【ヴェネチアでアート旅 ①】日本の工芸に光を当てる「GO FOR KOGEI」の展覧会を現地リポート。そこで見たものとは?
世界中のアート関係者が集うヴェネチア・ビエンナーレは、ファッション、デザイン、建築界隈の関心もさらう最大規模の国際美術展だ。その熱気を感じつつ、同時開催されている周辺の展覧会にもぜひ視線を向けたいところ。アートプロデューサーの住吉智恵が実際に訪れた2展から、まずは、日本の“工芸的感性”にアプローチした、こちらの展覧会を解説する。
情報と消費が加速度的に拡大する現代への“問い”

金沢や富山など古くからものづくりの伝統が育まれた日本の北陸地方から、現代工芸の新しい魅力を発信しているプロジェクト「GO FOR KOGEI」。その企画展としてヴェネチアで開催されているのが、この「身体と物質のエスノグラフィー ―加速社会における遅さと深さ」だ。

まずは1階の桑田卓郎の展示から。廃棄されたマグカップの破片が床を覆う空間に、巨大な陶とブロンズの塊が存在感を示す。火の芸術である陶器が内包する“制御と逸脱”の危うい均衡を保ちながら、破壊的なエネルギーとその鎮静を見せている。

2階の広間では、ヴェネチア・ムラーノ島の職人たちと長年協働し、透明なガラスだけで制作を続ける三嶋りつ惠のインスタレーションが。光の存在と島の記憶に形を与え、不可視の気配が立ち昇る世界をつくりだしている。
また隣の居室では、沖潤子の刺繍による作品が窓から差し込む光を透過させ、ヴェネチアングラスのシャンデリアと呼応する。母が遺した古布に針を重ねていく営みは、かつてこの館に暮らした家族の歴史とも響きあっていた。


奥の間では、花魁の高下駄に着想を得た舘⿐則孝の代表作『Heel-less Shoes』が、江戸組紐の工房との協働による端正な簾に囲まれている。歪な美を放つ特殊な履き物のオブジェは、女性の装いと身体の関係が変化してきた歴史を想起させた。

さらに奥に進むと、中田真裕の展示が現れる。太古よりアジアに存在し、日本では唯一香川に残る蒟醤(きんま)という伝統技法を探究し、数十層にも塗り重ねた漆に、彫刻刀で蜃気楼のようなイメージを研ぎ出している。表層の彼方に堆積した、時を感じさせる表現は洗練の極みであり、本展を象徴する作品だ。

興味深いことに本展は、現代工芸をジャンルとして紹介することに、主眼を置いていない。ここで提示される「工芸的アプローチ」とは、作家が自身の身体と感覚を介して深く素材と関わり、膨大な時間を重ね、効率とは別の速度で世界を知覚する方法なのだ。
例年以上に直裁な政治性を帯びた作品が本流となり、5月のプレビューではロシア館・イスラエル館へのプロテストやボイコットが紛糾した今年のヴェネチアビエンナーレ。同じ世界線にありながらも、本展は「工芸的」な感性と態度を通して、現代美術のあり方、ひいては社会そのものを批評的に読み込もうとする瑞々しい企画だ。
「身体と物質のエスノグラフィー ―加速社会における遅さと深さ」
入場:無料
https://venice.goforkogei.com/jp/
Text:CHIE SUMIYOSHI
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