを買って観たバレエは、ピナ・バウシュの2006年の来日公演『春の祭典』でした。当時購読していた雑誌『ミスター・ハイファッション』に、ヨウジヤマモトの服を着たピナ・バウシュが表紙を飾ったことがあって、それを見てバレエに興味を持ち始めたのです。ロンドン留学中にもさまざまな公演を観に行きましたし、『いつか舞台衣装を手がけてみたい』とことあるごとに話していたので、念願が叶いました。オペラの衣装は2024年に『魔笛』で監修させていただいたので、次の機会を窺っていました」(高橋)

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コンピュータープラグラミングを駆使したハイエンドなニットウエアを手がけるCFCLが、本公演のために特別に考案した衣装には、伸縮性に富んだ軽やかな素材を使用。終盤に披露するシア―でエアリーな質感の白の衣装は、踊りにさらなる浮遊感を纏わせる。

CFCLのこれまでのクリエイションを振り返っても、バレエの影響を伺い知ることができるだろう。アイコニックなPOTTERYシリーズのドレスは、バレエのチュチュを彷彿させるデザインが印象的だ。

「POTTERYは西洋のコルセットのようなシルエットが特徴ですが、ディテールがありながら、コンピューター・ニッティングで、なおかつ認証された再生素材を使用しています。それも日本からユニバーサルな視点で提案しているので、いまの時代にフィットしているのでは。ウエストマークしたフレア感や、そういった軽さを感じるスタイルは西洋のパフォーミングアーツにも通じるところで、私自身も好きで作り続けてきました。そんな中、井上ユミコさんから今回のお話をいただいて、ぜひやりたいですと二つ返事をしました」(高橋)

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ダンサーからのリクエストをフレキシブルに反映。

通常のクリエイションとは異なる、バレエの衣装ならではの難しさはどのようなものだったのか?

「頭の中にバレエの様式については入っていたつもりだったので、当初アプローチは簡単だと思いましたが、実際にはバレエダンサーの動きというのは想像以上に激しくて、それに応えることが難しかったですね。リフトした時に滑らないとか、ウエストを固定できているかとか、腕を最大限に動かした時にずり落ちないかとか、当たり前ですが制限がかなり多い。あと、重いとジャンプがしにくく、ボトムスのレングスが長いと、足さばきがうまくいかなかったりするとの意見を受けて、何度も帳尻合わせをしていきました。あと、ダンサーの動きを美しく見せることにもこだわりました。バレエの動きのポジションというのは明確に決まっていて、衣装にもそう簡単には変えられない様式美があると感じたので、大幅にデザインチェンジしたことも。そうやって二転三転を繰り返しながら、対話を通じて作っていきました。バレエのパフォーマンスとしては、完成度が高いものを作り上げることが最終的な目標ですが、衣装はその一部であくまでサポートする側。だからこそ、ダンサーのテンションが上がるようなものを届けられるように努めました。また、ダンサーにとって踊りやすい服というのは、着心地がいいうえに美意識があるものです。その視点は、今後のものづくりに生かせそうだと思っています」(高橋)

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シーンに合わせて、白、ベージュ、ブルー、黒の色調の衣装が用意された。POTTERYのミニドレスは、レオタードのように背中が大きく開いたデザインにアレンジされている。

実際にダンサーは、衣装にどのような機能を求めるのだろうか? シルヴィアが具体的に条件を挙げてくれたが、デザイナー泣かせの要求であることがひしひしと伝わってくる。

「ダンサーはジャンプ、回転、脚を高く上げる動作、そして時には床を転がるような創造的な動きも不可欠です。そのため、普段のトレーニングウエアのように動きを妨げないコスチュームが必要になってきます。それから、軽さも重要。スカートは回転した時に一緒についてくるようにしたい。脚を下ろす際には、スカートが一緒に下りてこないとダメです。またバレエでは、パートナリングも重要。男性ダンサーのロングスリーブは、滑らない素材であって、女性ダンサーを支えるのに滑らない素材であることが必要です。また、素材の質感は滑らかであり、ひとりで動く際や、パートナーをリフトしたり回転させたりする際に、肌を傷つけないものであるよう希望します」(アッツォーニ)

そして今回、舞台で着用した衣装については、シルヴィアもアレクサンドルも太鼓判を押している。

「私たちが目指すパフォーマンスを実現するのに、美しくデザインされた衣装を用意していただきましたが、バレエの視点からの特別な配慮が必要だったことを否定できません。しかし、CFCLの衣装はバレエの振付にも対応でき、舞台芸術の分野で活躍の幅をさらに広げていける可能性を秘めていると思っています」(リアブコ)

たった4公演で終演してしまった『EOL』だが、CFCLではバレエと共鳴するカプセルコレクションを展開中。バレエと日常を繋ぐファッションを纏えば、舞台の数々のシーンを回想することができそうだ。

EOL オフィシャルサイト
https://www.eol-japan.com/
※7月からは「映像版EOL」の配信も予定。

CFCL
https://cfcl.jp/

 

photography: Fukuko Iiyama text: Eri Arimoto

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